発売日: 2021年4月23日
ジャンル: インディーポップ、ドリームポップ、オルタナティヴR&B
概要
『Four° In Winter』は、イギリス・ロンドン出身のシンガーソングライター、Rachel Chinouririが2021年に発表したミニアルバムであり、儚くも芯のある歌声と繊細なサウンドを特徴としている。
ナイジェリアとジンバブエにルーツを持つChinouririは、ソウル、インディーロック、ポップといった様々なジャンルを溶け合わせた独自のスタイルで注目を集めた。
このEPは、彼女にとって本格的なデビュー作とも言える位置づけであり、
失恋、アイデンティティ、孤独といったテーマを、透明感のあるプロダクションと詩的なリリックで描き出している。
制作には、オルタナティヴ・シーンで活躍する若手プロデューサーたちが参加し、ポストJames Blake以降のUKらしいミニマルで感情豊かなサウンドを形成。
Chinouriri自身もソングライティングに深く関わり、自らの経験と向き合った結果生まれた本作は、批評家から「圧倒的に誠実なデビュー」と称賛された。
当時の英国では、CelesteやArlo Parksといった新世代の感受性豊かなアーティストたちが台頭していたが、
Rachel Chinouririはその中でも特に、静かな強さとナイーブな傷つきやすさを併せ持つ存在として際立っていた。
全曲レビュー
1. Through the Eye
静かに幕を開けるイントロダクション的な一曲。
曇りがかったギターとドローン的なサウンドの中に、Chinouririの透き通るような声が浮かび上がる。
心の奥に閉じ込めた感情を、そっと解き放つような導入部である。
2. Plain Jane
リードシングルにもなったこの曲では、自己肯定感の揺らぎがテーマとなる。
「普通でいい、でも普通じゃないことに苦しむ」という矛盾が、リリックに繊細に織り込まれている。
シンプルなビートと、淡いギターのリフが心に残る。
3. Darker Place
よりダークなトーンを持つ一曲。
心の闇に向き合うことを恐れながらも避けられない葛藤が、重たく響くベースラインと共に描かれる。
微かなエレクトロニクスが冷たく、孤独感を際立たせる。
4. So My Darling
柔らかなメロディラインと、リリカルなギターワークが印象的なバラード。
失った愛への優しいレクイエムのようであり、静かながらも深い喪失感がにじみ出る。
5. If Only
ポップなアプローチを見せるトラック。
「もしあのとき違う選択をしていたら」という後悔をテーマに、軽やかなリズムとキャッチーなサビが耳を引く。
一方で、軽さの中に潜む哀しみもまた、Chinouririの歌声から確かに感じ取れる。
6. Give Me A Reason
アルバム後半のハイライトとなる楽曲。
別れの理由を求める苦しみを、エモーショナルなボーカルで力強く表現している。
サウンドは徐々に高まり、最後には感情が爆発するような展開を見せる。
7. Fall Right Out Of Love
アルバムを締めくくる、美しくも切ないラブソング。
愛が冷めていく過程を、諦めにも似た静けさと共に描写する。
柔らかなアコースティックギターと控えめなシンセが、Chinouririの儚いボーカルを包み込む。
総評
『Four° In Winter』は、Rachel Chinouririのアーティストとしての核を見事に示した作品である。
自己探求と感情の機微をテーマに据えながら、音楽的には過剰な演出を排し、シンプルかつ誠実な表現に徹している点が印象的だ。
とりわけ彼女のボーカルは、決して大げさではないが、そのささやかな震えの中に圧倒的な説得力を宿している。
リリックも非常に内省的でありながら、リスナー自身の感情を重ね合わせる余白を多く残しており、聴く者に静かな共感を呼び起こす。
また、ポストR&B〜ドリームポップ的なサウンドデザインは、現代UKインディーのトレンドに寄り添いつつも、Chinouriri特有の温もりを失っていない。
アルバムタイトルに込められた「冬の中のわずかな温度」というイメージそのままに、冷たさと優しさが共存する小さな宇宙がここには広がっている。
初期作品としては完成度が非常に高く、これからのキャリアに大きな期待を抱かせる一枚である。
おすすめアルバム（5枚）
- Arlo Parks『Collapsed In Sunbeams』
感情の繊細な観察と詩的な表現が、Chinouririと共鳴する作品。 - Celeste『Not Your Muse』
ソウルフルでありながら抑制の効いた表現が魅力的。ボーカルの質感にも共通点がある。 - Beabadoobee『Fake It Flowers』
90年代オルタナティヴに影響を受けたサウンドと、パーソナルなリリックが共振する。 - FKA twigs『LP1』
より実験的だが、ミニマルなサウンドと強烈な個性のバランスが参考になる。 - The Japanese House『Good at Falling』
ドリームポップと内省的なテーマを美しく融合させたアルバム。
Chinouririの感性と相性が良い。
歌詞の深読みと文化的背景
『Four° In Winter』に通底するのは、「自己の不完全さを受け入れる」というテーマである。
“Plain Jane”で語られる「特別でありたい」という欲望と、「普通でいたい」という安堵の間の揺らぎは、
SNS時代に生きる若い世代の普遍的なジレンマを象徴している。
また、Chinouririのバックグラウンド──ナイジェリアとジンバブエの血を引きながら、イギリスで育った彼女にとって、
“他者との違い”や”居場所探し”は幼少期から身近なテーマだった。
そのため、アルバム全体を貫く”外側に適応しながら、内面では孤独を抱える”という感覚には、彼女自身のリアリティが滲んでいる。
この文化的多層性が、彼女の音楽に奥行きと普遍性を与えているのだ。
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