
発売日:2002年
ジャンル:Post-Punk / Acoustic Rock / Alternative Rock
概要
This Never Ending Nowは、The Chameleonsが2002年に発表したアルバムで、1980年代の代表曲を中心にアコースティック寄りの編成で再録した作品である。The Chameleonsは、マンチェスター出身のポストパンク・バンドとして、鋭く絡み合うギター、暗く広がる音像、Mark Burgessの切迫したボーカルによって独自の存在感を築いた。初期の彼らの音楽は、Joy Division以後の陰りを受け継ぎながらも、より空間的で、ギターの重なりが精神的な風景を作る点に特徴があった。本作は、その電気的な緊張を一度ほどき、曲そのものの骨格を見せるような作品である。
ただし、これは単なるアンプラグド企画ではない。The Chameleonsの曲は、もともとギターの轟きやエフェクトの層によって大きな印象を残してきたが、その中心には強いメロディと、孤独、記憶、疑念、自己防衛をめぐる言葉があった。This Never Ending Nowでは、音圧が抑えられたことで、歌詞の痛みやメロディの輪郭がより近く聞こえる。ドラムやエレクトリック・ギターの勢いで押し流されていた感情が、声、アコースティック・ギター、控えめなアンサンブルの中で、よりむき出しになる場面も多い。
キャリア上では、本作はThe Chameleonsの再評価と再活動の時期に置かれる作品であり、過去を懐かしく飾るだけではなく、自分たちの楽曲が時代や音作りを越えて成立するかを試す意味も持っている。オリジナル版の緊迫感を求めると、ここでの演奏は穏やかに感じられるかもしれない。しかし、曲の中にあった不安や切実さは消えていない。むしろ、音が静かになったぶん、歌の中の傷や祈りが近くに来る。This Never Ending Nowは、The Chameleonsの過去曲を別の光で見直すための、静かで濃い再解釈のアルバムである。
全曲レビュー
1. 「The Fan and the Bellows」
「The Fan and the Bellows」は、The Chameleons初期の鋭い緊張を持つ曲だが、本作ではその攻撃性が少し内側へ向けられている。オリジナルのざらついたポストパンク感に比べ、ここではギターの響きが柔らかくなり、リズムも切迫より持続を重視している。歌詞は、外から吹き込む力と内側で膨らむ感情がぶつかるようなイメージを持ち、若い怒りや不安がそのまま残っている。再録版では、曲の勢いそのものよりも、Mark Burgessの声に含まれる焦りと疲れが前に出るため、過去の衝動を現在から振り返るような響きになる。
2. 「Tears」
「Tears」は、The Chameleonsの中でも特に感情の輪郭がはっきりした曲であり、アコースティックな再録との相性がよい。タイトル通り涙を扱う歌だが、単純に泣き崩れるバラードではなく、失われたものを前にしても自分を保とうとする硬さがある。ここでは伴奏が抑えられているため、メロディの美しさと歌詞の痛みがより直接伝わる。声は大きく叫ぶのではなく、言葉を噛みしめるように置かれ、悲しみが劇的な爆発ではなく、長く残る跡として聞こえる。オリジナル版の広がりとは違う、近い距離の切なさがある。
3. 「Intrigue in Tangiers」
「Intrigue in Tangiers」は、異国的な地名を含むタイトル通り、どこか現実から少しずれた緊張を持つ曲である。アコースティック寄りの演奏になることで、オリジナルの硬いギターの陰影は薄まるが、そのぶん旋律の細かな動きがよく見える。歌詞は、旅や陰謀を直接的に描くというより、見知らぬ場所で自分の立ち位置が揺らぐ感覚を思わせる。ギターの反復は、街角を歩きながら同じ疑念を何度も考えてしまうように響く。アルバム序盤で、The Chameleonsの曲が持つ映画的な暗さを静かな形で示している。
4. 「Is It Any Wonder?」
「Is It Any Wonder?」は、問いかけの形を取るタイトルが印象的で、驚き、失望、諦めが混ざった曲として聞こえる。演奏は比較的穏やかで、ギターの音も角が取れているため、言葉の内側にある疲れが前に出る。歌詞の問いは、相手へ向けられているようでもあり、自分自身に向けた確認のようでもある。なぜこうなったのか、驚くべきことなのか、最初から分かっていたのではないかという複数の感情が重なる。電気的な迫力を抑えたことで、曲は怒りよりも静かな失望の歌として深く響く。
5. 「Seriocity」
「Seriocity」は、言葉遊びのようなタイトルを持ちながら、曲にはかなり深刻な内面の揺れがある。オリジナルでは緊張感のあるバンド演奏が前に出ていたが、本作ではリズムとギターが抑えられ、曲の不安定なメロディがよく聞こえる。タイトルは「serious」と「city」を重ねたようにも見え、都市の中で真剣さを保つこと、あるいは真面目になりすぎる自分への違和感を思わせる。Burgessの歌は、感情をはっきり整理するより、言葉が追いつかないまま考え続ける人の声に近い。静かな編成でも、The Chameleons特有の焦燥は十分に残っている。
