
発売日:1967年9月
ジャンル:ブルース・ロック、サイケデリック・ロック、ガレージ・ロック、アヴァン・ロック、エクスペリメンタル・ロック
概要
Captain Beefheart and His Magic Bandの『Safe as Milk』は、1967年に発表されたデビュー・アルバムであり、ブルース・ロック、ガレージ・ロック、サイケデリア、R&B、前衛的なリズム感覚を奇妙な形で結びつけた、ロック史上きわめて重要な作品である。Captain BeefheartことDon Van Vlietは、後に『Trout Mask Replica』によってアヴァンギャルド・ロックの象徴的存在となるが、本作ではその実験性がまだ比較的ポップで、ブルースに根ざした形で表れている。つまり『Safe as Milk』は、Captain Beefheartの異様な才能が、まだロックンロールの枠組みの中に収まっているように見える、しかしすでにその枠を内側から歪ませ始めている作品である。
このアルバムの大きな特徴は、伝統的なアメリカン・ブルースへの深い愛着と、それをそのまま再現することへの拒否が同時に存在している点にある。Beefheartの声には、Howlin’ WolfやMuddy Watersに通じるブルースの野性味がある。低く唸り、突然高く跳ね、言葉を引き裂くように歌うそのボーカルは、白人ロック・シンガーの中でも特異な存在感を放っている。しかしMagic Bandの演奏は、単純なブルース・バンドのものではない。リズムは不意にずれ、ギターは鋭く絡み、楽曲は短いながらも奇妙な構造を持つ。伝統を尊重しながら、伝統の安定を壊す。その矛盾が本作の核心である。
『Safe as Milk』の制作において重要な存在が、若きRy Cooderである。彼はギターやアレンジに大きく関わり、スライド・ギターやルーツ・ミュージックへの深い理解をサウンドに与えた。Ry Cooderの参加によって、本作は単なる奇矯なサイケデリック・アルバムではなく、ブルース、フォーク、カントリー、R&Bの土台を持つ作品になっている。一方で、Beefheart自身の作詞・作曲感覚はすでに常識外れであり、言葉の選び方、イメージの飛躍、リズムへの感覚は、後の『Trout Mask Replica』へ続く異形の美学をはっきり予告している。
1967年という時代背景も重要である。この年は、The Beatles『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』、The Doorsのデビュー作、The Velvet Underground & Nico、Pink Floyd『The Piper at the Gates of Dawn』など、ロックがサイケデリックで実験的な表現へ拡張していった時期である。『Safe as Milk』もその時代の産物ではあるが、一般的なサイケデリック・ロックとは感触が異なる。花や宇宙やドラッグによる幻想というより、砂漠、工場、動物、子ども歌、ブルース、肉体、奇妙な言葉遊びが入り混じる、もっと土臭く、もっと不気味なサイケデリアである。
アルバム・タイトルの『Safe as Milk』も、Captain Beefheartらしい逆説的な響きを持つ。「ミルクのように安全」と言いながら、このアルバムの中身はまったく安全ではない。ミルクは本来、栄養、母性、日常、安心を象徴するものだが、Beefheartの世界ではその安心すらどこか歪んでいる。安全そうなものの中に異物が混ざっている。子どもじみたイメージの中に不穏さがある。この感覚は、アルバム全体に通じている。
日本のリスナーにとって『Safe as Milk』は、Captain Beefheartを初めて聴くうえで非常に入りやすい作品である。後の『Trout Mask Replica』はあまりに前衛的で、リズムやメロディの常識を大きく外しているため、いきなり聴くには敷居が高い。それに対し本作は、ブルース・ロックや60年代ガレージ・ロックとしての聴きやすさを保ちながら、随所にBeefheart特有の異物感が忍び込んでいる。キャッチーでありながら変、古典的でありながら未来的、野性的でありながら精密。『Safe as Milk』は、Captain Beefheartという異才の入口であり、同時に1960年代ロックの可能性を大きく広げた重要なデビュー作である。
