アルバムレビュー:Windows in the Jungle by 10cc

Spotifyジャケット画像

発売日: 1983年10月**
ジャンル: アートポップ、ソフトロック、シンセポップ


都市のジャングルに差し込む光——10cc最後の物語的挑戦作

『Windows in the Jungle』は、1983年にリリースされた10ccの9作目にして、エリック・スチュワートとグレアム・グールドマンの黄金コンビが揃って制作に注力した最後のアルバムである。
アルバムの軸に据えられたのは、「都市生活の孤独と幻想」そして「人間関係の機微」である。

タイトルの“ジャングル”は比喩であり、現代都市=人間関係が錯綜する密林を指している。
そこに開けた“窓”は、個々人の内面や希望の光、あるいは脱出口を象徴しているようにも感じられる。

本作はストーリー性のあるコンセプト・アルバムを目指して制作されたが、レーベルからの介入によりその構想は部分的に留まり、完成度は高いものの、やや断片的な印象も残る。
それでもなお、10ccが最後に見せた“語り手としての誇り”と“音響職人としての矜持”は、このアルバムから静かに伝わってくる。


全曲レビュー

1. 24 Hours

一日を通して都市生活の断片を描く、約8分に及ぶ構成的な楽曲。
シンセによる時報的サウンドや日常音を交えながら、都会の孤独やルーティンの虚無感を表現。後期10ccの代表作とされる。

2. Oomachasaooma (Feel the Love)

前作にも登場した楽曲の再録バージョン。
リズミカルな構成と南国的なテイストが光る、アルバム内では異色の明るさを持つトラックだが、実は皮肉に満ちた内容でもある。

3. Yes I Am

“私という存在”を見つめ直すような内省的バラード
ゆったりとしたテンポと、繊細なストリングスが心地よく、都市の喧騒の中での静かな瞬間を切り取る。

4. Americana Panorama

メディアと消費社会を痛烈に風刺した楽曲。
テレビ、広告、雑誌に溢れた“アメリカ的”光景を、過剰なポップさと共に映し出す。視覚文化の氾濫への批判とも受け取れる。

5. City Lights

タイトル通り、都会のネオンのきらめきとその裏にある孤独を描いた楽曲。
ナイトクルージング的なアレンジに、洗練された80年代感が漂う。

6. Food for Thought

人間関係のすれ違いや、会話の空虚さを皮肉る内容。
「心の栄養」としての言葉がいかに空虚であるかを示す、インテリジェントなポップナンバー。

7. Working Girls

キャリアウーマンの孤独と現代的な生きづらさを描いた一曲。
スチュワートによる観察眼と、グールドマンのメロディセンスが交差する社会派ポップである。

8. Taxi! Taxi!

アルバムの締めくくりは、夜の街を彷徨うタクシーの中で交差するモノローグのような物語曲
リフレインされる「Taxi! Taxi!」の呼びかけが、どこか救いを求めるようにも響く。
都市というジャングルの中で、人と人がすれ違いながらも、つながりを求めていることが伝わってくる。


総評

『Windows in the Jungle』は、10ccが語り手としての本領を最後に取り戻した、静かで切実なコンセプト・アルバムである。
ストーリー性の高い構成、音響の緻密さ、そして現代社会への冷静な眼差し——そのすべてが詰まっている。

ヒットを狙った派手さはなく、音楽的には地味な印象を受けるかもしれないが、都市を生きる人間の複雑な感情と孤独をここまで繊細に描いた作品は希少である。

80年代らしいデジタル音響と、70年代的な語りの美学が交錯するこの作品は、ポップミュージックの終着点のひとつとも言えるかもしれない。
聴き手によっては、10ccの“最も優しいアルバム”と感じられる可能性もある。


おすすめアルバム

  • The Blue Nile『A Walk Across the Rooftops』
     都市の静寂と孤独を描いた80sバラッドの傑作。
  • Talk TalkThe Colour of Spring
     音響美と内面性の融合、10ccの後継的美学を感じさせる。
  • China Crisis『Working with Fire and Steel』
     叙情と政治性が交差する英国産シンセポップの好例。
  • Prefab Sprout『Steve McQueen
     知的で繊細なラブソングと、ポップスの構造美を併せ持つ作品。
  • Bryan Ferry『Boys and Girls』
     都会の夜の情緒と、スタイリッシュな孤独が共鳴する一枚。

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