アルバムレビュー:Innocence Reaches by of Montreal

※本記事は生成AIを活用して作成されています。

発売日:2016年8月12日

ジャンル:インディー・ポップ、サイケデリック・ポップ、エレクトロ・ポップ、シンセ・ポップ、アート・ポップ

概要

of MontrealのInnocence Reachesは、ケヴィン・バーンズ率いるこのバンドが、長年にわたって展開してきたサイケデリック・ポップ、グラム・ロック、ファンク、エレクトロ、アート・ポップの要素を、2010年代中盤のダンス・ポップやシンセ・ポップの質感と接続した作品である。of Montrealは、1990年代後半にElephant 6周辺のインディー・ポップ・シーンから登場し、初期にはThe Beatles、The Kinks、The Beach Boys、Syd Barrett、The Olivia Tremor Controlなどを思わせる、幻想的で手作り感のあるサイケデリック・ポップを展開していた。しかし2000年代半ば以降、特にHissing Fauna, Are You the Destroyer?以降の作品では、ファンク、ディスコ、プリンス的な官能性、エレクトロニックな音響、ジェンダーや自己変容をめぐる演劇的な表現を強めていった。

Innocence Reachesは、その長い変化の中でも、特に現代的なポップ・プロダクションへの接近がはっきり表れたアルバムである。of Montrealの音楽はもともと、過去のポップ史からの引用、奇抜なコード進行、過剰な言葉、演劇的なキャラクター性、サイケデリックな編集感覚を特徴としていた。本作ではそこに、EDM以降のシンセの質感、ダンス・ポップ的なビート、2010年代のインディー・エレクトロの軽さが加わる。結果として、アルバムは明るくカラフルに聴こえる一方で、歌詞には孤独、不安、欲望、自己嫌悪、関係性の破綻、アイデンティティの流動性が刻まれている。

タイトルのInnocence Reachesは、「無垢が届く」「無垢が到達する」といった意味に読めるが、ここでの“innocence”は単純な純粋さではない。of Montrealの作品において、無垢はしばしば損なわれ、演じられ、再構成されるものである。ケヴィン・バーンズの歌詞には、身体、性、ナルシシズム、自己演出、精神的な不安定さ、恋愛関係の摩耗が頻繁に現れる。そのため本作の“innocence”は、失われる前の純潔というより、壊れた自己がなおどこかへ届こうとする衝動、あるいは汚れた世界の中でも残る感覚の鋭さとして響く。

本作は、of Montrealのキャリアの中で、過去のサイケデリックな作風と、同時代的なポップへの関心がぶつかる作品でもある。前作Aureate Gloomでは、よりバンド・サウンド寄りのグラム/ポスト・パンク的な手触りが目立ったが、Innocence Reachesではシンセサイザーと電子的なリズムが前面に出る。これは一種の刷新であり、またof Montrealが常に変化し続けるプロジェクトであることの証明でもある。ケヴィン・バーンズは、過去の成功したフォーマットを安定的に再生産するよりも、自己の状態や時代の音を反映して、作品ごとに別の衣装をまとわせるタイプのソングライターである。

音楽的背景としては、2010年代のインディー・ポップがエレクトロ・ポップ、R&B、ダンス・ミュージック、ハイパーなシンセ音像へ開かれていった流れがある。MGMT、Passion Pit、Yeasayer、Chairlift、Grimes、Perfume Genius、Tame Impala以降のサイケデリック・ポップやエレクトロ・ポップの動きと比較すると、本作の方向性は理解しやすい。ただしof Montrealの場合、その現代的な音像は単なる流行の取り込みではなく、従来から持っていた過剰な内面性と演劇性を、新しい表面に乗せたものになっている。

歌詞面では、バーンズ特有の自己分析的で、ときに過剰に知的で、ときに露骨に感情的な表現が続く。愛や関係性は、安定した幸福としてではなく、自己を破壊し、変形させ、同時に一時的な救済も与えるものとして描かれる。アルバム全体に漂うのは、ポップな明るさと精神的な不安定さの同居である。曲は踊れるように作られているが、その踊りは幸福だけではなく、混乱から逃れるための身体的な反応でもある。

