発売日: 2024年4月12日
ジャンル: インディー・ロック、アート・ロック、ポスト・パンク、文学的オルタナティブ
概要
『This Could Be Texas』は、UK・リーズ出身の4人組バンドEnglish Teacherによるデビュー・アルバムであり、詩的かつ知的な言葉選びと、変幻自在なサウンドアプローチが融合した、“現代英国ロックの異端にして希望”と呼ぶべき一作である。
リードボーカルのLydia Reidが紡ぐリリックは、都市生活の憂鬱、階級意識、若さの不安、愛と孤独とアイロニーが交差し、時にシャープに、時に滑稽に、世界を切り取る。
アルバムタイトルの「This Could Be Texas」は、実際の場所ではなく“あらゆる場所にあり得る心象風景”を指し、地理的ではなく感情的な“マップなき国境”として作品全体に横たわっている。
サウンドはインディーロックの枠に収まりきらず、ジャジーな転調、ポストパンク的ミニマリズム、時にサイケな浮遊感すら取り込みながら展開。
Wet Leg以降のUKシーンにおいて、より文学的・演劇的なアプローチを志向する若手の旗手としての存在感を放っている。
全曲レビュー
1. Albatross
デビュー作の幕開けを飾る、繊細でありながら重層的なナンバー。
“海鳥”という象徴は、自由への希求と抑圧の両義性を帯びる。
語りのようなボーカルと反復するギターのリフが、詩と音の呼吸を調律する。
2. The World’s Biggest Paving Slab
まるで街の舗装された道そのものが語りだすような、都市のアイロニー讃歌。
疾走感のあるベースラインと、話し言葉のようなヴォーカルが特徴的。
「何でもないこと」がいかに重く、象徴的であるかを逆説的に伝える。
3. Mastermind Specialism
アカデミックなフレーズが散りばめられた、教育制度への皮肉と自己分析の混成詩。
イントネーションの変化が小説のナレーションのようで、音楽というより文学的体験に近い。
UKらしいユーモアと苦味が共存。
4. Broken Biscuits
紅茶と共に出されるクッキーが比喩となる、壊れた関係のメタファー・ソング。
ジャズ・ロック調のアレンジがユニークで、曲全体が崩れかけながら美しく進行する。
「崩れているからこそのリアリティ」を描いた名編。
5. R&B
ジャンルの名称をタイトルに掲げながら、実際にはアイロニカルな“関係性と境界”の考察。
タイトルに込められた“Rage and Boredom”という造語的解釈がユニーク。
滑らかなギターと不穏なコードがせめぎ合う。
6. This Could Be Texas
表題曲にしてアルバムの核。
「これはテキサスかもしれない」と繰り返されるフレーズは、場所の不確かさ＝アイデンティティの不安定さを浮き彫りにする。
静かなピアノと語りが重なり、リスナーの記憶と交差するような強い共鳴を生む。
7. Not Everybody Gets to Go to Space
一見、夢や機会の平等を描いた曲のようでいて、その実、社会的階層と“選ばれなさ”への諦念を静かに描いている。
音数を削ぎ落としたサウンドは、重力のない空間を漂うような浮遊感を伴う。
8. You Blister My Paint
感情的暴力の痕跡を、壁に塗られたペンキという比喩で描写。
ギターの歪みが感情の高まりを可視化する。
リリックは痛々しいほど私的だが、誰にでも刺さる普遍性がある。
9. Albert Road
具体的な地名を用いながら、その実“どこにでもある風景”を描く詩的トラック。
淡々とした語り口とドライなサウンドが、逆にノスタルジーを強調する。
短編集の一編のような作品。
10. Nearly Daffodils
未熟な愛、語りきれない優しさ。
“水仙になりきれない水仙たち”というタイトルが象徴するのは、“もう少しで咲きそうだった感情”。
メロウなギターと残響のあるドラムが、感情の行き止まりを音で描く。
11. The Best Tears of Your Life
最後のトラックにして、唯一“泣くことの価値”を肯定的に描く。
Lydiaの歌声はここでようやく“歌”になり、リスナーに寄り添うように響く。
涙を否定しないこと、それがこのアルバムの優しさの核心なのかもしれない。
総評
『This Could Be Texas』は、英語という言語の限界と可能性を音楽で拡張しようとする試みであり、English Teacherというバンド名の通り、“言葉”を教えるのではなく、“言葉のゆらぎを体験させる”ことに成功した作品である。
階級意識、ジェンダー、教育、都市風景、アイデンティティ──
現代英国を取り巻くあらゆる問題が、詩的で感傷的で、そしてどこか奇妙なユーモアに包まれて立ち上がる。
それはまるで、雨のロンドンの地下鉄で読まれる短編小説のように、静かに、深く、残る。
English Teacherは、このアルバムで単なる“新しいUKロック”ではなく、“思考するリスナーのための文学的ロック”というジャンルを確立した。
おすすめアルバム（5枚）
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語り口のヴォーカルと日常のアイロニーを重ねる現代UKポストパンクの代表作。 -
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Wet Leg / Wet Leg
ユーモアと社会観察、ポップさと皮肉が同居するZ世代のロック代表。 -
Courtney Barnett / Sometimes I Sit and Think, and Sometimes I Just Sit
語りのようなリリックとギターロックの融合。英語詞の可能性を感じさせる。 -
Yard Act / The Overload
イギリス的ユーモアと階級意識を鋭く描く、社会派トーキング・ロック。
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