発売日: 1968年10月25日
ジャンル: ブルースロック、ジャズロック、ブリティッシュ・ロック
これは“かつて”のJethro Tull——ブルースとフルートが衝突する、異形のデビュー作
『This Was』は、イギリスのプログレッシブ・ロックバンドJethro Tullの記念すべきデビュー・アルバムである。
1968年という時代に生まれながら、本作はまだ“プログレ”でも“フォーク”でもなく、むしろブルース/ジャズ寄りのオルタナティヴな作品だった。
バンドのリーダーイアン・アンダーソンがトレードマークとなるフルートを大胆に導入し、
ブルース・バンドとしては異色のサウンドを確立しはじめた瞬間が、このアルバムに記録されている。
ギタリストのミック・エイブラハムスが在籍していた唯一のアルバムであり、
ブルースロック的なギター主導の楽曲と、アンダーソンの管楽器による前衛性が拮抗する“Jethro Tull以前のJethro Tull”とも言える。
この作品においてバンドは、ブルースの伝統に敬意を払いながらも、
その枠組みを逸脱するヒントをすでに手にしていたのだ。
全曲レビュー
1. My Sunday Feeling
オープニングから典型的なブリティッシュ・ブルースロックだが、
フルートが加わることで、どこか気怠くサイケデリックな浮遊感が生まれている。
“日曜の気分”というタイトルの通り、気だるさと熱の混ざった一曲。
2. Some Day the Sun Won’t Shine for You
ハーモニカとアコースティック・ギターで始まる、素朴なブルース・デュエット。
アンダーソンの哀愁あるヴォーカルが、古典ブルースへの愛情と敬意をにじませる。
3. Beggar’s Farm
フルートがリードを取り、ブルースとジャズが混じり合う最初期Tullの個性が見える楽曲。
マイナー調の旋律が印象的で、すでに不穏なプログレ的美学を垣間見せる。
4. Move on Alone
ミック・エイブラハムスがリード・ヴォーカルを取る唯一のトラック。
ブラス・アレンジと甘いメロディが、R&B風ソウルナンバーの趣を感じさせる。
5. Serenade to a Cuckoo
ローランド・カークのカバー。
全編インストゥルメンタルのジャズ・ナンバーで、アンダーソンのフルートが主役を張る初めての瞬間。
鳥のさえずりのように自由に舞う旋律が、Tullの未来を予感させる。
6. Dharma for One
唯一の本格的インスト・ロックトラック。
骨太なリズムと長尺のドラムソロが特徴で、後のライヴでの定番曲となる。
プログレ的演奏力のアピールがすでに始まっている。
7. It’s Breaking Me Up
トラディショナルな12小節ブルースに近い構成。
スライドギターとハーモニカが唸る中で、アンダーソンの“ブルースマン”としての声が映える。
8. Cat’s Squirrel
ブルースのインスト・ジャムで、Creamなども演奏したスタンダード。
エイブラハムスのギターが前面に出た、Tullとしては異例の“ギター・バンド”らしさが強い一曲。
9. A Song for Jeffrey
シングルとしてもリリースされた代表曲。
スライドギターとフルートの融合がユニークで、“ブルースの壊し方”をすでに知っていたTullの美学が表れている。
のちのプログレ路線の萌芽がここにある。
10. Round
アルバムのクロージングを飾る、お遊び的な短いインストゥルメンタル。
ジャズのアドリブ風ながら、次作への“余白”を残すような締めくくり。
総評
『This Was』というタイトルには、“これがかつての自分たちだった”という皮肉と予言が込められている。
実際、本作は後のJethro Tullと比べると、サウンドも構成も異質で、
純粋なブルースバンドとしての顔を唯一記録した作品と言える。
だが、そこに既にあったフルートの導入、ジャズの匂い、変拍子の萌芽、ジャンル越境の感覚——
それらすべてが、後の“Tull的なるもの”の原型を潜ませている。
このアルバムを聴くことは、まるでまだ羽化していない蝶の繭を眺めるような体験かもしれない。
そしてその繭の中では、すでに音楽が静かに変化を始めていたのだ。
おすすめアルバム
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John Mayall – Blues Breakers with Eric Clapton
英国ブルースの基本形。『This Was』の背景を知るうえで不可欠な名盤。 -
Cream – Fresh Cream
ロックとブルースの境界線を破壊した作品。Tull初期と類似点あり。 -
Roland Kirk – Rip, Rig and Panic
アンダーソンが影響を受けたジャズ・フルートの原点。 -
Colosseum – Those Who Are About to Die Salute You
ジャズ・ロックの先駆として、Tullと並ぶ英国異端の旗手。 -
Jethro Tull – Stand Up
次作にして、Jethro Tull“らしさ”が確立された名盤。比較して聴くことで本作の価値がより深まる。
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