日本のリスナーにとってInnocence Reachesは、of Montrealの中でも比較的ポップで入りやすい側面を持ちながら、歌詞や構成を追うほどに複雑さが見えてくるアルバムである。Satanic Panic in the Atticのような初期サイケ・ポップ、Hissing Faunaのような内面的なエレクトロ・ファンク、Skeletal Lampingのような過剰な演劇性に比べると、本作は表面的にはより現代的で軽い。しかしその軽さは浅さではなく、不安や孤独を隠すための明るい照明として機能している。of Montrealらしい奇妙なポップの核心は、本作にもはっきり残っている。

全曲レビュー

1. Let’s Relate

アルバム冒頭の「Let’s Relate」は、本作の明るくエレクトロ・ポップ寄りの方向性を端的に示す楽曲である。タイトルは「関係しよう」「つながろう」という意味を持ち、非常に直接的なコミュニケーションへの欲望を表している。しかしof Montrealの文脈では、つながることは単純な親密さではない。人と関係することは、自己をさらすこと、誤解されること、欲望と不安の中へ入ることでもある。

音楽的には、軽快なシンセ・ビート、明るいメロディ、キャッチーなコーラスが中心で、アルバムの入口として非常に機能的である。従来のギター・ポップ的なof Montrealよりも、ダンス・ポップやシンセ・ポップの質感が強い。ビートは明快で、サウンドは光沢を持ち、曲全体に2010年代的なポップの明るさがある。

歌詞では、関係性を築くことへの期待と、その背後にある不安が同時に感じられる。バーンズの表現はしばしば、親密さへの欲望と、親密さによって自分が壊れる恐れを同時に抱える。「Let’s Relate」というシンプルな言葉は、ポジティブな誘いであると同時に、関係性の複雑なゲームへ入る合図でもある。

この曲は、本作が従来のof Montrealの内省性を保ちながらも、より外向きのポップ・サウンドへ接近していることを宣言している。明るいが、完全には無邪気ではない。踊れるが、心は落ち着かない。その二重性がアルバム全体を貫く。

2. It’s Different for Girls

「It’s Different for Girls」は、本作の代表的な楽曲の一つであり、ジェンダー、社会的期待、身体性、恋愛における非対称性を扱う曲である。タイトルは「女の子にとっては違う」という意味で、非常に簡潔ながら、多くの社会的含意を持つ。of Montrealの作品では、ジェンダーは固定的なものではなく、演じられ、揺らぎ、時に苦しみの源にもなる。

音楽的には、明るくキャッチーなポップ・ソングであり、メロディの親しみやすさが際立つ。軽いリズムとシンセの装飾は、曲を非常に聴きやすいものにしている。しかし歌詞の内容は、単純な恋愛歌ではなく、社会が女性に課す役割や、感情表現の差異、欲望の扱われ方への観察を含む。

この曲で重要なのは、バーンズがジェンダーを外側から単純に評論するのではなく、自分自身の不安定なアイデンティティ感覚と重ねながら扱っている点である。of Montrealの歌詞には、男性性や女性性を固定したものとして捉えず、身体や欲望の中で揺れ続けるものとして描く傾向がある。本曲もその延長にある。

サウンドの明るさとテーマの複雑さの対比が、この曲を印象的にしている。ポップ・ソングとしては軽快だが、歌詞を読むと、そこには社会的な視線と個人的な傷が絡み合っている。of Montrealらしい、甘いメロディの中に鋭い認識を忍ばせた楽曲である。

3. Gratuitous Abysses

「Gratuitous Abysses」は、タイトルからして非常にof Montrealらしい過剰さを持つ楽曲である。“gratuitous”は過剰な、必要以上の、理由のないという意味を持ち、“abysses”は深淵を意味する。つまり「過剰な深淵」「理由なき奈落」といったイメージが浮かぶ。ポップ・アルバムの中にこうした哲学的で奇妙なタイトルを置くところに、バーンズの作家的な感覚がよく表れている。

音楽的には、比較的スムーズでメロディアスなエレクトロ・ポップとして進むが、コード感や歌詞には不穏な響きがある。of Montrealは、明るい音像の下に心理的な落差を隠すことが多い。本曲でも、耳には軽く届くサウンドの奥に、深く沈み込むような感情が存在している。

歌詞では、意味のない深みへ引き込まれる感覚、あるいは自ら過剰な感情の穴を作り出してしまう状態が示されているように響く。人は時に、必要以上に自分を分析し、関係性を複雑にし、苦しみを増幅させる。バーンズの歌詞には、まさにそのような自己過剰性がある。