全曲レビュー
1. Sure ’Nuff ’n Yes I Do
オープニングを飾る「Sure ’Nuff ’n Yes I Do」は、Captain Beefheart and His Magic Bandがブルースを出発点にしていることを明確に示す楽曲である。イントロにはDelta blues的なスライド・ギターの響きがあり、伝統的なアメリカ南部のブルースへの敬意が感じられる。しかし、曲が進むとすぐに、それが単なる復古的ブルースではないことがわかる。リズムは跳ね、ギターは鋭く絡み、Beefheartの声は人間というより動物的な迫力で曲を引っ張る。
歌詞は、愛や欲望をめぐるブルースの伝統的な語り口を踏まえながらも、Beefheart独自の言葉の癖によって奇妙な活気を帯びている。「確かにそうだ、そして俺はそうする」というタイトルの断言には、ブルース的な自己主張と、ほとんど呪文のような反復の力がある。これは説明的な歌詞ではなく、声とリズムによって意味を発生させるタイプの言葉である。
Ry Cooderのスライド・ギターはこの曲の重要な要素である。彼の演奏は、伝統的なブルースへの理解を示しながらも、Magic Bandのざらついたサウンドの中で鋭く光る。Beefheartのボーカルとギターの掛け合いは、ブルースのコール&レスポンスを想起させるが、その響きは60年代ガレージ・ロックの荒々しさも持っている。
アルバム冒頭にこの曲が置かれることで、『Safe as Milk』はまずブルースのアルバムとして始まる。しかし同時に、ここで鳴っているブルースはすでに普通ではない。伝統の扉から入った瞬間、聴き手は歪んだ世界へ連れ込まれる。
2. Zig Zag Wanderer
「Zig Zag Wanderer」は、タイトル通り、まっすぐではなくジグザグに進む放浪者の歌である。Captain Beefheartの音楽において、直線的な進行よりも、曲がり、跳ね、予測不能に動く感覚は非常に重要である。この曲は、その美学を比較的コンパクトでキャッチーな形で提示している。
音楽的には、ガレージ・ロック的な推進力があり、リフは鋭く、リズムはタイトである。しかし、普通のロックンロールのように単純には進まない。フレーズの区切り方やボーカルの入り方に微妙なズレがあり、聴き手は常に少しだけ足場を外される。この「少しだけ変」という感覚が、『Safe as Milk』の魅力である。
歌詞では、放浪、移動、自由、落ち着かなさが描かれる。Zig Zag Wandererという人物像は、Beefheart自身の芸術的態度とも重なる。彼はブルース、ロック、ポップ、前衛音楽の間を一直線ではなく、ジグザグに移動する表現者だった。この曲の主人公もまた、決まった道を進むのではなく、予測できない軌道で動いていく。
「Zig Zag Wanderer」は、アルバム前半の中でも特に聴きやすい楽曲である。しかし、その聴きやすさの中に、すでにBeefheart特有の不安定さがある。ポップな形をした異物。これこそが本作の重要な性格である。
3. Call on Me
「Call on Me」は、『Safe as Milk』の中でも比較的メロディアスで、ソウル/R&B的な情感が感じられる楽曲である。Captain Beefheartというと奇声や変拍子的なイメージが強いが、この曲では彼のボーカルにあるソウルフルな側面がよく表れている。荒々しさだけでなく、柔らかい感情表現もできることを示す曲である。
音楽的には、ブルース・ロックの骨格を持ちながら、よりポップで親しみやすいメロディが前面に出ている。ギターは控えめながら効果的で、リズムも比較的安定している。そのため、アルバムの中では一息つけるような位置にある。だが、Beefheartの声が入ることで、普通のラブソングにはならない。声の奥にざらつきと奇妙な熱がある。
歌詞では、相手に呼びかける、頼ってほしい、連絡してほしいという親密な願いが中心にある。これはR&Bやソウルにおける古典的なテーマだが、Beefheartの歌唱はそこに不器用で真剣な質感を与える。滑らかな甘さではなく、少しぎこちない切実さがある。
