発売日: 1974年8月19日
ジャンル: ロック、ブルー・アイド・ソウル、バラード、酩酊ポップ
崩壊と友情のセッション——酒と叫びと優しさで綴られた、“声のない男”の記録
『Pussy Cats』は、Harry Nilssonが1974年にリリースしたアルバムであり、
盟友ジョン・レノン(John Lennon)による全面プロデュースのもと、ロサンゼルスの“失われた週末”の狂騒と友情が刻まれた異色作である。
制作時、Nilssonは声帯を痛めていた。
それでもレノンは彼に歌わせ、Nilssonもそれを受け入れた。
結果として、これは“歌えない男が、それでも歌わずにいられなかった”痛切な記録となった。
表題の“Pussy Cats”には、“可愛い猫たち”という愛らしい響きの裏に、
弱さや壊れやすさを抱えた人間たち——酔い、逃げ、傷つき、それでも愛すべき“猫たち”——という自己肯定と諧謔が込められている。
アルバムには豪華なゲスト(レノン、リンゴ・スター、キース・ムーン、ダニー・クーチら)も多数参加しながらも、
どこか部屋の片隅で録られたような親密さと不器用さが漂う。
全曲レビュー
1. Many Rivers to Cross
Jimmy Cliffの名バラードをカバー。
冒頭から喉を潰したNilssonの声が痛々しくも美しく、まさに“歌うことが祈りになる”瞬間。
全曲中、最も胸に迫る魂の放出。
2. Subterranean Homesick Blues
ボブ・ディランの名曲を、Nilsson流の混沌としたガレージ・ロックに再構築。
言葉が滑り、ぶつかり、空転する快感のなかに、1970年代の脱力感と風刺が生きている。
3. Don’t Forget Me
本作のハイライトとも言える、オリジナルの名バラード。
別れと感謝、そして未練の入り混じった歌詞に、ほぼ崩壊寸前の声が宿る“奇跡の名唱”。
静かな夜にそっと聴きたい、Nilsson屈指の感傷的名曲。
4. All My Life
レノンとの共作によるシンプルなミディアム・ナンバー。
歌詞は平坦だが、逆に日常に埋もれた思い出の断片を拾い上げるような魅力がある。
5. Old Forgotten Soldier
クラシカルなピアノの響きに乗せて、“忘れられた兵士”という象徴が描く孤独。
ほとんどモノローグに近い、Nilssonの語りの魅力が光る一曲。
6. Save the Last Dance for Me
The Driftersの名曲を、ゆるく、泥酔したようなテンポでカバー。
“君の最後のダンスは僕のために取っておいて”という甘く切ないセリフが、
酔いの中にある純粋な執着として浮かび上がる。
7. Mucho Mungo / Mt. Elga
ジョン・レノンとの共作による幻想的な組曲的楽曲。
メロトロンと子ども向けのような旋律が交錯し、どこか夢の中の遊園地のようなムードを醸し出す。
歌詞の意味よりも、音そのものが“感覚”として流れていく。
8. Loop de Loop
子ども向けのナンセンス・ソングをバンド全体で遊び倒すナンバー。
声が掠れようが構わない、ただ楽しく歌うことの肯定に満ちている。
9. Black Sails
暗くメロウなムードが漂う、マイナーコードの小品。
短いながらも、アルバム全体の“曇り空”を象徴するような色合い。
10. Rock Around the Clock
ロカビリーの元祖を脱力カバー。
テンポは早いが、演奏はやや崩れ、ヴォーカルは掠れ、まるで壊れかけのパーティーの余韻のよう。
この不完全さこそが、『Pussy Cats』の美学である。
総評
『Pussy Cats』は、Harry Nilssonという歌い手が、声を失いながらも、自分自身を歌わずにいられなかった記録である。
それはジョン・レノンとの友情の証であり、70年代という時代の虚無と愛の混在でもある。
歌として完成されているとは言い難い曲も多い。
だが、それらの“未完成の断片”が、むしろ生々しい感情の記録として立ち上がる。
酒、喧騒、孤独、諧謔、祈り——
『Pussy Cats』は、酔った夜にこそ聴きたい“崩れ落ちる愛”のアルバムであり、
Nilssonという名の“声の作家”が、文字通り自分を削って作った作品なのである。
おすすめアルバム
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John Lennon – Mind Games
理想と現実の間で揺れるレノンの内省的なロック作品。『Pussy Cats』と同時代・同空気。 -
Neil Young – Tonight’s the Night
破綻と痛みをそのままレコードに焼き付けた、酩酊の傑作。 -
Tom Waits – Closing Time
酒場の詩人が描く、優しさと哀しみのグルーヴ。Nilssonの夜に通じる質感。 -
Randy Newman – Little Criminals
不完全で人間的な主人公たちを描く、ユーモアとシニシズムに満ちた傑作。 -
Dennis Wilson – Pacific Ocean Blue
心の荒波と静かな情熱を映した、1970年代後半の美しい自壊の記録。
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