発売日: 2023年2月24日
ジャンル: ポストパンク、オルタナティブロック
⸻
概要
『Food for Worms』は、Shameが2023年にリリースした3作目のスタジオ・アルバムであり、バンドにとって「内省からの脱却」と「対話への回帰」を象徴する重要な作品である。
『Songs of Praise』で怒りと反抗をぶつけ、『Drunk Tank Pink』で孤独と自己崩壊を探った彼らは、今作で「他者とのつながり」という、より普遍的かつ開かれたテーマへと踏み出した。
タイトルの“Food for Worms(虫の餌)”は、人間の死とその先を暗示するユーモラスな比喩であり、Shameらしい皮肉と死生観がにじむネーミングである。
しかしその響きとは裏腹に、アルバム全体は「生きている間に、どれだけ他者と真剣に向き合えるか」を問う、どこか温かみのある作品となっている。
プロデュースを手がけたのは、SpoonやYeah Yeah Yeahsとの仕事でも知られるFlood。
彼の手腕により、アルバムはこれまで以上にライブ感が強調され、音のダイナミズムと人間味が前面に押し出されている。
Shameは本作で、ポストパンクというジャンルの型を壊しながらも、「Shameらしさ」をさらに太く、しなやかに更新してみせた。
⸻
全曲レビュー
1. Fingers of Steel
不安定なピアノのイントロから、轟音ギターへとなだれ込むオープニング。
「君の中にある鋼の指」とは、感情を押し殺す強さと脆さを同時に象徴している。
自分ではなく、友人の苦悩に寄り添うという視点が新鮮だ。
2. Six-Pack
どこかストーン・ローゼズ的な浮遊感を持ったギターに、躁的なビートが重なる。
アルコールと友人関係、楽しさと倦怠が同時進行するような、複雑な日常が描かれる。
タイトルの軽妙さとは裏腹に、陰影ある描写が光る。
3. Yankees
ギターの旋律が流麗で、サウンド的にはオルタナ的叙情性が強い一曲。
歌詞では「喪失」と「他者への理解」がテーマとなっており、死別や再会が重なるイメージがある。
特に後半のバーストする感情の爆発が圧巻である。
4. Alibis
カオティックなサウンドとともに、逃避的な言い訳(Alibis)が次々に語られる。
トーキングスタイルのボーカルと、急加速する展開がスリリング。
内面から外部世界へと意識が広がっていく過程が感じられる。
5. Adderall
タイトルはADHD治療薬の名だが、ここでは現代社会のスピード感と無感覚を象徴している。
淡々とした語りと、感情を殺したような歌唱がむしろ緊張感を生み出している。
皮肉で冷笑的だが、どこか諦観もにじむ。
6. Orchid
アルバム中最も繊細で静かなバラード。
「蘭」という花のメタファーは、儚くも強い生命力を持つ他者=友人や恋人の姿と重なる。
アコースティック・ギターを基調としたアレンジが心に残る。
7. The Fall of Paul
カートゥーン的ともいえる狂騒と、突然の沈黙。
個人的かつ寓話的なストーリーを軸に、混沌と冷静が同居する。
架空の“Paul”という人物を通して、人間の矛盾を描き出す試みだろう。
8. Burning by Design
反復とリズムで突き進むエネルギッシュなナンバー。
感情を「意図的に燃やす」という主題には、Shameが抱える“怒り”の処理法が滲んでいる。
音像は硬質だが、どこか踊れる質感もある。
9. Different Person
自分が「別人になってしまった」と語るリリックが核心。
社会や環境の変化による自己喪失と、過去との断絶がテーマ。
メロディには寂しさと開き直りの両方が同居する。
10. All the People
フィナーレにふさわしいスケール感とエモーショナルな昂ぶり。
「自分は“すべての人々”の中のひとりでしかない」という普遍的な視点から、個の意義を問い直す。
全曲の中で最も優しく、最も強く、Shameの成長が最もはっきりと見える一曲である。
⸻
総評
『Food for Worms』は、Shameが自己という閉ざされた殻を破り、「他者との対話」をテーマに再出発を図ったアルバムである。
前作『Drunk Tank Pink』では、不眠症や精神崩壊、孤独といった“内なる叫び”に耳を傾けていたが、今作ではその耳が他者に向いている。
その変化は、歌詞の視点の移動、サウンドの温かみ、そしてライブ感を重視した録音手法など、すべてに表れている。
楽曲構成はやや緩やかで、攻撃性というよりは“共感”や“共有”を基盤としている。
その分、鋭さや緊張感は減ったようにも感じられるが、それはバンドが成熟した証拠でもあるだろう。
プロデューサーのFloodによる生々しいミキシングは、まるで目の前でバンドが鳴っているかのようなリアリティを生み出し、テーマと一致している。
リリックでは“友人の苦悩を見つめる”“死別を受け入れる”“自己変容を描く”など、人間同士の距離を丁寧に測るような表現が目立つ。
もはや「ポストパンク」というジャンルラベルは、この作品には狭すぎる。
それほどに本作は、ジャンルを超えた“人間の音楽”になっている。
2020年代の若者が抱える孤独や不安だけでなく、「誰かと繋がりたい」というシンプルな渇望を、ここまでストレートに、かつ美しく表現できたアルバムは稀有である。
Shameは怒れる若者たちから、「誰かのために歌えるバンド」へと変貌を遂げたのだ。
⸻
おすすめアルバム(5枚)
- Spoon『Lucifer on the Sofa』
Floodつながりの音像。生々しくも練られたサウンドが共通点。 - Parquet Courts『Wide Awake!』
ダンスと怒り、社会性とユーモアが交錯する現代ポストパンクの名盤。 - Fontaines D.C.『Skinty Fia』
自己と他者の関係性を探る重層的なテーマ性と音の陰影。 - Dry Cleaning『Stumpwork』
語り口のボーカルと日常的テーマで構成された近似的世界観。 - The National『Sleep Well Beast』
男たちの内省と他者との距離を描く、成熟したオルタナの好例。
⸻
7. 歌詞の深読みと文化的背景
『Food for Worms』では、明確に“死”や“喪失”というテーマが表出しているが、それは現代的な死生観に根差している。
例えば「Fingers of Steel」や「Yankees」では、友人が感情を閉ざし、やがて失われていく過程が描かれる。
これは単に死別ではなく、精神的な“距離の喪失”を表しているのかもしれない。
一方で「Orchid」や「All the People」では、他者と向き合うことの怖さと美しさを静かに肯定している。
ポストコロナ時代における“共感の再発見”という文脈で読むと、より深く響いてくる内容である。
アルバム全体が示すのは、「人は虫の餌にすぎない」かもしれないが、それでも「誰かとつながることには意味がある」という祈りのような想いなのだ。
コメント