発売日: 1983年6月
ジャンル: ロック、ハードロック、ソフトロック、ユーモア・ロック
“買ったなら、好きに呼べばいい”——Joe Walshが放つ、反骨と自嘲のロック・コラージュ
『You Bought It – You Name It』は、Joe Walshが1983年にリリースした通算6作目のソロ・スタジオ・アルバム。
タイトルの「君が買ったんだから、好きに名付ければいいさ」という一言は、
リスナーへのジョークであると同時に、音楽業界そのものへの皮肉にもなっている。
70年代からのキャリアの蓄積と疲労、ロックンロールへの愛情と倦怠、
そして当時のアメリカ社会への微かな不信感が、ジョー・ウォルシュ特有のユーモアと脱力感で包まれたアルバムである。
この時期はイーグルス解散から数年、ソロとしての道を模索していた転換点でもあり、
作品全体には“成熟”というよりは“混沌”と“開き直り”が漂っている。
だがその分、ウォルシュらしい生々しさと個性が剥き出しになった記録でもある。
全曲レビュー
1. I Can Play That Rock & Roll
本作のオープニングは、軽妙な自己紹介ソング。
「ロックンロールなんて、やろうと思えば誰でもできるさ」と開き直る反骨精神が痛快。
ギターリフの鋭さと脱力ヴォーカルの対比が実にウォルシュらしい。
2. Told You So
ミディアムテンポのスローロック。
過去の過ちや別れをテーマにした歌詞が、どこか捨て鉢でありながらも優しい。
バックの演奏には繊細なレイヤーが重ねられ、アレンジの妙が光る。
3. Here We Are Now
ウォルシュ流の“人生の現在地確認”。
歌詞は抽象的ながら、時間と孤独、変化と不安が滲む。
サウンドは80年代らしいシンセとギターの混成スタイル。
4. Chains
ブルージーな色合いの濃い一曲。
束縛や依存といったテーマを、重たいビートとスモーキーなギターで表現。
この曲には、70年代のウォルシュらしいハードロックの影が濃く残っている。
5. Look at Us Now
ストレートなメッセージソングであり、“俺たち、今こんなことになってるぜ”という諦観と風刺が入り混じる。
アメリカの政治・社会状況を反映したリリックは、今聴いても生々しい。
6. Made Your Mind Up
アコースティックな質感が優しく響く、アルバム中最もソフトなトラックのひとつ。
恋愛や人間関係における“決断”の瞬間を、あえて力を抜いて描く。
シンプルなアレンジが心地よい。
7. Half of the Time
ややAOR的なニュアンスを含んだ爽やかなナンバー。
ウォルシュが持つ“メロディ職人”としての側面がひっそりと現れる一曲。
昼下がりの空気感が漂う。
8. Theme from Island Weirdos
インストゥルメンタル楽曲。
どこか“南国の奇人”という架空のキャラクターたちの情景が浮かぶような、軽妙で遊び心にあふれた音のスケッチ。
彼の映画音楽的センスが垣間見える。
9. I.L.B.T.s(I Like Big T…)
問題作とも言えるコメディ・トラック。
セクシャルなジョークをストレートにタイトルにしたこの曲は、当時のMTV文化の過激化にも応えるような“悪ノリの極地”。
その是非はさておき、ウォルシュの“やるならとことん”という姿勢は一貫している。
総評
『You Bought It – You Name It』は、Joe Walshがアーティストとしての“肩書き”を解体しようとしたアルバムである。
それは「ギターヒーロー」でも「ロックスター」でもなく、
ただの“ジョー・ウォルシュ”として、好きなことを好きなようにやった結果のようでもある。
一貫したメッセージやスタイルがないことこそが、本作の魅力。
それは未整理で、散漫で、だけどどこかに深い正直さと人間味が宿っている。
タイトルが示すように、これは聴き手にゆだねられたアルバムだ。
“名前を付けるのは、あなた”——それは、音楽が最も自由だった時代の、風通しの良い名残なのかもしれない。
おすすめアルバム
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Frank Zappa – Ship Arriving Too Late to Save a Drowning Witch
80年代ロックの中でひときわ異色なユーモアと技巧の融合。 -
Rick Derringer – All American Boy
ジョークとギタープレイが共存する、ウォルシュに近い感覚の作品。 -
Todd Rundgren – The Ever Popular Tortured Artist Effect
80年代のポップと皮肉のバランス感覚が光る、奔放な一枚。 -
Steely Dan – Gaucho
洗練されたAORのなかに潜む冷笑と批評。ウォルシュの皮肉精神と通じ合う。 -
Joe Walsh – Got Any Gum?
本作の混沌と遊び心を、さらに80年代的に突き詰めた“続編”的作品。
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