
発売日: 1983年3月4日
ジャンル: ブルー・アイド・ソウル、ポップ、ソフィスティ・ポップ、ニュー・ロマンティック
概要
『True』は、Spandau Balletが1983年に発表した3作目のスタジオ・アルバムであり、彼らをファッションとアートの枠を超えた“世界的ポップ・バンド”へと押し上げた決定的な転換点である。
それまでのニュー・ロマンティック的な尖鋭さ、ポストパンク由来の実験精神から一転し、本作では洗練されたソウル・フィールと甘美なメロディを前面に押し出した、“スーツを着た都会派ロマンティストたち”としての新たなイメージが確立されている。
アルバムの中心にあるのは、世界的ヒットとなったバラード「True」。
そのメロウでスムースな音像は、のちのソフィスティ・ポップ(スタイル・カウンシル、スウィング・アウト・シスター等)に多大な影響を与え、1980年代を象徴するラヴ・ソングのひとつとして時代の記憶に刻まれている。
プロデュースはTony Swain & Steve Jolleyのコンビが手がけ、ホーン、ストリングス、シンセ、コーラスなどのアレンジも含めて、極めて完成度の高い“都会的サウンドのモニュメント”となっている。
ニュー・ロマンティックというムーブメントの中から生まれながらも、その文脈を自ら脱ぎ捨てて「大人の音楽」へと移行する過程が、ここには確かに記録されている。
全曲レビュー
1. Pleasure
ブラス・セクションと跳ねるビートで幕を開ける、モダン・ファンク調のアップビート・ナンバー。
「快楽」をテーマにしながら、どこか空虚さや儚さを感じさせるのは、Spandau Balletならではの“耽美の裏の寂しさ”。
イントロのグルーヴは80年代的洗練の象徴。
2. Communication
ミッドテンポのポップ・ファンクで、関係性の断絶や言葉のすれ違いを描いた1曲。
タイトル通り、“伝わらないこと”をテーマにした、モダンで切ないアーバン・ナンバー。
ボーカルのトーンとバッキングのクールさのバランスが絶妙。
3. Code of Love
ジャジーなリズムと繊細なシンセが特徴の、大人のラヴ・ソング。
「愛の掟」という重いタイトルながら、リリックはあくまで内省的で詩的。
情感を抑えた演奏が逆に深い余韻を残す、アルバムの隠れた名曲。
4. Gold
『True』からのセカンド・シングルで、「True」と並ぶバンドの代表曲。
壮麗なアレンジと“情熱の金”というメタファーを通じて、ロマンスと自己肯定のアンセムを築き上げた。
スパンダー・バレエの演劇性と誠実さが最もバランスよく表現された一曲。
5. Lifeline
アルバムに先行してシングルカットされたナンバーで、都会的でダンサブルな一曲。
“救命綱”としての愛や繋がりをテーマにしつつ、クールで洗練されたビートが印象的。
サビのリフレインが心地よく耳に残る。
6. Heaven is a Secret
ソフトなストリングスとボーカルの囁きが、恋人たちの甘い時間を切り取るようなロマンティック・バラード。
“天国はふたりだけの秘密”という、やや気恥ずかしいコンセプトも、スパンダーの手にかかれば様式美として昇華される。
音像は優しく、聴き心地は極めて滑らか。
7. Foundation
よりR&B寄りのリズム構成が導入され、ボーカルのエモーショナルな面が引き立つ。
人生の土台=foundationをテーマに、成長や自己肯定を訴えるリリックは、80年代的ポジティブ思考の表れとも言える。
サウンドはしなやかだが、内面は芯のある楽曲。
8. True
バンド最大のヒットにして、80年代ラヴ・ソングの金字塔。
「I know this much is true」という反復フレーズが、不確かな世界の中で信じられる“たったひとつの感情”を強く浮かび上がらせる。
サックス・ソロ、スローなテンポ、曖昧な詩的表現――どれもが完璧なバランスで構成されている。
総評
『True』は、Spandau Balletがニュー・ロマンティックの時代的文脈を飛び越え、世界的な“ポップ・アーティスト”へと変貌を遂げたマイルストーンである。
尖鋭性やサブカル的な立ち位置を脱ぎ捨て、あくまで普遍的なテーマ――愛、孤独、誠実、快楽――を、都会的で上品なサウンドに包んで届けるこの作品は、ソフィスティ・ポップの原型とされるにふさわしい。
このアルバムには、明確な“物語”や“コンセプト”は存在しない。
だが、一貫して「優雅でありながらも、心のひだに触れること」への意志が貫かれている。
それこそが、『True』が“80年代らしさ”を超えて今も愛される理由だろう。
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