発売日: 2013年9月16日
ジャンル: アコースティック、フォークロック、バラード、オルタナティヴ・ロック
時間を巻き戻す声で——Manic Street Preachers、傷と赦しを抱いた“静寂の肖像”
『Rewind the Film』は、Manic Street Preachersが2013年に発表した11作目のスタジオ・アルバムであり、アコースティック中心の音作りと、年齢や喪失をテーマに据えた内省的な内容が光る“静かな転換点”である。
エレクトリック・ギターを抑え、ホーンやストリングス、フォーク的な響きが前面に出た本作は、従来のラウドなロックではなく“人生の陰影”を描き出す音楽へとシフトした異色作。
「もう一度、フィルムを巻き戻せたなら」というメタファーが象徴するように、この作品は過去を振り返り、喪ったものを抱きしめながら、それでも前を向こうとする“成熟した哀しみ”の記録なのだ。
また、Richard Hawley、Cate Le Bon、Lucy Roseらをゲストに迎え、Manicsの個性とは異なる声が交わることで、より繊細な質感が加えられている。
怒りや政治を叫ぶのではなく、**“その後”を語るようなアルバム——まさに“ポスト怒り”のManicsである。
全曲レビュー
1. This Sullen Welsh Heart(feat. Lucy Rose)
穏やかなギターとLucy Roseの透明な声が重なり合う、“悲しみを隠さずに生きる”ことへの静かな賛歌。
2. Show Me the Wonder
ブラスが華やかに鳴るソウルフルなポップソング。「世界の不思議を見せてくれ」と願う歌詞が希望を灯す。
3. Rewind the Film(feat. Richard Hawley)
アルバムの核となるタイトル曲。“人生を巻き戻したい”という切実な願望を、Hawleyの低く温かい声が深く響かせる。
4. Builder of Routines
穏やかなメロディに乗せて、“習慣”によって守られた人生の脆さを描く。日常という小さな繰り返しが愛おしい。
5. 4 Lonely Roads(feat. Cate Le Bon)
Cateのフラジャイルな声が印象的なバラード。“4本の孤独な道”とは、選ばれなかった可能性そのものかもしれない。
6. (I Miss the) Tokyo Skyline
ツアー先での孤独感を綴った叙情的ナンバー。煌びやかな都市の記憶が、静かなノスタルジーとなって響く。
7. Anthem for a Lost Cause
語りかけるようなメロディと歌詞。“失われた正義”への鎮魂歌のようでもあり、優しいプロテストソングでもある。
8. As Holy as the Soil (That Buries Your Skin)
詩的で静謐な楽曲。死と再生、過去と現在が折り重なりながら語られる叙情詩のような一曲。
9. 3 Ways to See Despair
不協和的なコードが印象的な小曲。絶望を見る“3つの視点”は、そのまま彼らの人生の内面を反映しているかのよう。
10. Running Out of Fantasy
夢想が尽きたあと、何が残るのか。音数の少なさが、逆に深い情感を生むミニマルな作品。
11. Manorbier(インストゥルメンタル)
ウェールズの風景を思わせる、海辺の風が吹き抜けるような静かなインスト。 アルバム全体の呼吸を整える役割を果たす。
12. 30-Year War
唯一、政治的怒りが前景化した楽曲。サッチャー政権から現代までの“30年戦争”を俯瞰し、今も変わらぬ階級闘争を告発する。
ラストでギターが爆発的に唸り、抑え続けてきた激情が解き放たれる瞬間。
総評
『Rewind the Film』は、Manic Street Preachersという“怒れるバンド”が、怒りの後に見つけた静けさと余白を描いた作品である。
激しさやロック的高揚感ではなく、記憶、喪失、成熟、そして赦しといった感情が、穏やかに、しかし確かに響いてくる。
これは、“老いた”のではなく、“深まった”Manicsの表現であり、彼らが今でも“心を映す鏡”として機能していることを証明するアルバム。
人生の折り返しを迎えた人々にとって、**このアルバムは“誰かの人生の余白に差し込まれる優しい光”となるだろう。
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成熟と哀愁を持つロックの金字塔。『Rewind the Film』と同様、静かなる傑作。
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