この曲は、本作のテーマである「無垢」がすでに壊れ、深淵に接触していることを示す。明るく踊れるポップの中に、過剰な自己意識が落とす影がある。of Montrealの魅力は、その影を隠さず、むしろポップな装飾で照らし出す点にある。

4. My Fair Lady

「My Fair Lady」は、タイトルからミュージカルや古典的な女性像を連想させる楽曲である。もちろん直接的な引用というより、文化的なイメージとしての「淑女」「理想化された女性」「演じられる上品さ」が重要である。of Montrealの音楽では、こうした文化的記号がしばしばアイデンティティや恋愛の不安定さと結びつく。

音楽的には、軽快でポップな質感を持ちながら、どこか演劇的な雰囲気がある。バーンズのメロディは甘く、声には少し芝居がかったニュアンスがある。これはof Montrealの大きな特徴であり、感情を自然に吐露するというより、キャラクターを通して歌っているように聴こえる。

歌詞では、相手を理想化する視線と、その理想化が持つ危うさが感じられる。「My Fair Lady」という言葉には、相手を美しく見たい欲望がある一方で、相手を一つの役割に押し込める暴力性も含まれる。バーンズはしばしば、愛の中に潜む自己中心性や演技性を描く。本曲もその文脈にある。

この曲は、ポップ・ソングとしては明るく聴けるが、背景には恋愛における投影と演技の問題がある。相手を愛しているのか、それとも自分が作り出したイメージを愛しているのか。その問いが、軽やかなメロディの中に隠れている。

5. Les Chants de Maldoror

「Les Chants de Maldoror」は、ロートレアモンの文学作品『マルドロールの歌』を参照するタイトルを持つ楽曲である。この作品は、19世紀フランス文学における異端的なテキストであり、後のシュルレアリスムにも大きな影響を与えた。of Montrealがこのタイトルを選ぶことは、バーンズの歌詞世界がポップだけでなく、文学的・退廃的・超現実的なイメージに深く接続していることを示している。

音楽的には、タイトルの重々しさに対して、意外にもポップでリズミカルな要素がある。of Montrealらしく、暗い文学的参照をそのまま重い音にするのではなく、明るく歪んだポップの中へ配置する。これにより、曲には奇妙な軽さと不穏さが同居する。

歌詞では、自己の暗部、欲望、破壊的な想像力、あるいは美と醜の混在が示されているように響く。『マルドロールの歌』が持つ反道徳的で幻想的な性格を考えると、本曲はof Montrealのサイケデリックな文学性を強く示すものといえる。

この曲は、本作の中でも特に知的な参照性が強い。単なるインディー・ポップではなく、文学、性、悪、幻想、ポップの表面が絡み合う。of Montrealが持つアート・ポップとしての側面を象徴する楽曲である。

6. A Sport and a Pastime

「A Sport and a Pastime」は、タイトルから遊戯、娯楽、競技、そして関係性のゲーム化を連想させる楽曲である。人間関係や恋愛が、真剣な情緒であると同時に、スポーツや暇つぶしのように扱われてしまう感覚がある。これはof Montrealの歌詞に頻出する、欲望の軽薄さと痛みの同居に近い。

音楽的には、ダンサブルで軽快な要素があり、曲は比較的明るい表情を持つ。しかし、その明るさの中に、関係性をゲームとして扱う冷たさが潜んでいる。バーンズの歌唱は、感情的でありながら、どこか観察者のような距離を保つ。

歌詞では、愛や性が、深い結合というより、競技や習慣のように繰り返されるものとして描かれる。そこには快楽があるが、同時に虚しさもある。人は相手と関係しているようで、実際には自分自身の欲望や不安を処理しているだけなのかもしれない。本曲はそのような関係の不安定さを表現している。

この曲は、本作の中で身体性と自己認識が交差する場所にある。踊れるビートは、感情の軽さを示す一方で、同じ動作を繰り返す虚無も表している。

7. Ambassador Bridge

「Ambassador Bridge」は、アメリカとカナダを結ぶ実在の橋を想起させるタイトルであり、移動、境界、越境、分断と接続のイメージを持つ楽曲である。橋は、of Montrealの歌詞世界において、異なる自己、異なる感情、異なる関係性をつなぐ象徴として読むことができる。

