
発売日:1984年3月23日
ジャンル:Alternative Rock / New Wave / Post-Punk
概要
リヴァプール出身のThe Icicle Worksが1984年に発表したデビュー・アルバムがThe Icicle Worksである。中心人物Ian McNabbのギターとボーカル、Chris Layheのベース、Chris Sharrockのドラムというトリオを基本に、キーボードなどを加えた広がりのあるサウンドを作っている。プロデュースはHugh Jonesが担当。ポストパンク以後の硬質なリズム感を持ちながら、サイケデリック・ロックや1960年代的なポップ、スケールの大きなギター・ロックまで取り込み、同時代のギター・バンドの中でも一つの型に収まりにくい音楽を完成させた。
とりわけ特徴的なのがSharrockのドラムである。単純に拍を刻むだけでなく、タムを大きく回しながら曲を押し進めるため、ギターが比較的簡潔な場面でも演奏全体が立体的に聞こえる。Layheのベースも低音の土台に徹せず、メロディを補うように動き、McNabbはその上でギターの響きを広げる。エコーを活用した録音も含め、3人組とは思えないほど大きな空間を感じさせるのが本作の基本的な音像である。
歌詞では恋愛や別離だけでなく、理想と現実のずれ、社会への視線、若者の不安などが扱われる。McNabbの歌唱には熱さがあるものの、演奏には陰影があり、単純な高揚だけには向かわない。なお本作は地域によって収録内容に違いがあるが、ここでは英国オリジナル盤の標準的な10曲構成を基準とする。
全曲レビュー
1. 「Chop the Tree」
アルバム冒頭からSharrockのドラムが大きく鳴り、ギター、ベース、ボーカルがその周囲へ次々と重なっていく。演奏は勢いがある一方、ギターを大量に歪ませて押し切るのではなく、残響を使って音と音の間に空間を作っているのが特徴だ。McNabbのボーカルもリズムに強く食い込み、サビでは視界が開けるように旋律を伸ばす。トリオの演奏力とHugh Jonesによる広い音像を最初に提示する役割を果たしている。
2. 「Love Is a Wonderful Colour」
The Icicle Worksのメロディ・メーカーとしての強さが前面に出た曲である。ギターは鋭さを残しながら明るく響き、ベースとドラムが絶えず動くことで、単純なミドルテンポ以上の推進力が生まれる。タイトル通り愛を肯定的に扱うが、甘いバラードにはせず、McNabbは感情を外へ放つように力強く歌う。サビの大きく上昇するメロディによって、ポストパンク由来の硬さと王道のポップ感覚が自然に接続されている。
3. 「Reaping the Rich Harvest」
前曲の鮮明なポップ性から少し離れ、陰影の濃いアンサンブルへ移る。低音を支えるだけではないLayheのベースと、細かなアクセントを加えるSharrockのドラムが曲の骨格を作り、ギターはその上に色を付けるように配置されている。タイトルにある「豊かな収穫」という言葉も単純な成功の表現としては扱われず、得ることと失うことが隣り合う感覚を残す。バンドの暗い側面を早い段階で見せる一曲だ。
4. 「As the Dragonfly Flies」
軽やかな題名とは対照的に、演奏には夢と現実の境目を漂うような落ち着かなさがある。ギターの響きを長く残し、声や各楽器の距離を広く取ることで、スタジオそのものを一つの空間として使っている。McNabbのメロディはポップだが、バックの音が単純な伴奏に徹しないため、聞く場所によって別の楽器が浮かんでくる。サイケデリックな要素が初期The Icicle Worksの重要な一面だったことがよく分かる。
5. 「Lover’s Day」
前半を締める長尺曲で、短いポップ・ソングとは違って時間をかけて演奏の表情を変えていく。静かな部分ではMcNabbの声を前へ出し、そこからドラムやギターが厚みを増すことで、親密な感情が次第に大きな景色へ変化する。恋人同士の関係を題材としながら、単純な幸福感だけを強調せず、期待や不安まで含んだ歌として進む。後半の広がりには1970年代的な大作志向も感じられ、本作の音楽的な射程を広げている。
6. 「In the Cauldron of Love」
後半は、タイトル通り感情が煮立っているような勢いを持つ曲から始まる。Sharrockのドラムが細かなフィルを挟みながら前へ進み、Layheのベースもその動きに密接に絡むため、リズム隊だけでもかなりの情報量がある。そこへMcNabbが大きな声で旋律を乗せ、恋愛の高揚と混乱を同時に押し出していく。整ったラブソングより、感情の中へ放り込まれた状態そのものを演奏で伝えるタイプの曲である。
7. 「Out of Season」
勢いを少し抑え、メロディと空間を重視したアレンジへ切り替わる。「季節外れ」という題名が示すように、周囲との時間や状況がかみ合わない感覚が曲全体に漂う。ギターは音を詰め込まず、余韻を残すことでMcNabbの声を浮かび上がらせ、リズム隊も必要以上に前へ出ない。アルバム中盤までに示された壮大さをいったん縮小することで、終盤へ向かう流れに静かな陰影を加えている。
8. 「A Factory in the Desert」