「Call on Me」は、Captain Beefheartの音楽にある情感の幅を示す重要な曲である。彼は単なる奇人ではなく、ブルースやソウルの感情を自分の声で深く理解していた。その理解があるからこそ、後の極端な実験も単なる奇抜さに終わらない。
4. Dropout Boogie
「Dropout Boogie」は、タイトルからして1960年代的な反抗と脱落の感覚を持つ楽曲である。「dropout」は学校や社会の制度から外れる者を指し、60年代カウンターカルチャーにおいて重要な言葉だった。しかし、Captain Beefheartの描く脱落者は、単純な理想主義的ヒッピーではない。もっと不器用で、奇妙で、社会に噛み合わない人物として響く。
音楽的には、ブギーの反復を基盤にしながら、非常に鋭いガレージ・ロックとして鳴っている。リフは単純だが中毒性があり、リズムは前へ進む。しかし、ボーカルの入り方や曲の展開には奇妙な癖があり、普通のブギーよりもずっと不安定である。ここでは、ロックンロールの身体性と、Beefheartの変則的な感覚が見事に結びついている。
歌詞では、社会の規範や教育、労働、家庭といった枠組みから外れる若者像が描かれる。だが、この曲は脱落をロマンティックに美化するだけではない。脱落者には自由があるが、同時に滑稽さや危うさもある。Beefheartはその両方を、突き放したユーモアで表現している。
「Dropout Boogie」は、アルバムの中でも特にロックとしての即効性が強い曲である。だが、その即効性の裏には、社会から外れることへの皮肉な視線がある。Captain Beefheartはカウンターカルチャーの一員でありながら、その単純な理想主義にも距離を置いていた。
5. I’m Glad
「I’m Glad」は、『Safe as Milk』の中で最も異色とも言えるバラードである。Captain Beefheartのイメージからすると意外なほど素直で、甘く、ソウル・バラード的な楽曲である。タイトルの「I’m Glad」は「うれしい」というシンプルな言葉であり、アルバムの中では珍しく、感情が比較的まっすぐに表現されている。
音楽的には、ドゥーワップやソウル・バラードの影響が感じられる。コーラスやメロディには1950年代から60年代初頭のポップ・バラードの気配があり、Beefheartの荒々しい声が意外にもその形式に合っている。彼の声は滑らかではないが、その分、感情が作り物に聞こえない。
歌詞では、愛や感謝の感情が歌われる。Beefheartの作品では、言葉がしばしば跳躍し、奇妙なイメージを生むが、この曲では比較的直接的である。それでも、彼が歌うことで、普通のラブソングとは違う不思議な質感が生まれる。喜びの歌でありながら、どこか不安定で、壊れやすい。
「I’m Glad」は、アルバム全体のバランスにおいて重要である。奇妙なブルースやガレージ・ロックが続く中で、この曲はBeefheartの人間的な側面を見せる。彼の音楽は破壊的で前衛的だが、その根には古いR&Bやポップ・ソングへの深い愛がある。この曲はその証拠である。
6. Electricity
「Electricity」は、『Safe as Milk』の中でも最も強烈で、Captain Beefheartの前衛性がはっきり表れた代表曲である。タイトルは電気を意味するが、この曲での電気は単なるテクノロジーではなく、神経を走る衝撃、欲望、恐怖、近代社会の不気味なエネルギーの象徴として響く。
音楽的には、テルミン風の奇妙な電子音、鋭いギター、緊張感のあるリズム、そしてBeefheartの異様なボーカルが一体となっている。曲の雰囲気はサイケデリックだが、一般的な幻想的サイケではない。むしろ、電流が身体を突き抜けるような不快で刺激的なサイケデリアである。美しい幻覚ではなく、神経の過負荷に近い。
歌詞では、電気が自然、身体、欲望、都市のイメージと結びつく。Beefheartの言葉は説明的ではなく、断片的なイメージを次々と投げる。聴き手は意味を追うというより、言葉が生む衝撃を受け取ることになる。これは後のCaptain Beefheartの作詞方法にも通じる重要な特徴である。
