
発売日: 1983年7月27日
ジャンル: ロカビリー、ロックンロール、50sリヴァイヴァル
本気か冗談か、ニールは笑っている——“失われた時代”を演じたパロディと反抗のロックンロール
『Everybody’s Rockin’』は、Neil Youngが1983年にGeffen Recordsからリリースした14作目のスタジオ・アルバムであり、1950年代ロカビリー/ドゥーワップ風サウンドを徹底的に再現した、“異常なまでに軽い”異色作である。
Crazy Horseではなく、“The Shocking Pinks”という仮バンドを編成し、リーゼント風のルックス、ピンクのスーツ、2分以下のショートチューンを並べるというコンセプト的趣向が施された本作は、当時も今も「ヤングの最も不可解なアルバム」として語られることが多い。
だがこの軽薄さの裏には、レーベルとの対立や音楽産業への不信、そして“変わり続ける”という彼の美学が確かに存在している。
Geffen Recordsからは「もっと売れるロックアルバムを作れ」と要求され、その反動として制作されたとされる本作は、反抗と遊び心、そしてある種の“諦め”が混ざり合った、陽気で悲しいパロディ作品とも言える。
全曲レビュー
1. Betty Lou’s Got a New Pair of Shoes
50年代ロックンロールの典型を模倣した軽快なカバー。誰もが知っているスタイルを、あえて“表層だけ”なぞることで生まれる虚無感が興味深い。
2. Rainin’ in My Heart
Huey “Piano” Smithのナンバーをカバー。哀愁漂うメロディに乗せた“泣いてるけど笑ってる”ような歌声。パスティーシュの中にもニールの不安定さが滲む。
3. Payola Blues
音楽業界に対する痛烈な皮肉。“ペイオラ”(賄賂によるラジオ放送)の風刺に、ドゥーワップ風の陽気なリズムという組み合わせが絶妙。
4. Wonderin’
唯一過去の楽曲を再録した、ややセンチメンタルな一曲。この時代設定でも違和感なく収まる、時空を超えたロカビリー・バラード。
5. Kinda Fonda Wanda
語感の心地よさと遊び心で突っ走るスウィング・チューン。内容は他愛ない恋の話だが、どこかやけっぱちな明るさがにじむ。
6. Jellyroll Man
リズムとヴォーカルの絡みが楽しい、ジャンプ・ブルース風の一曲。“Jellyroll”という隠語的な響きも含め、ニールの“いたずらっ子精神”が炸裂。
7. Bright Lights, Big City
Jimmy Reedのブルースをシンプルにロカビリー化。都市の孤独と50年代的ノスタルジーが交錯する、短くも印象的なトラック。
8. Cry, Cry, Cry
オリジナル曲ながら、完全にドゥーワップ文法にのっとった構成。あまりに“作られた”感が逆にリアルな、逆説的エモーショナル。
9. Mystery Train
エルヴィスでも知られるブルース・クラシック。旅、逃避、アイデンティティの喪失といったヤングの根本的テーマが、陽気な音の裏に隠れている。
10. Everybody’s Rockin’
アルバムの締めにしてタイトル曲。“みんなロックしてる”というフレーズの中に、どこか自嘲的なトーンが混ざる。 ニールの“投げやりな本気”が凝縮された一曲。
総評
『Everybody’s Rockin’』は、Neil Youngというアーティストの“変化”に対する執着と、“音楽業界の期待”に対する冷笑が交差した、ある意味最も“危険”なアルバムである。
この作品を“失敗作”や“ジョーク”として片付けるのは簡単だが、むしろこれはニール・ヤング流のパンクであり、機能不全のポップ産業に向けたノイズにも近い。
しかも、そのノイズがロカビリーという“古き良きスタイル”の完璧な模倣として表現されているという倒錯こそが、このアルバムの面白さであり、難解さでもある。
音楽としては軽く、聴きやすい。だが、その軽さの中に込められた「本当の自分はここにいないよ」というメッセージこそ、ヤングの芸術家としてのプライドの発露なのである。
おすすめアルバム
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Trans / Neil Young
本作の直前に制作された、テクノ路線の実験作。レーベルへの“反抗の連続性”を体感できる。 -
Zuma / Neil Young & Crazy Horse
混沌と美しさ、怒りと愛情が自然体で同居する名作。『Everybody’s Rockin’』の反動的文脈を理解する手がかりに。 -
The Blue Mask / Lou Reed
アイロニカルなロックンロールを通して、自己分裂と社会批評を描いた作品。表面的軽さの裏に潜む闇という点で共鳴。 -
Love and Theft / Bob Dylan
ルーツ・ミュージックのスタイルを借りつつ、皮肉と風刺に満ちた近年の名盤。パスティーシュの誠実さと遊び心が共通。 -
Orville Peck / Pony
現代に蘇るロカビリーとマスクの美学。過去の模倣が新たな感情を生むことを証明する作品。
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