アルバムレビュー：It’s Hard by The Who

アルバムレビュー

2025.04.21

発売日: 1982年9月4日
ジャンル: ハードロック、アートロック、ニューウェーブ、ポップロック

概要
全曲レビュー
総評
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概要

『It’s Hard』は、The Whoが1982年に発表した10作目のスタジオ・アルバムであり、事実上の“解散前最後の作品”として位置づけられる重要作である。
前作『Face Dances』に引き続き、キース・ムーン亡き後の新体制（ドラマーにケニー・ジョーンズ）によって制作され、80年代初頭の音楽的潮流――ニューウェーブ、テクノポップ、政治的混迷――の中で、バンドとしての存在意義を模索するような内容となっている。

プロデュースは引き続きビル・シムジクが担当。
モダンで洗練されたプロダクションが施されつつも、タウンゼントのリリックには疲労、怒り、希望、そして“終わりの予感”が濃厚に漂う。

アルバム発表後、バンドは1982年をもって一度解散（1990年代以降は再結成）することとなり、本作は“時代の終焉と転換”を記録した遺言的アルバムとして再評価されている。

全曲レビュー

1. Athena

本作のリードシングル。
ギリシャ神話に登場する女神の名前を冠したこの曲は、理想と現実、愛と距離を主題にしたポップ・ロック。
明るいメロディとは裏腹に、感情の複雑さが滲む佳曲である。

2. It’s Your Turn

ジョン・エントウィッスル作のハードロックチューン。
世代交代と主導権争いをテーマに、社会的・政治的な緊張感を反映している。

3. Cooks County

貧困や暴力といった社会問題を鋭く描いた、比較的ストレートな社会派ロック。
抑制された怒りがじわじわと滲み出すようなアレンジが特徴的。

4. It’s Hard

タイトル曲にして、自己反省と開き直りが混在するザ・フーらしいナンバー。
“生きることは難しい”というシンプルなテーマを、軽快なロックとして昇華している。

5. Dangerous

エントウィッスルによるリズム重視のナンバー。
警戒心と不信感をテーマに、ベースラインがリードするタイトな仕上がり。

6. Eminence Front

本作のハイライト。
アーバンでミステリアスな雰囲気を纏いながら、虚構と現実、見せかけと崩壊をテーマにした名曲。
タウンゼントがリードボーカルを務め、1980年代の空気を最も的確に音像化した一曲である。

7. I’ve Known No War

冷戦下の核戦争への恐怖と世代の記憶をテーマにした、メッセージ性の強いバラード調ナンバー。
切実な叫びとメロディの美しさが、アルバム中でも特に心に残る。

8. One Life’s Enough

クラシカルなピアノが主導するバラード。
人生の儚さと愛の深さを静かに歌い上げる、繊細な佳作。

9. One at a Time

エントウィッスルによる、リズム隊の妙が際立つ実験的な楽曲。
ホーンの導入が特徴的で、アルバムにユニークな変化をもたらしている。

10. Why Did I Fall for That

自己欺瞞と後悔をテーマにしたタウンゼントらしいリリック。
テンポの良さと哀愁が入り混じった、隠れた名曲。

11. A Man Is a Man

男性性とは何かを問い直す内省的なバラード。
80年代のフェミニズム的文脈も踏まえた、“男らしさ”の再定義とも言える作品。

12. Cry If You Want

アルバムのラストを飾るにふさわしい、壮大かつ怒りに満ちたクロージング・トラック。
“泣きたいなら泣け”というフレーズは、タウンゼントの開き直りであり、癒しの言葉でもある。

総評

『It’s Hard』は、The Whoというバンドの“終わり”と“変化”が、音と詩に刻み込まれた重層的な作品である。
キース・ムーン亡き後のバンドは、以前のような即興性や爆発力を欠いたものの、それを補う形で、構造的に洗練された楽曲や、よりパーソナルで社会的なテーマを探求する方向へと舵を切っている。

特に「Eminence Front」や「I’ve Known No War」などの楽曲は、タウンゼントがロックソングを通して世界と向き合い続けてきた姿勢を強く印象づけ、80年代的なサウンドとの融合にも成功している。
一方で、アルバム全体に漂う疲労感、諦念、終焉のムードは、長年にわたって時代を駆け抜けたバンドの“自己内省”として、聴く者の胸に重く響く。

派手さはないが、その分リアルで、誠実で、等身大。
『It’s Hard』は、“老いてなお闘うロックバンド”の静かな叫びなのだ。