「Electricity」は、Captain Beefheartが単なるブルース・ロックの変わり者ではなく、ロックの語法そのものを変える存在であることを示した曲である。1967年の時点で、ここまで神経質で異様なロックを鳴らしていたことは驚異的である。アルバムの中でも最大のハイライトのひとつである。
7. Yellow Brick Road
「Yellow Brick Road」は、タイトルから『オズの魔法使い』の黄色いレンガ道を連想させる楽曲である。黄色いレンガ道は、本来なら夢の国へ向かう希望の道である。しかしCaptain Beefheartの世界では、その道もどこか奇妙で、不安定で、童話的な安心感を裏切るものとして響く。
音楽的には、比較的明るく、フォーク・ロックやカントリー風味も感じられる曲である。メロディは親しみやすく、アルバムの中では軽やかな印象を与える。だが、Beefheartのボーカルと言葉の響きによって、単純な牧歌性にはならない。子ども向けの物語のような表面に、どこか不気味な影が差している。
歌詞では、旅、夢、道、逃避のイメージが描かれる。黄色いレンガ道を進めば何か素晴らしい場所へ行ける、という物語的な信念が背景にある。しかしBeefheartは、その信念を素直には受け入れない。道はあるが、その先が本当に救いなのかはわからない。この曖昧さが曲の魅力である。
「Yellow Brick Road」は、『Safe as Milk』の中でポップな親しみやすさを担う曲でありながら、Captain Beefheartの童話的サイケデリアを示している。子どもじみたイメージと不穏さの同居は、彼の重要な美学のひとつである。
8. Abba Zaba
「Abba Zaba」は、本作の中でも特にユニークで、Captain Beefheartのリズム感覚と言語感覚が鮮やかに表れた楽曲である。タイトルはキャンディ菓子の名前に由来するが、曲そのものは甘いポップ・ソングではなく、アフリカ的なリズム感覚、奇妙なチャント、ブルース・ロックが混ざったような異形のナンバーである。
音楽的には、リズムが非常に重要である。ギターとパーカッションが生み出す反復は、普通のロックのビートとは少し違い、どこか儀式的で、身体を斜めに揺らすような感覚がある。Beefheartのボーカルも、言葉を意味として伝えるだけでなく、リズムの一部として扱っている。
歌詞は、明確な物語よりも、音の響きやイメージの連鎖が中心である。「Abba Zaba」という言葉自体が、子どもっぽく、呪文のようで、意味以前の快感を持つ。Captain Beefheartは、言葉を辞書的な意味から解放し、音や質感として使う能力に長けていた。この曲はその代表例である。
「Abba Zaba」は、後のCaptain Beefheartのアヴァンギャルドなリズム実験を予告する重要な曲である。まだポップな枠の中にあるが、その内部ではすでにロックの拍子や歌詞の常識が揺らいでいる。アルバムの中でも特に中毒性の高い楽曲である。
9. Plastic Factory
「Plastic Factory」は、工業化、人工性、労働、消費社会への皮肉を感じさせる楽曲である。タイトルの「プラスチック工場」は、自然なものではなく人工的なものを大量生産する場所であり、1960年代後半のアメリカ社会における工業化と消費文化の象徴として響く。
音楽的には、ブルース・ロックを基盤にしながら、より硬く、ざらついた質感を持つ。リフは重く、リズムは機械的な反復感を帯びている。工場というタイトルにふさわしく、曲には労働の単調さや圧迫感がある。しかし、それは完全に機械的ではなく、Beefheartの声によって野性味を失わない。
歌詞では、プラスチックという素材が重要な意味を持つ。プラスチックは便利で、軽く、安価で、現代社会を象徴する素材である。一方で、それは偽物、人工、安っぽさ、自然からの切断を示すものでもある。Captain Beefheartは、そうした人工的な世界への違和感をブルースの形で表現している。