題名からして現実と非現実が混ざったようなイメージを持ち、音楽もそれに合わせて不穏な空間を作る。反復されるリズムの上にギターやキーボードの響きが重なり、乾いた景色の中に巨大な人工物が置かれているような違和感を生む。直接的なメッセージだけで説明するより、断片的なイメージから社会や人間の営みを眺めるMcNabbの作詞が生きた曲であり、本作のサイケデリックな側面ともよく結びついている。
9. 「Birds Fly (Whisper to a Scream)」
静かに抑えた部分と爆発的なサビの対比が鮮明で、本作を代表する一曲である。ヴァースでは緊張を蓄え、サビへ入るとSharrockの巨大なドラム、広がるギター、McNabbの叫ぶような歌声が一斉に前へ出る。「ささやきから叫びへ」という言葉が、そのまま曲の強弱として実現されているのが巧みだ。若さ、自由への欲求、不安が入り交じった歌詞も、抑圧から解放へ向かう演奏によって強い身体感覚を伴って伝わってくる。
10. 「Nirvana」
最後はタイトルが示す超越的なイメージにふさわしく、サイケデリックな色彩を強める。リズムを土台にしながら複数の音を重ね、単純なロック・ナンバーとして結論を出すより、反復と残響の中へ曲を広げていく。ここまでアルバムを動かしてきたMcNabbのメロディ、Layheの動くベース、Sharrockの立体的なドラムという三者の特徴も改めて確認できる。即効性の高い「Birds Fly」の後にこの曲を置くことで、作品をポップな高揚だけで終わらせず、少し曖昧な余韻を残している。
総評
The Icicle Worksを特徴づけているのは、1980年代前半の英国ロックに存在した複数の流れを、三人の演奏へ無理なくまとめていることである。ポストパンクらしい硬いリズム、ニューウェーブ期の空間的な録音、1960年代のサイケデリック・ポップ、さらに大きなサビを持つ王道のロックまでが同居する。それでも寄せ集めに聞こえないのは、McNabbの強いメロディとSharrockの特徴的なドラムがほぼ全曲を貫いているからだ。
特にドラムの存在は、本作を同時代のギター・ポップから区別する大きな要因になっている。タムを多用して曲の中を走り回るようなSharrockの演奏は、単なるリズムの土台ではなく、ギターと同じ程度に曲の印象を決める。Layheも旋律的なベースで空いた場所を埋めるため、McNabbは常にコードを鳴らし続ける必要がない。結果として三人の間に生まれた余白へ残響や追加楽器を配置でき、実際の人数以上に大きな音像を作ることに成功している。
一方で、すべてが「Birds Fly (Whisper to a Scream)」のような即効性を狙った作品ではない。長めの展開やサイケデリックな音響を優先する曲もあり、アルバム後半ほどバンドの実験的な面が見えやすくなる。この幅の広さは統一感を多少緩めてもいるが、The Icicle Worksが単なるシングル中心のニューウェーブ・バンドではなかったことを示す部分でもある。
デビュー作でありながら、バンドの基本的な魅力はすでにほぼ揃っている。力強いメロディと巨大なドラムだけなら豪快なロックにもできたはずだが、そこへ陰影のある録音やサイケデリックな発想を加えたことで、明るさの裏側に常に少し奇妙な感触が残る。1980年代英国のギター・ロックがポストパンクから次の形へ移っていく時期に、その可能性をポップさと実験性の両側から示したアルバムである。
おすすめアルバム
The Small Price of a Bicycle by The Icicle Works
1985年の次作。デビュー作の大きな音像を受け継ぎながら、McNabbのソングライティングをより前面へ出している。The Icicle Worksのサイケデリックな広がりから、より引き締まったギター・ロックへ進む変化を確認できる。
Ocean Rain by Echo & the Bunnymen
同じリヴァプールから登場したEcho & the Bunnymenの1984年作。劇的なボーカルと暗い空間を持つ点で接点があるが、こちらはストリングスを大きく取り入れ、より荘厳で幻想的な方向へ進んでいる。
The Crossing by Big Country
1983年作。大きく鳴るドラムと広がりのあるギターによって、少人数のバンドから雄大な音を作る発想が共通する。Big Countryは民族音楽的なギター表現がより強く、同時代の英国ロックにおける別方向のスケール感を味わえる。
Porcupine by Echo & the Bunnymen
1983年発表。反復するリズム、鋭いギター、サイケデリックな陰影を組み合わせたサウンドは、The Icicle Worksの暗い側面と比較しやすい。ポップな旋律を保ちながら不穏な音響を作る方法にも共通点がある。
The Unforgettable Fire by U2
1984年作。ギターを単なるリフの楽器として扱わず、残響を利用して広い空間を作る点がThe Icicle Worksと重なる。U2の方がアンビエント的な音作りへ深く踏み込んでおり、80年代のロックがスタジオ録音そのものを表現手段へ変えていった流れも見えてくる。

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