アルバムレビュー：Actual Life (April 14 – December 17 2020) by FRED AGAIN..

発売日: 2021年4月16日
ジャンル: エレクトロニック、アンビエント、UKガラージ、ハウス

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム（5枚）
歌詞の深読みと文化的背景

概要

『Actual Life (April 14 – December 17 2020)』は、FRED AGAIN..が2021年に発表したエレクトロニック・ミュージックの傑作であり、パンデミック下の生活と感情をサンプリングとポストクラブ的美学で描き出した作品である。

イギリスのプロデューサー、Fred again..（本名Fred Gibson）は、過去にBrian EnoやEd Sheeranのプロジェクトで名を上げた存在だったが、本作でアーティストとしての独自性を強く打ち出すことに成功した。

アルバムの制作は、新型コロナウイルスによって大きく変わった日常生活の中で行われた。
彼がSNSやZoom通話、友人のボイスメモ、YouTubeの断片などから集めた“実生活”の音声をサンプルとして用い、それらを音楽の素材として再構成していくという試みが本作の核をなす。

ジャンルとしてはエレクトロニックやUKガラージ、ポスト・ダブステップに分類されるが、クラブの賑わいとは異なる、静けさと親密さが漂う構成が特徴的である。
James BlakeやBurialの系譜を感じさせつつも、Fred again..特有のドキュメンタリー的なアプローチが際立っている。

2020年という“隔離”と“接続”が奇妙に共存する年において、彼のサウンドは多くのリスナーの感情を代弁するかのような存在となった。
クラブカルチャーが停止する中で、その“欠損感”さえも作品の魅力として昇華しているのだ。

全曲レビュー

1. April 14 2020

アルバムの起点となる一曲。
断片的な音声とピアノが交差し、あたかも日記をめくるように物語が始まる。
「Actual Life」のコンセプトを提示する序章であり、日常の声がそのまま音楽になる瞬間の美しさがある。

2. Kyle (I Found You)

Kyleという友人の言葉が印象的にサンプリングされたトラック。
「I found you」のフレーズが繰り返され、浮遊感あるサウンドと共に希望の光を感じさせる。
ガラージのリズムが躍動しつつも、内省的なムードを纏っている。

3. Dermot (See Yourself In My Eyes)

アイルランドのシンガー、Dermot Kennedyの声を素材にした感傷的な一曲。
愛する人との関係性を語るような言葉の断片が、深いエモーションを生み出している。
ピアノとボーカルの掛け合いがまるで回想のように響く。

4. Yasminah (See Your Face Again)

Yasminahの歌声が切り取られ、ビートの中に溶けていくような構成。
失われた誰かへの想いと、“また会いたい”という願いが浮かび上がる。
リズムは軽快だが、その裏にある哀しみが心を打つ。

5. Lydia (Please Make It Stop)

SNSの投稿をサンプルにしたと言われるトラック。
繰り返される「Please make it stop」のフレーズが、パンデミック中の苦悩を象徴する。
シンプルな音像がその分、リスナーの感情をむき出しにしていく。

6. Marnie (Wish I Had U)

日常会話のような素材がエフェクトと共に織り込まれた一曲。
恋しさや不在の切なさが漂うサウンドで、耳元で語りかけるような親密さを感じさせる。

7. Sabrina (I Am A Party)

TikTok発のボイスをベースにしたという実験的な曲。
「I am a party」という言葉が自己肯定と孤独を同時に表す。
ビートはミニマルでありながら、構築的でフロア向けのエネルギーも秘めている。

8. Angie (i’ve been lost)

鬱屈とした感情をピアノとビートの間に描き出すトラック。
自分を見失う感覚、再び立ち上がるまでの時間が音楽になっている。
静かに心をえぐるような一曲。

9. Me (Heavy)

「重さ」という感覚を音楽に昇華した実験的トラック。
内面の独白のような歌詞が、感情の重力を感じさせる。
構成はシンプルながら、深く沈み込むような印象を残す。

10. Julia (Deep Diving)

再会や感情の共有をテーマにしたとされる一曲。
「Deep Diving」という比喩が、心の深淵を覗き込むようなサウンド体験を呼び起こす。
温もりと距離感が混ざり合った名曲。

総評

『Actual Life (April 14 – December 17 2020)』は、パンデミック下という特異な時間の“感触”を、サンプルとサウンドによってそのまま封じ込めたアルバムである。

FRED AGAIN..は、エレクトロニックというフォーマットにドキュメンタリー性を与え、クラブサウンドを“人の声”という新たなメディウムで再構築してみせた。

それぞれの楽曲は、あたかも一人一人の証言を記録したボイスメモのようでもあり、私たちの記憶と重なるように設計されている。
そのため、聴くたびに感情が更新されるような感覚すら覚えるのだ。

エネルギーに満ちた作品ではないかもしれないが、静かに人の心を揺さぶる力を持っている。
特にこの数年を深く内省してきたリスナーにとっては、非常に親密でリアルな音楽体験となるだろう。

歌詞の深読みと文化的背景

FRED AGAIN..の手法は、単なるサンプリングではなく、「日常のドキュメント」としての機能をも持つ。
SNS、Zoom、YouTube、音声メモ──それらは現代人の“実生活”を写す鏡であり、彼はその断片をつなぎ合わせて“ポップ音楽”に仕立て上げたのだ。

「Kyle」「Yasminah」「Lydia」など、実在する名前を冠した曲たちは、個人の物語であると同時に、我々全員の心情を代弁する“群像劇”にもなっている。
その中で繰り返されるフレーズや一言は、詩のようでもあり、現代の“詠み人知らず”の短歌のようにも響いてくる。

この作品は、孤独や隔離といったキーワードを否定せず、その中にある“つながりの痕跡”を掬い取っているのだ。