発売日: 2021年9月24日
ジャンル: サーフ・ロック、サイケデリック・ロック、ガレージ・ロック、インドネシアン・ロックンロール
概要
『Mabuk Laut』は、インドネシア・バンドン発のサーフ・ガレージバンドThe Panturas(ザ・パンチュラス)によるファースト・フルアルバムであり、海と街とユースカルチャーが交錯する“アジアの波”を鳴らす、21世紀型サーフ・ロックの重要作である。
タイトルの「Mabuk Laut」はインドネシア語で“船酔い/海酔い”を意味し、その言葉通り、心地よい浮遊と目まぐるしいめまいが交錯するサウンドが展開される。
アルバム全体を貫くのは、“都市と海のはざま”で揺れ動く若者たちのリアリティであり、それを1960年代風のサーフ・ロックやシケデリック・ロック、さらには民族的な旋律を巻き込みながら現代に蘇らせている。
The Panturasは、本作を通じてインドネシア語ロックの可能性を大きく拡張し、国内外のロックファンを強く惹きつける存在へと成長した。
全曲レビュー
1. Intro: Mabuk Laut
クジラの鳴き声のようなSEとサーフギターが交差するオープニング。
まるで海へ滑り込むかのように、聴き手を音の波に引き込むインストゥルメンタル。
2. Tafsir Mistik
タイトなドラムとエキゾチックな旋律が絡む“超自然解釈”をテーマにした楽曲。
サーフ・ロックの伝統を踏まえつつも、どこか中近東的な音階を交えることで東南アジア的世界観が立ち上がる。
3. Balada Semburan Naga
直訳すれば“ドラゴンの噴射バラッド”。
その名に違わぬ爆発力を持つサイケ・ガレージナンバー。
ギターが火を噴くようなソロを繰り広げる一方で、歌詞は政治風刺とも取れる寓話性を持つ。
4. Lasut Nyaring
歌詞では“うるさい縫い目”という比喩が使われ、社会の断裂と修復を描写。
メロディは意外にもメロウで、疾走感と哀愁のバランスが絶妙。
5. All I Want
英語詞による珍しいトラックで、世界市場への意識を感じさせる。
サーフ・ポップとインディーロックの中間を行く軽快なナンバー。
The DrumsやThe Growlersを彷彿とさせるミニマルな構成。
6. Jim Labrador
架空のキャラクター“ジム・ラブラドール”を主人公にしたローファイ・ストーリーテリング。
軽妙なサーフ・ビートと語り口調のボーカルが、まるで絵本を読むような質感を作り出す。
7. Tipu Pemuda
“若者を欺く”という直接的なタイトルを持ち、資本主義や情報操作に対する痛烈な批判が込められた一曲。
ファズギターと怒りに満ちたヴォーカルが絡む、アルバム中最もパンキッシュなトラック。
8. Gelombang Selatan
“南の波”を意味するこの曲は、インストゥルメンタル的な余白が多く、リスナーを音のサーフィンへと誘う。
まるで海岸で陽が沈む瞬間を音にしたかのような叙情とスケール感。
9. Menanti Teman
「仲間を待つ」というテーマに、思春期的な孤独と友情がにじむ。
穏やかなテンポとコーラスワークが心に残る、エモーショナルな中盤のハイライト。
10. Pemenang III
“第3位の勝者”というタイトルが示すように、常に主役にはなれない若者たちの視点をユーモアと哀愁で描く。
どこかビターな味わいが、The Panturasの“群像劇的”魅力を引き立てている。
11. Outro: Mabuk Darat
「Mabuk Laut(海酔い)」から始まり、ラストは「Mabuk Darat(陸酔い)」で締める。
海と陸、夢と現実の対比を象徴するインストゥルメンタルで、アルバムの旅路が円環的に閉じられる。
総評
『Mabuk Laut』は、The Panturasが単なるサーフ・ロック・リバイバルではなく、“東南アジア的サイケデリア”という新たなロックの形を提示した画期的作品である。
その魅力は、ギターのエネルギーやリズムの心地よさだけではなく、歌詞の中に潜むユーモアや風刺、そして地元文化とグローバル感覚を自在に行き来するセンスにある。
これは、インドネシアという土壌で生まれた“ローカルの美学”が、サーフ・ロックという国際語を用いて語られる、新しい時代のロックンロールのひとつの答えである。
おすすめアルバム(5枚)
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La Luz / Floating Features
現代のサーフ・ロックを女性的かつサイケに再構築。美学の共鳴がある。 -
The Growlers / Chinese Fountain
ガレージとサーフの中間にあるゆるさと毒気が、The Panturasと近しい。 -
Khruangbin / The Universe Smiles Upon You
異国情緒とローファイ感のミックス。グルーヴと幻想性が共通する。 -
The Ventures / Walk, Don’t Run
サーフ・ギターの原点。The Panturasのルーツを理解するために必聴。 -
Thee Oh Sees / Floating Coffin
サイケ・ガレージの現代形。アグレッシブさと混沌がThe Panturasの過激性と響き合う。
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