音楽的には、比較的メロディアスで、アルバム中盤に流れを作る曲である。サウンドは軽やかだが、タイトルが持つ地理的なイメージによって、どこか移動中の風景が浮かぶ。of Montrealのポップは、しばしば内面の移動と外的な移動を重ねる。本曲もその一例である。

歌詞では、誰かと誰か、あるいは自分と他者の間にある距離がテーマになっているように感じられる。橋は距離を縮めるものだが、同時に距離が存在することを示すものでもある。関係性が必要とするのは、完全な融合ではなく、渡るための構造である。本曲はその曖昧な接続感を持っている。

この曲は、派手な代表曲ではないが、アルバムの中で重要な役割を果たしている。明るくカラフルな音の中に、境界と移動の感覚を忍ばせている。

8. Def Pacts

「Def Pacts」は、タイトルから契約、同盟、約束、あるいは“deaf”を連想させる言葉遊びのようにも読める。of Montrealの曲名にはしばしば、多義的で少し崩れた言葉遣いが見られる。本曲も、その曖昧さによって解釈を開いている。

音楽的には、シンセ・ポップとファンク的なリズム感が混ざり、やや硬質なグルーヴを持つ。バーンズのメロディはキャッチーだが、構成には少しひねりがある。of Montrealの楽曲は、表面的にはポップでありながら、急な転調やメロディの曲がりによって、聴き手を安定させない。

歌詞では、関係性における暗黙の契約や、それが破られる感覚が示されているように響く。恋愛や友情には、明文化されない約束がある。しかし、その約束はしばしば一方にだけ有効で、誤解や失望を生む。本曲は、そのような不安定な取り決めを扱っていると考えられる。

サウンドの明るさと、タイトルに潜む契約の硬さが対比されることで、曲には独特の緊張が生まれる。of Montrealらしい、ポップな表面の下に心理的な取引を隠した楽曲である。

9. Chaos Arpeggiating

「Chaos Arpeggiating」は、本作の中でもタイトルが非常に音楽的かつ概念的な楽曲である。“arpeggiating”は和音を分散して鳴らすアルペジオの動きを指し、“chaos”と組み合わされることで、混沌が規則的な音型として展開されていくイメージが生まれる。これは、of Montrealの音楽そのものを表す言葉としても有効である。

音楽的には、シンセやギターの反復的なパターンが、曲に揺らめく構造を与えている。混沌そのものを無秩序に鳴らすのではなく、アルペジオのような秩序ある形に分解する。これは、バーンズの作曲の特徴でもある。精神的な混乱を、そのまま叫ぶのではなく、複雑なポップ構造へ変換するのである。

歌詞では、自己の混乱、関係性の不安、欲望の分裂が、音楽的な運動と重ねられているように響く。混沌は破壊的だが、音楽にすればパターンになる。つまり、苦しみや不安は、ポップ・ソングとして組織化されることで、一時的に扱えるものになる。

この曲は、of Montrealの創作方法を象徴する一曲である。混乱を消すのではなく、装飾し、分解し、踊れる形に変える。そこにバーンズのアート・ポップ作家としての本質がある。

10. Nursing Slopes

「Nursing Slopes」は、タイトルから回復、世話、傾斜、滑り落ちる感覚を連想させる楽曲である。“nursing”は看護や育成を意味し、“slopes”は坂や斜面を意味する。つまり、誰かを癒そうとしながらも、足場が傾いているような不安定なイメージがある。

音楽的には、比較的穏やかな表情を持ちながら、メロディやアレンジには微妙な不安が含まれている。of Montrealの曲では、癒しや優しさが完全な安定を意味することは少ない。むしろ、相手を癒そうとする行為そのものが、自己の不安や依存を露呈する。

歌詞では、誰かを支えること、あるいは自分が支えを必要とすることの曖昧さが描かれる。関係性において、世話をする側とされる側の境界はしばしば崩れる。助けているつもりが、実際には自分が相手に依存していることもある。本曲はそのような心理的な傾斜を描いているように響く。

タイトルの奇妙さが示す通り、この曲は単純な癒しの歌ではない。回復のプロセス自体が不安定で、滑りやすく、どこへ向かうか分からない。その感覚が、アルバム後半に陰影を与えている。

11. Trashed Exes

「Trashed Exes」は、過去の恋人たち、壊れた関係、酔い、破壊、記憶の乱雑さを思わせるタイトルである。“trashed”には、酔いつぶれた、破壊された、捨てられたという複数の意味があり、過去の関係がどのように消費され、損なわれ、記憶の中で乱れていくかを示している。