6. 「Swamp Thing」
「Swamp Thing」は、The Chameleonsの代表曲の一つであり、オリジナル版では広がるギターと力強いリズムが大きな推進力を作っていた。本作の再録では、そのスケール感がやや抑えられ、曲の中心にあるメロディと歌詞の不穏さがより近く聞こえる。沼地の怪物を思わせるタイトルは、外の敵というより、自分の中に沈んでいる恐れや怒りの比喩として響く。演奏が静かになっても、サビへ向かう感情の高まりは失われず、むしろ大声で叫ぶ前の緊張が強まっている。バンドの代表曲を、力ではなく陰影で聴かせる再解釈である。
7. 「All Around」
「All Around」は、周囲を取り巻くものへの感覚を描くような曲で、本作では柔らかいギターの響きがよく生きている。音が強く押し寄せるのではなく、周囲から少しずつ包み込むように広がるため、タイトルの意味がサウンドにも反映されている。歌詞は、誰かの存在や記憶が自分の周りに残り続けるようにも、社会や世界の圧力が逃げ場なく広がっているようにも読める。Burgessの声は過度に感情を演じず、淡々とした中に小さな痛みを残す。アルバム中盤で、作品の静かな広がりを支える曲である。
8. 「Second Skin」
「Second Skin」は、The Chameleonsの最も重要な楽曲の一つであり、本作でも中心的な存在感を持っている。オリジナル版では長く広がるギターとリズムの中で、別の自分をまとって生きるような感覚が大きなドラマになっていた。ここでは音の厚みが抑えられ、歌詞の「第二の皮膚」というイメージがより個人的に響く。人は自分を守るために別の表情を身につけるが、それがいつの間にか本当の自分と区別できなくなる。静かな演奏の中で歌われることで、この曲は青年期の大きな孤独から、長く生きた人間の自己防衛の歌へ少し変わって聞こえる。
9. 「Home Is Where the Heart Is」
「Home Is Where the Heart Is」は、家や帰る場所をめぐる歌だが、単純な安らぎの曲ではない。タイトルはよく知られた言い回しで、心のある場所が家であるという意味を持つが、The Chameleonsが歌うと、その言葉には逆に、心の置き場が見つからない不安がにじむ。アコースティックな響きは温かいが、Burgessの声には少し影があり、家という言葉が確かな場所ではなく、失われたものや探し続けている場所として聞こえる。アルバムの中では、外へ広がる不安を一度、非常に身近な感情へ戻す曲である。
10. 「View from a Hill」
「View from a Hill」は、遠くを見渡す視点を持つ曲であり、本作でも大きな余韻を残す。オリジナル版では、長い展開とギターの広がりによって、精神的な上昇感と孤独が同時に表現されていた。再録版ではその壮大さは少し抑えられるが、丘の上から過去や世界を眺めるような距離感はむしろ強くなる。歌詞は、日常の中から少し離れた場所で、自分の人生や周囲の状況を見直すように響く。静かなアレンジのため、曲は大きく舞い上がるより、遠い景色を見つめながら言葉を失うような美しさを持っている。
11. 「Miracles and Wonders」
「Miracles and Wonders」は、奇跡や驚異という大きな言葉を持ちながら、派手な祝祭感ではなく、日常の中に残る不思議さを見つめる曲として聞こえる。演奏は穏やかで、ギターと声の距離が近く、言葉がゆっくり届く。歌詞は、世界にまだ信じられるものがあるのかを探るようにも、失望の後で小さな光を見つけようとする姿勢にも読める。The Chameleonsの暗さは、完全な絶望ではなく、暗闇の中でまだ何かを見ようとするところにある。この曲は、その探す姿勢を静かな音で表している。
12. 「Less Than Human」
「Less Than Human」は、人間らしさを失う感覚を題名にした、The Chameleonsらしい強い疎外感を持つ曲である。オリジナルの硬いバンド・サウンドでは、怒りや緊張が前に出ていたが、本作ではその感情がより疲れた形で響く。歌詞は、自分や相手が人間以下の存在のように扱われる感覚、あるいは感情を削られていく状態を思わせる。アコースティックな再録では、攻撃的な勢いよりも、傷ついた後に残る空白が目立つ。静かな演奏で聴くと、この曲が単なる社会への怒りではなく、自尊心を保とうとする苦しい歌であることがよく分かる。
13. 「Nostalgia」
「Nostalgia」は、過去を懐かしむ気持ちを題名にしながら、その懐かしさを甘く美化しない曲である。The Chameleonsにとって過去は、戻りたい場所であると同時に、戻れないことを思い知らせる痛みでもある。再録版では、ギターの響きが柔らかく、声も近いため、記憶の中へ一人で入っていくような感覚が強い。歌詞は、過去にあった人や時間を思い出しながら、それが現在の自分を縛っていることも示しているように聞こえる。アルバム終盤で、作品全体の再録という行為そのものにも重なる曲である。
