Flipside by Norah Jones(2016)楽曲解説

 

1. 歌詞の概要

「Flipside」は、ノラ・ジョーンズが2016年にリリースしたアルバム『Day Breaks』に収録された楽曲であり、彼女のキャリアの中でも異彩を放つ、社会的メッセージを内包したアップテンポなソウル・ナンバーである。

タイトルの“Flipside”は直訳すれば「裏側」、または「もう一方の面」を意味するが、この楽曲では、日常の裏に隠された現実や、私たちが無視している問題、あるいは本心や無力感といった概念を象徴的に扱っている。

ノラはこの曲で、いつものような繊細で個人的な恋愛感情ではなく、**社会や世界全体に対する“焦燥”と“問いかけ”**を歌っている。
「ただじっとしているだけでいいの?」「怒りや不満を抱えているのに、何もしないで生きていていいの?」
そうした内なるモヤモヤや葛藤を、ソウルフルで力強い演奏に乗せて吐き出しているのである。

2. 歌詞のバックグラウンド

『Day Breaks』は、ノラ・ジョーンズが原点とも言えるピアノジャズに回帰したアルバムであると同時に、キャリアの中で最も社会的意識の高いアルバムでもある。
「Flipside」はその中で、異彩を放つ“ファンク+ジャズ+ロック”のミクスチャー的サウンドを持ち、1960〜70年代のサウルフルな抗議歌やプロテスト・ミュージックの流れを汲む一曲として存在している。

この曲の背景には、当時のアメリカ社会(特にブラック・ライヴズ・マターや人種間の緊張、分断、暴力など)に対するノラ自身の憤りや無力感があったとされており、彼女は「もっと声をあげてもいい」「今起きていることから目を逸らさないで」というメッセージを込めてこの曲を書いたと語っている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下は「Flipside」の印象的な一節。引用元は Genius Lyrics。

I tried to get high but you wanted me low
私は気分を上げたかったのに、あなたは私を沈ませようとした

Good things are easy, but they sure are hard to show
「良いこと」は簡単なようで、見せるのはずっと難しい

There’s something behind every fact
すべての「事実」の裏側には何かがある

Best left out of the conversation
会話の中では触れられない何かが

この冒頭の数行だけでも、個人と社会の関係性における摩擦や、表面的な言葉に対する違和感が強く表れている。
人は自分らしくありたいのに、周囲はそれを許さず、さらに真実の“裏側”には、誰も語らないものがある——それがこの曲の核となっている。

And I know you’re not the only one afraid of what you’ll find
見つけてしまうことを恐れてるのは、あなただけじゃない

If you take a look inside
自分の内側を見つめれば

Not just the absence of crime
犯罪がないことが正しさじゃない

It’s a soul that must survive
魂が生き延びなければ、意味がない

このサビでは、ノラは「表面上の平和」に疑問を投げかけている。
「犯罪が起きていないから大丈夫」という論理は本当か?
むしろ、大切なのは“魂”がちゃんと生きているかどうか、つまり個人の尊厳や希望が保たれているかであると歌う。

4. 歌詞の考察

「Flipside」は、ノラ・ジョーンズというアーティストが持つ**“静かさ”の裏にあった“社会的な怒り”**を鮮やかに表現した一曲である。

通常、彼女の楽曲は内省的で抒情的、個人の愛や喪失、感情の動きを丁寧に追いかけるものが多い。
しかしこの曲では、視線がより広く、社会全体の“空気”や“構造”に対する違和感が込められている。

とりわけ興味深いのは、彼女がその怒りを「叫び」や「攻撃」ではなく、しっかりとしたリズムとグルーヴにのせて、冷静な語り口で伝えていることである。
これが「怒っているけど、暴力的ではない」「不満を抱えているけれど、あきらめてはいない」という、ノラ独自の“抵抗のスタイル”になっている。

また、「Flipside=裏面」というタイトルには、すべての出来事には別の見方があるという警鐘が込められている。
ニュースの見出し、政治的スローガン、人々の会話……そういったものの“裏”には、もっと複雑で、見過ごされがちな感情や状況がある。
ノラはその“裏面”をきちんと見よう、という姿勢を私たちに呼びかけているのだ。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Wake Up by Arcade Fire
    現代社会の目覚めと自己の再生を高らかに訴える、魂の讃歌。
  • What’s Going On by Marvin Gaye
    社会問題と個人の心情を重ね合わせたソウル史上屈指の名作。ノラの問題意識と通じる。
  • Don’t Wanna Fight by Alabama Shakes
    内に秘めた怒りと葛藤をグルーヴに乗せた、現代ブルース・ロックの傑作。
  • A Change Is Gonna Come by Sam Cooke
    差別や抑圧の中に希望を見出す、深い祈りのようなプロテスト・ソング。
  • Revolution by Nina Simone
    女性の視点から社会に疑問を投げかける鋭い歌詞と演奏。ノラの精神的ルーツにも重なる。

6. “怒りではなく、問いかけること”から始める社会との対話

「Flipside」は、ノラ・ジョーンズというアーティストが、私たちに向かって投げかけた静かなラディカルな問いである。

彼女は感情的にならず、誰かを責めることもない。
でも、「このままでいいの?」という問いを、音楽という形でそっと差し出してくる。

この曲が持つメッセージは明確だ。
「平和」とは静かなだけの状態ではない。そこに“人間の尊厳”や“希望”が存在しなければ、意味がない。

そしてその問いを忘れないために、ノラはこの曲を残した。
それは抗議ではなく、共感から始まる対話のきっかけであり、聴き手が自分の“フリップサイド”を見つめ直すための鏡でもある。

「Flipside」は、今を生きる私たち全員に向けられた音楽的メッセージカードなのだ。
読むかどうかは、あなた次第——けれど、一度耳を傾けたら、決して忘れられないだろう。

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