音楽的には、ポップでありながら、やや毒気を含んだサウンドが特徴である。of Montrealの恋愛歌は、相手への純粋な愛だけでなく、過去の自分への嫌悪、相手を傷つけた記憶、関係を美化できない感覚を含む。本曲もその系譜にある。

歌詞では、元恋人たちが単なる過去の人物ではなく、現在の自己を構成する残骸として登場する。人は過去の関係を捨てたつもりでも、それらは記憶、癖、自己像の中に残る。タイトルの“trashed”は、関係が壊れたことだけでなく、その記憶の扱い方の乱暴さも示している。

この曲は、アルバムの中でバーンズの自己批判的な側面を強く感じさせる。愛の後にはしばしば残骸があり、その残骸をどう扱うかが次の自己を決める。of Montrealはその不快な現実を、ポップな音で照らしている。

12. Chap Pilot

アルバムを締めくくる「Chap Pilot」は、タイトルからして少し謎めいている。“chap”は男性、やつ、若者のような口語的な響きを持ち、“pilot”は操縦士を意味する。つまり、誰かが何かを操縦しているが、その人物像はどこか軽く、頼りなく、滑稽にも感じられる。of Montrealらしい、自己像の不安定さを示すタイトルである。

音楽的には、終曲として大きな劇的解決を提示するというより、アルバムの奇妙なポップ感覚を保ったまま閉じていく。サウンドは明るく、しかしどこか浮遊しており、聴き手を完全な結論へ導かない。of Montrealのアルバムはしばしば、物語をきれいに閉じるよりも、次の変身へ向かう余韻を残す。

歌詞では、自己を操縦することの難しさが感じられる。自分の人生や欲望を制御しているつもりでも、実際には感情や関係性、過去の記憶に操られているのかもしれない。“pilot”という言葉は主体性を示すが、同時に飛行中の不安定さも含む。着地できるのか、どこへ向かうのかは明確ではない。

終曲として「Chap Pilot」は、Innocence Reachesの結論を曖昧にする。無垢はどこかへ到達したのか、それともまだ飛行中なのか。バーンズは明確な答えを与えず、カラフルなポップの中に、未解決の自己を残してアルバムを終える。

総評

Innocence Reachesは、of Montrealが2010年代のポップ感覚へ意識的に接近しながら、自分たちのサイケデリックで演劇的なアイデンティティを保ったアルバムである。明るいシンセ、ダンサブルなビート、キャッチーなメロディが多く、表面的には非常に軽やかで聴きやすい。しかし歌詞やタイトル、構成を追うと、そこにはいつものof Montrealらしい過剰な自己分析、ジェンダーの揺らぎ、関係性の破綻、文学的参照、精神的な混乱が深く刻まれている。

本作の最大の特徴は、ポップな明るさと心理的な不安定さのギャップである。「Let’s Relate」や「It’s Different for Girls」は非常にキャッチーで、ダンス・ポップとしての即効性を持つ。一方で、「Gratuitous Abysses」「Les Chants de Maldoror」「Chaos Arpeggiating」のような曲名や歌詞には、深淵、悪、混沌といった不穏なイメージが含まれる。この落差こそがof Montrealの魅力である。聴きやすい表面の下で、常に自己が分裂し、関係性が崩れ、言葉が過剰に増殖している。

音楽的には、初期のサイケデリック・ポップからかなり遠い場所にある作品である。アコースティックな手作り感や60年代ポップへの直接的な愛着よりも、ここではシンセサイザー、電子的なリズム、現代的なポップ・プロダクションが中心になっている。しかし、of Montrealの本質は単なる音色ではなく、ポップ・ソングを奇妙に変形させる想像力にある。その点で、本作は十分にof Montrealらしい。

ケヴィン・バーンズの作家性も、本作では強く表れている。彼の歌詞は、ときに過剰に自己意識的で、難解で、聴き手を突き放す。しかし、その過剰さは彼の魅力でもある。バーンズは、感情を単純な言葉で処理するのではなく、文学、哲学、性、身体、ポップ・カルチャー、個人的な痛みを混ぜ合わせながら、ひとつの奇妙なポップ世界を作る。本作でも、その言葉の密度は高い。

