
発売日: 2013年9月30日
ジャンル: ポストパンク、フォーク・ロック、アート・ロック、ネオ・トライバル
概要
『Between Dog and Wolf』は、New Model Armyが2013年に発表した12作目のスタジオ・アルバムであり、バンドのキャリアにおいて最も劇的な“音楽的再構築”を果たした作品である。
タイトルの「犬と狼のあいだ(Between Dog and Wolf)」とは、フランス語の表現に由来し、夕暮れ時などに“犬なのか狼なのか判別できない”ほどの曖昧な時間帯、つまり“恐れと安心が混ざり合う境界”を意味する。
この言葉が象徴するように、アルバム全体には昼と夜、理性と野性、人間と動物の曖昧な境界が漂っており、サウンドと歌詞の両面において、その“変化の空気”が色濃く反映されている。
本作では、従来のパンクやロックの要素を抑え、トライバルなパーカッション、ダウンチューニングされたベース、ミニマルで空間的なアレンジを積極的に導入。
まるで儀式のような律動と、暗闇を手探りするような音像によって、新たな境地を切り拓いている。
また、ベーシストに新たに加入したCeri Mongerの影響も大きく、彼のリズム・センスが作品全体の有機的グルーヴを支えている。
これはまさに、New Model Armyというバンドが“再び始まった”とすら言える決定的な一作である。
全曲レビュー
1. Horsemen
重々しく、神秘的なパーカッションで幕を開けるイントロダクション的楽曲。
黙示録的な雰囲気を漂わせるこの曲は、まるで儀式の始まりのような緊張感を湛えている。
ジャスティン・サリヴァンの声も低く深く、物語の扉を開けるかのような存在感。
2. March in September
本作のリード・トラックにして、印象的なギター・リフと高揚感あるメロディが特徴の楽曲。
「九月に行進せよ」という言葉が、過去の記憶か未来への予感か、明確な意味を持たないまま詩的に響く。
ライブでも定番となったアンセム的楽曲。
3. Seven Times
サイケデリックなミドルテンポの楽曲で、“7”という数に込められた神秘性や循環のイメージが、繰り返されるフレーズとグルーヴで浮かび上がる。
空間的な音の重なりが、深層意識に沈んでいくような感覚を呼び起こす。
4. Did You Make It Safe?
誰かに投げかけられる、シンプルで切実な問い。
戦場か、災害か、あるいは内面的な荒野か──「無事だったか?」という言葉の背後には、共鳴する不安と願いがある。
ヴォーカルの親密さが際立つ、静謐なトラック。
5. I Need More Time
シンプルながら力強い、切望の歌。
「もっと時間が必要だ」という叫びが、人生、愛、闘争といった全ての文脈に共通する普遍性を持つ。
ミニマルなビートが焦燥感を巧みに表現する。
6. Pull the Sun
陰影のあるメロディと低くうねるリズムが絡み合う、儀式的なナンバー。
“太陽を引きずり出す”という詩的な表現が、絶望の中で希望を探す人間の根源的な願いを象徴している。
グルーヴと霊性の結びつきが印象的。
7. Lean Back and Fall
タイトル通り、意識を委ねるような落下感のある楽曲。
パーカッションとアンビエンスが織りなす音像は、まるで瞑想的な空間へとリスナーを導く。
個人的な逃避と解放の歌としても聴ける。
8. Knievel
“空中飛行士イーブル・クニーヴル”をモチーフにした、勇気と愚かさ、夢と破滅を描いたメタファー的ロック・ソング。
サーカス的スリルと人間の無謀さが、絶妙なバランスで表現されている。
9. Stormclouds
嵐の前触れを思わせるサウンドと、徐々に高まっていく緊張感がたまらないナンバー。
歌詞には直接的な攻撃性はないが、社会の不穏さ、精神の動揺がにじむ。
トライバルなドラムが特に強い印象を残す。
10. Between Dog and Wolf
タイトル曲にして、本作の主題が最も凝縮されたトラック。
“犬と狼のあいだ”という曖昧な状態にある人間存在そのものを、美しいギターと抑制されたビートで描写。
バンド史上でも特に詩的で哲学的な楽曲の一つ。
11. Qasr El Nil Bridge
カイロに実在する橋の名を冠した曲で、アラブの春の影を感じさせる政治的・地政学的背景を持つ。
抑圧と反抗、自由と恐怖のせめぎ合いが、柔らかなサウンドの裏側で脈打っている。
12. Tomorrow Came
未来が“やってきてしまった”という諦念と覚悟が交錯するラストナンバー。
救いのような、静かな絶望のような、二重の感情を残す。
アルバム全体を包む“夜明け前の気配”を象徴するような余韻。
総評
『Between Dog and Wolf』は、New Model Armyというバンドの“音響的な再生”と“精神的な深化”を同時に実現した、転機にして金字塔とも言うべき作品である。
これまでのような直接的な怒りや叫びではなく、リズム、間、沈黙、そして詩によって、より深い場所から世界と対話するアルバムとなっている。
本作の成功によって、バンドは次なる10年を切り拓くための新たな軸を得た。
それは、激情を超えて“内なる獣”と向き合い続ける者たちへの、繊細で力強い音の祈りでもある。
おすすめアルバム(5枚)
-
Dead Can Dance / Anastasis
異国情緒と霊性を帯びた重層的サウンド。トライバルな感覚と詩的世界が共鳴。 -
Wovenhand / Refractory Obdurate
アメリカーナと儀式性が融合したネオ・トライバルなロック。 -
Nick Cave and the Bad Seeds / Push the Sky Away
静けさと語りの力で深く迫る、詩的ロックの極致。 -
PJ Harvey / Let England Shake
戦争と記憶を詩とリズムで描く、英国的叙事詩。
コメント