発売日: 1970年6月
ジャンル: プログレッシブ・ロック、アート・ロック、ブルース・ロック
概要
『Home』は、Procol Harumが1970年にリリースした4作目のスタジオ・アルバムであり、前作『A Salty Dog』のオーケストラ重視のサウンドから一転し、よりシンプルでダーク、かつブルージーな質感へと回帰した作品である。
マシュー・フィッシャーとデイヴィッド・ナイツが脱退し、初期バンドの母体であるThe Paramounts時代のメンバー(クリス・コッピング)を迎えて制作された本作は、ある意味で“原点への回帰”と“再出発”を兼ねた、Procol Harumの転換点となるアルバムである。
歌詞を手がけるキース・リードは、ここでより直接的かつ陰鬱なテーマ――死、運命、暴力、宗教的懐疑――を扱い、音楽的にはブルースの語法とクラシック的構築のバランスを取り戻しながら、ゴシックで内省的な空気を漂わせている。
Procol Harumというバンドが単なる“幻想美”ではなく、“実存的問い”を鳴らす表現集団であることを、改めて印象づける作品である。
全曲レビュー
1. Whisky Train
ロビン・トロワー作によるハードなブルース・ロックで、Procol Harumの中でも異色の躍動感を持つオープニング。
酒と逃避、荒廃した現実からの逃走をテーマにした歌詞が、トロワーのラウドなギターと共に突き抜ける。
The Paramounts的なルーツ・ロックが強く反映された1曲。
2. The Dead Man’s Dream
キース・リードの詩世界が最も陰鬱に響くバラード。
死者の夢というモチーフから、“安息のなさ”や“死後の不安”を暗示し、ゴシックな詩情が全面に展開される。
ブルッカーのピアノとボーカルが内面の深淵へと沈んでいくような錯覚を呼ぶ。
3. Still There’ll Be More
復讐心と自己破壊を歌う、攻撃的でアイロニカルな楽曲。
「お前を苦しめてやる、もっと多くの罰を与える」という反道徳的な視点が皮肉とユーモアに包まれて展開される。
トロワーのギターとブルッカーの歌唱が緊張感を引き立てる。
4. Nothing That I Didn’t Know
スローなバラード調のフォーク・ナンバー。
家族の喪失や、事実を知ってなお心が癒えない苦しみを淡々と語る。
オーケストラ的装飾を排したシンプルな構成が、リリックの深みをより際立たせている。
5. About to Die
内省と諦念をテーマにした重厚な一曲。
「私はもうすぐ死ぬ」という断言が、人生の不確実性と死への備えを詩的に映し出す。
ファズ・ギターとピアノのぶつかり合いが、緊張を高めながらも美を感じさせる。
6. Barnyard Story
暗喩に満ちた牧歌的タイトルとは裏腹に、抑圧や暴力を匂わせるリリックを持つ。
ブルッカーのヴォーカルが苦悩を滲ませながら、静かに訥々と物語る。
メロトロンが淡く響き、アルバム中でも静謐な空間を提供。
7. Piggy Pig Pig
政治的比喩と暴力的表現を含む、怒りに満ちたサイケ・ブルース。
豚=権力者という図式が展開され、怒涛のギターとドラムが怒りの象徴として機能する。
ブルッカーの絶叫にも似たボーカルが印象的。
8. Whaling Stories
アルバムのクライマックスにあたる叙事詩的楽曲。
捕鯨という行為を通して人類の暴力性や自己破壊性を問うスケール感ある一曲。
動と静を行き来する展開と、宗教的モチーフの挿入が、荘厳な美を生む。
この楽曲だけでアルバムの主題を象徴しているとも言える。
9. Your Own Choice
アルバムの締めくくりにして、唯一軽やかなユーモアが感じられるナンバー。
「すべてはあなたの選択だった」という一文に、人生の自己責任と皮肉が込められている。
ブルッカーのボーカルも少し抜けた明るさを含み、深刻なテーマを和らげる効果を持つ。
総評
『Home』は、Procol Harumにとって“幻想と叙情”の世界から、“内省と重さ”の世界へと舵を切った野心的かつ実験的なアルバムである。
マシュー・フィッシャー脱退によりオルガン重視のクラシカル路線が一時後退し、代わってロビン・トロワーのギターがより前景化することで、バンドのブルース的ルーツが顕在化している。
詩的でありながら暴力性と死を直視するリリック群、抑制と爆発が交錯するアンサンブル、そして何より“心の暗部”を丁寧に描く構成力によって、本作はProcol Harumのディスコグラフィにおいて異彩を放つ。
オーケストラに頼らずとも荘厳な世界観を創出できることを証明したこのアルバムは、“地味”という形容に隠れた深遠な密度を持っている。
おすすめアルバム(5枚)
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Peter Hammill – Chameleon in the Shadow of the Night (1973)
内省と死を見つめる視点が『Home』と共振。孤独と怒りのアート・ロック。 -
Van der Graaf Generator – Pawn Hearts (1971)
重厚で精神性の高いプログレ作品。暴力的な美と実存主義が響き合う。 -
Traffic – John Barleycorn Must Die (1970)
ジャズ/ブルースとロックの融合。Procol Harumと同時代の“回帰と実験”。 -
Family – Anyway (1970)
ブルース、フォーク、ジャズが混ざり合う異色のプログレ。精神性の強さが通底。 -
King Crimson – Lizard (1970)
幻想から内面への転換という意味で、構成美と危うさが共通するアートロック。
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