発売日: 1973年11月
ジャンル: ジャズ・ロック、フュージョン、プログレッシブ・ロック、ライヴ・アルバム
概要
『Between Nothingness and Eternity』は、Mahavishnu Orchestraが1973年にリリースした初のライヴ・アルバムであり、黄金期の“第一期”メンバーによる最後の公式録音作品でもある。
タイトルが示す通り、“虚無と永遠のあいだ”という哲学的・形而上学的な領域に踏み込み、音楽が精神と肉体、即興と構築の境界線を越える体験として昇華された一枚である。
1973年8月、ニューヨークのセントラルパークで行われたライヴを収録。
このアルバムには当時録音された未発表スタジオアルバム(後に『The Lost Trident Sessions』として発表される)の楽曲がライヴ形式で収められており、Mahavishnu Orchestraの即興的創造性と“集団覚醒”のピークが刻まれている。
収録曲は全3曲と少ないが、その内容は非常に濃密で、まさに「燃え尽きる直前の神々の共鳴」とも言うべきスピリチュアルな熱量に満ちている。
全曲レビュー
1. Trilogy
約12分にわたる組曲形式の楽曲で、本作のオープナーにして中心的存在。
“ザ・ダンス・オブ・マーヤ”を思わせる変拍子、ユニゾン、個々のソロが目まぐるしく入れ替わる構成。
怒涛のリズムと火のようなギターソロが織りなす展開は、Mahavishnu Orchestraのアンサンブル芸術の極致とも言える。
タイトルの“Trilogy(三部作)”は、肉体・精神・魂の象徴か、それとも過去・現在・未来の循環か——解釈の幅も豊かである。
2. Sister Andrea
キーボードのヤン・ハマーが主導する、ファンキーかつサイケデリックなナンバー。
彼のエレクトリック・ピアノがうねるように鳴り響き、バンド全体がロックとジャズの中間点で自由に遊泳する。
グッドマンのヴァイオリンとマクラフリンのギターがユーモラスに絡むパートもあり、他曲に比べると親しみやすさと実験性が同居する異色の楽曲。
3. Dream
17分超に及ぶ大作で、アーサー・マクラフリンが『Inner Mounting Flame』時代から持ち続けていたテーマを新たに再解釈したもの。
序盤は静謐で、聴き手を内なる深層へと導くような導入。
中盤から後半にかけてのインタープレイは、バンドの個性と一体感が最高潮に達する瞬間であり、マクラフリンのギターが“言葉を超えた言葉”として機能する。
エンディングでは、音が静かに空間に溶けていき、まさに“虚無と永遠”の間に聴き手を立たせるような終わり方が印象的。
総評
『Between Nothingness and Eternity』は、Mahavishnu Orchestraという異形のアンサンブルが、スタジオでは表現しきれなかった“即興による精神的爆発”をライヴという場で完全に実現した記録である。
前作『Birds of Fire』での構築美とは対照的に、本作では全体が常に流動し、変化し、そして燃え続けている。
音楽というよりは“儀式”に近く、演奏者と聴衆が一体となって次元の扉を開けるような体験を提供する。
この直後、メンバー間の緊張と創造的限界からバンドは分裂を迎えるが、それすらも本作の終末感と深くリンクしているように思える。
ある種の終章、あるいは“創造の終焉と再生の序章”として、このアルバムはMahavishnuの“霊的クロニクル”の核心を成している。
ライヴ盤ながらもコンセプト・アルバムのような一貫した世界観を持ち、聴くたびに“今”の意味が変わる。
まさに、音楽という無形の炎が永遠に燃え続ける場所、それがこのアルバムの存在理由なのである。
おすすめアルバム(5枚)
- Mahavishnu Orchestra – The Lost Trident Sessions (1999)
本作の元ネタとなった未発表スタジオ音源。演奏の比較と発展の両方を体感できる。 - Weather Report – Live in Tokyo (1972)
同時代のフュージョン・バンドによるライヴの傑作。即興のダイナミズムが共鳴。 - Miles Davis – Agharta (1975)
電化マイルスのライヴ代表作。熱量と神秘性、マクラフリンへの影響も濃厚。 - Soft Machine – Third (1970)
英国ジャズ・ロックの名盤。長尺インストと精神的コンセプトに共通点あり。 - King Crimson – USA (1975)
ロックと即興、構築と解体のせめぎ合いがMahavishnu的精神と通じるライヴ盤。
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