ジェンダーやアイデンティティへの感覚も重要である。「It’s Different for Girls」に象徴されるように、本作では性別や欲望が固定的なものとして扱われない。of Montrealの音楽において、自己は常に演じられ、変化し、崩れる。これは単なるテーマではなく、音楽構造にも反映されている。楽曲は突然表情を変え、声はキャラクターを変え、ポップの様式も安定しない。自己の流動性が、そのまま音楽の流動性になっている。

一方で、本作には評価が分かれる点もある。of Montrealのファンの中には、初期のサイケ・ポップやHissing Fauna期の鋭いエレクトロ・ファンクに比べて、本作のサウンドをやや軽く、時代のポップに寄せすぎていると感じる向きもあるだろう。確かに、アルバム全体の音像はカラフルで、過去作のような濃密な奇怪さや切迫感はやや薄い場面もある。しかし、この軽さは本作の意図でもある。バーンズは、深刻な内面をあえて明るい表面に乗せることで、2010年代的な不安の形を表現している。

Innocence Reachesというタイトルは、最終的に非常に皮肉で美しい。無垢は、ここでは完全に保たれた純粋さではない。むしろ、壊れた関係、複雑な欲望、過剰な自己意識、社会的なジェンダー規範、ポップの人工性を通過した後に、それでもどこかへ届こうとする感覚である。無垢は失われたものではなく、変形されながら到達しようとするものなのかもしれない。その解釈が、本作にはよく合っている。

日本のリスナーにとっては、of Montrealの入門としても、後期の変化を知る作品としても聴ける。キャッチーな曲が多いため入り口は比較的広いが、歌詞やタイトルを読み込むほど、作品の裏側にある複雑な構造が見えてくる。単なる明るいインディー・ポップとして聴くこともできるが、of Montrealの本当の面白さは、明るさの下にある不安定な心理劇を読み取ることでより深まる。

総合的に見て、Innocence Reachesはof Montrealの代表作中の頂点とは言い切れないが、バンドの変化し続ける姿勢をよく示す重要作である。サイケデリック・ポップからエレクトロ・ポップへ、文学的な過剰さからダンス・ミュージック的な軽さへ、内面的な混乱から外向きのポップへ。その移動の中で、ケヴィン・バーンズは自分自身の不安定さを失わずに、新しい表面を獲得している。

Innocence Reachesは、明るく、踊れる、しかし内側では絶えず揺れているアルバムである。ポップの表面はカラフルだが、その下には深淵がある。無垢は壊れ、変形され、それでもどこかへ届こうとする。of Montrealは本作で、現代的なシンセ・ポップの光の中に、自己の混乱と欲望の影を鮮やかに映し出している。

おすすめアルバム

1. of Montreal — Hissing Fauna, Are You the Destroyer?

of Montrealの代表作であり、ケヴィン・バーンズの内面的な崩壊とエレクトロ・ファンク的なポップが結びついた重要作である。Innocence Reachesの明るい電子音の背後にある、より切迫した自己分析とダンス・ポップの関係を理解するうえで欠かせない。

2. of Montreal — Skeletal Lamping

of Montrealの演劇性、ジェンダーの揺らぎ、過剰な構成、ファンクとサイケの混在が極端に表れた作品である。Innocence Reachesよりも複雑で散漫に感じられる部分もあるが、バーンズのキャラクター性と過剰なポップ構築を知るには重要である。

3. of Montreal — Satanic Panic in the Attic

初期of Montrealのサイケデリック・ポップ的な魅力が強く表れたアルバムである。60年代ポップへの愛着、軽やかなメロディ、幻想的な構成が中心で、Innocence Reachesのエレクトロ・ポップ化以前のバンド像を理解するのに適している。

4. MGMT — Oracular Spectacular

2000年代後半以降のサイケデリック・ポップとエレクトロ・ポップの接点を代表する作品である。明るいシンセ、ポップなメロディ、奇妙な内面性という点でInnocence Reachesと関連性が高い。インディー・ポップがダンス・ポップへ接近した流れを理解するうえで有効である。

5. Tame Impala — Currents

サイケデリック・ロックをシンセ・ポップ、R&B、ダンス・ミュージックの質感へ変換した2010年代の重要作である。of Montrealとは作風が異なるが、内面的な変化や自己変容を、カラフルで現代的なポップ・サウンドに乗せる点で共通する。

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