アルバムレビュー：Fear by John Cale

アルバムレビュー

2025.04.21

発売日: 1974年10月
ジャンル: アートロック、エクスペリメンタル・ロック、ポストパンクの原型

優雅さは失われ、言葉は鋭くなった——John Caleが“恐怖”を歌に変えた、70年代地下ロックの名作

『Fear』は、John Caleが1974年にIsland Records移籍後に発表した初のアルバムであり、
前作『Paris 1919』で見せた叙情的・室内楽的な側面から一転、
より鋭く、ダークで、暴力的とも言える音と歌詞で構成された“攻撃的なアートロック”の金字塔である。

このアルバムの制作にあたり、Caleは当時のブライアン・イーノ、フィル・マンザネラ（Roxy Music）、リチャード・トンプソン（元Fairport Convention）らを招集し、
プロト・パンク／ポストパンク的な硬質さと、冷たいユーモアが同居する異形のロックサウンドを作り上げた。

“Fear”という一語に込められたものは、個人的な不安、社会の亀裂、暴力への恐怖、そしてそれに対する嘲笑。
そのすべてが、このアルバムには含まれている。

オープニングから衝撃的な一曲。
穏やかなピアノで始まりながら、突如として激情的に壊れていく構成は、Caleの狂気を見せつける音の演劇。
“恐怖は男の親友”というフレーズが繰り返され、不安と依存の心理をアイロニカルに描き出す。

前曲とは打って変わって、美しいピアノとドリーミーなサウンドが広がるバラード。
だがその歌詞では、アメリカの西部開拓時代の暴力と幻想が語られ、
ノスタルジーと歴史批評が同居するCaleらしい複雑な構造となっている。

ブライアン・イーノのシンセとギターのエフェクトが炸裂する、不穏でサイケデリックなロック。
生き物のように蠢くベースラインと鋭利な音響設計が、アルバム全体の緊張感を高める。

ロマンティックな旋律にのせて、謎めいた“エミリー”という存在を追いかけるような曲。
だがそこには純粋な愛ではなく、支配や喪失、幻想の投影が込められているようにも聴こえる。

海に浮かぶ愚者たちの船——という中世的イメージを下敷きに、人間社会の不条理を風刺する小品。
軽妙なテンポにのせて、Caleの乾いたユーモアが際立つ一曲である。

全8分にわたる本作最大のカルト・トラック。
ディストーション・ギター、エフェクト、そして語り口調のヴォーカルが交差する、破壊と緊張の音響劇場。
銃と暴力、そしてその快楽的な魅力が冷静に描かれており、のちのポストパンクにも強い影響を与えた。

ブライアン・イーノとのデュエットが印象的な、皮肉と風刺に満ちたアートポップ・ソング。
「乱交に参加する金がない男」という風変わりな主題は、資本主義と快楽主義を批評する寓話としても読める。

静謐なピアノとCaleの柔らかな歌声による、内省的な一曲。
信頼と裏切り、情報と権力の関係性を、個人の視点から語る。
全体の暗いトーンの中に浮かぶ、ひとつの静かな“赦し”のようでもある。

アルバムのラストは、ノイズとリズムが交錯するカオティックなロック・ナンバー。
言語が分裂し、音が暴れ、“意味”というものが曖昧にされていく終末的な空気が広がる。
『Fear』というアルバムの結末にふさわしい、“言語崩壊後の歌”。

『Fear』は、John Caleが美と混沌、理性と狂気のあいだでバランスを崩しながら踊る姿を記録した、
70年代ロックでも屈指の“危険で洗練された作品”である。

『Paris 1919』のような調和ではなく、ここにあるのは断絶、衝突、冷笑、そして異様なほどの透明感。
このアルバムでCaleは、ただアートを作っているのではない。
音楽という形式そのものを使って、人間の“恐怖”という感情を解剖してみせているのだ。

それは耳障りではあるが、確かにリアルだ。
だからこそ『Fear』は、あらゆるポップの皮を剥いだあとに残る“素顔の現代”そのものとも言える。