発売日: 1977年11月13日
ジャンル: バロックポップ、ソフトロック、フォークロック、実験的ポップ
詩人と狂気のプロデューサーが出会った夜——Leonard Cohen、混乱と官能の“破綻美学”
『Death of a Ladies’ Man』は、Leonard Cohenが1977年に発表した通算5作目のスタジオ・アルバムであり、プロデューサーにフィル・スペクターを迎えた唯一の作品としても異彩を放つ、“破格の異端作”である。
それまでの静謐で詩的なフォーク路線から大きく逸脱し、スペクターによる“ウォール・オブ・サウンド”と呼ばれる極端に厚いオーケストレーションとリバーブまみれのサウンドが全面に押し出された本作は、Cohenの内省的な世界観と激しく衝突しながらも、不思議な説得力をもって成立している。
当時、Cohen本人は録音セッションを「制御不能だった」と語っており、スペクターはスタジオで銃を振り回すなど、ほぼ狂気の中で制作されたという逸話が残る。
だがその混乱こそが、この作品に“退廃の魅力”と“幻惑的エネルギー”を与えているとも言える。
全曲レビュー
1. True Love Leaves No Traces
ストリングスと女性コーラスが渦巻くなか、Cohenが静かに語る。「真の愛は痕跡を残さない」という逆説が、濃密なアレンジの中でむしろ強く響く。
2. Iodine
ジャズ調のコード進行と官能的な歌詞。薬品のように滲み出る苦味と欲望の香り。
3. Paper-Thin Hotel
Cohenのヴォーカルが孤独に響くバラード。隣室から聞こえる愛の声に苛まれる男の視点が、痛ましいまでに美しい。
4. Memories
アルバム中もっともキャッチーで、50年代のオールディーズ風ポップスへのオマージュ。 しかし歌詞にはCohenらしい哀愁が漂う。
5. I Left a Woman Waiting
女を待たせたまま立ち去った男のモノローグ。後悔と残響が折り重なる、スロウで物憂げなナンバー。
6. Don’t Go Home with Your Hard-On
驚くべきタイトルを持つロック・ナンバー。ボブ・ディランとアレン・ギンズバーグがコーラスで参加し、無頼派の祭典のような雰囲気を醸し出す。
7. Fingerprints
人間関係の記憶を“指紋”に喩えた詩的楽曲。スペクター的な重厚さが、逆に虚しさを際立たせている。
8. Death of a Ladies’ Man
タイトル曲にしてアルバムの核。女たちの間を渡り歩いた“色男”の終焉を描く壮大な詩的ドラマ。 コーラスの洪水と語りの対比が強烈。
総評
『Death of a Ladies’ Man』は、Leonard Cohenのディスコグラフィーの中でも最も異端で、最も破壊的な美学が詰め込まれた作品である。
それは純粋な意味での“完成度”とは無縁の世界にありながら、芸術における“衝突”“妥協のなさ”“逸脱”が持つ魔力を証明している。
詩人がサウンドの海に溺れ、プロデューサーが狂気の指揮をとった結果として、このアルバムには“退廃のゴスペル”のような魅力が宿っている。
それはまるで、酩酊した夜の果てに見た幻のようであり、Leonard Cohenという芸術家の“影”をあらわにした唯一の記録なのだ。
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