14. 「Nathan’s Phase」
ラストの「Nathan’s Phase」は、終曲らしく大きな解決を与えるというより、静かな余韻を残してアルバムを閉じる。タイトルには個人名と段階、時期を思わせる言葉があり、誰かの成長や移り変わる状態を見守るような感覚がある。演奏は抑えられ、ギターと声の響きが中心になっているため、ここまでの曲で積み重ねられた不安や記憶が、最後には小さな人間的な場面へ戻ってくる。The Chameleonsの音楽は、巨大な空間を描く一方で、個人の心の揺れを強く見つめてきた。この曲はその両方を静かに残し、過去を振り返るアルバムを穏やかに締めくくっている。
総評
This Never Ending Nowは、The Chameleonsの代表曲群を別の形で聴かせる作品であり、オリジナル・アルバムの代わりになるものではない。Script of the BridgeやWhat Does Anything Mean? Basically、Strange Timesにあった電気的なギターの渦、リズムの切迫、1980年代ポストパンク特有の暗い高揚は、本作では大きく抑えられている。そのため、最初にThe Chameleonsを知る入口としては少し特殊である。しかし、すでに曲を知っている人にとっては、メロディ、歌詞、声の強さを別角度から確認できるアルバムになっている。
特に印象的なのは、アレンジを静かにしても、曲の中の不安が薄まらないことである。The Chameleonsの音楽は、しばしばギターの音像の大きさで語られるが、本作を聴くと、その中心には非常に強い歌があることが分かる。「Second Skin」や「View from a Hill」は、音のスケールを抑えても精神的な広がりを失わない。「Tears」や「Home Is Where the Heart Is」では、むしろ静かになったことで、歌詞の痛みがより近く響く。バンドの本質が、音圧ではなく感情の持続にあったことを示す作品である。
一方で、再録作品としての限界もある。オリジナル版の鋭いバンド・アンサンブルや、1980年代の録音が持っていた冷えた空気は、本作ではどうしても再現されない。曲によっては、静かなアレンジにすることで、もともとの緊張や爆発力が弱まっていると感じる場面もある。特に「Swamp Thing」や「The Fan and the Bellows」のような曲は、オリジナルの速度や圧力が魅力の大きな部分だったため、再録版は別物として聴く必要がある。だが、その別物であることが、本作の意味でもある。
キャリア上では、This Never Ending NowはThe Chameleonsが自分たちの過去と向き合い、その曲を現在の身体で鳴らし直したアルバムである。若い頃の焦燥は、ここでは少し年齢を重ねた声で歌われる。その変化によって、曲の意味も少し変わる。青春の孤独は、長く残る記憶の痛みになり、怒りは静かな疲労や祈りへ近づく。This Never Ending Nowは、過去を懐かしむだけの作品ではなく、終わらない現在の中で、かつての歌がまだ生きていることを確かめるアルバムである。
おすすめアルバム
Script of the Bridge by The Chameleons
The Chameleonsのデビュー作で、緊張感あるギターの重なりと暗いメロディが最も鮮烈に出ている。This Never Ending Nowで再録された曲の原点を知るうえで欠かせない作品である。
What Does Anything Mean? Basically by The Chameleons
より幻想的で内省的な空気が強まった2作目である。本作の再録版にある静かな陰影や、記憶と不安をめぐる感覚は、このアルバムの楽曲群と深くつながっている。
Strange Times by The Chameleons
The Chameleonsの中でも完成度の高い代表作で、暗さ、広がり、メロディの強さがよくまとまっている。This Never Ending Nowの静かな再解釈と比べると、オリジナルの壮大さがよく分かる。
The Blurred Crusade by The Church
きらめくギターと陰りのある歌を持つポストパンク/ネオサイケ系の作品である。The Chameleonsより柔らかいが、ギターの重なりで精神的な風景を作る点に近い魅力がある。
Disintegration by The Cure
広がりのあるギター、深い哀愁、時間をかけて沈んでいく曲構成を持つ作品である。The Chameleonsとは音の質感が違うが、暗い感情を大きな空間の中で響かせる点でよく響き合う。

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