「Plastic Factory」は、『Safe as Milk』の中で社会批評的な側面を担う楽曲である。Beefheartの音楽は自然や動物的なイメージが多いが、それは人工的な近代社会への反発と結びついている。この曲では、その対立が比較的明確に表れている。
10. Where There’s Woman
「Where There’s Woman」は、ブルースの伝統に根ざした男女関係の歌であり、タイトルからして古典的な格言のような響きを持つ。愛、欲望、誘惑、トラブルというブルースの基本的なテーマが、Captain Beefheart流に歌われている。
音楽的には、比較的ストレートなブルース・ロックである。ギターの響きは泥臭く、リズムは粘りがあり、Beefheartのボーカルは深く唸る。アルバムの中でも伝統的なブルースに近い感触を持つが、それでも彼の歌い方によって普通のブルース・カバーのようには聞こえない。声の癖が強すぎるため、すべてがBeefheartの世界へ変換される。
歌詞では、女性の存在が欲望や混乱を生むという、古いブルース的な題材が扱われる。現代的な視点では単純化された男女観とも言えるが、ここではむしろブルースの型として機能している。Beefheartはその型を借りながら、自分の声とバンドの異様な演奏によって変質させている。
「Where There’s Woman」は、アルバムの中でCaptain Beefheartのルーツ・ミュージックへの接近を示す曲である。実験性だけではなく、ブルースの伝統に深く根を下ろしているからこそ、本作の奇妙さには重みがある。
11. Grown So Ugly
「Grown So Ugly」は、Robert Pete Williamsのブルースを基にしたカバーであり、本作におけるルーツ・ブルースへの最も直接的な接続のひとつである。タイトルは「こんなに醜くなった」という意味を持ち、時間、変化、自己像の崩壊、社会からの疎外を強く感じさせる。
音楽的には、原曲のプリミティヴなブルース感覚を保ちながら、Magic Bandの荒々しいロック・サウンドによって再構成されている。リズムはぎこちなく、ギターは鋭く、Beefheartの声は原始的な力を持つ。これは洗練されたブルース・ロックではなく、ブルースのざらついた核をむき出しにしたような演奏である。
歌詞では、語り手が自分の変化、醜さ、周囲からの扱いを語る。ブルースにおいて「醜さ」は、外見だけでなく、貧困、苦しみ、疎外、人生の重さを表すことがある。Beefheartはこの曲を歌うことで、自分自身の異形性とも重ねているように聞こえる。普通のロック・スター的な美しさではなく、醜さをそのまま力に変える。
「Grown So Ugly」は、Captain Beefheartがブルースのアウトサイダー精神を深く理解していたことを示す曲である。彼の音楽の奇妙さは、単なる芸術的なポーズではなく、ブルースにある歪みや痛みに根ざしている。この曲はそのことを強く伝える。
12. Autumn’s Child
アルバムの最後を飾る「Autumn’s Child」は、『Safe as Milk』を不思議な余韻の中で締めくくる楽曲である。タイトルは「秋の子ども」を意味し、季節の移ろい、成熟、終わり、寂しさ、そして自然の循環を連想させる。Captain Beefheartの作品において、子どもや季節のイメージはしばしば無垢と不穏さを同時に持つ。
音楽的には、サイケデリックで、やや幻想的な雰囲気がある。曲は明確なブルース・ロックの形から少し離れ、アルバムの終曲らしい広がりを持つ。ギター、リズム、ボーカルが奇妙に絡み合い、終わりに向かって世界が少しずつ歪んでいくような感覚を作る。
歌詞では、秋という季節が象徴的に使われる。秋は実りの季節であると同時に、冬へ向かう衰退の季節でもある。子どもという言葉は始まりを示すが、秋と結びつくことで、始まりと終わりが同時に存在する奇妙なイメージになる。これは『Safe as Milk』というデビュー作の終曲として非常に意味深い。
「Autumn’s Child」は、アルバム全体をブルース・ロックからより不思議な領域へ開いて終わらせる。聴き手は、この後Captain Beefheartがさらに常識を壊していくことを予感する。本作はここで完結するが、その先にある異世界への扉も同時に開かれている。
総評
『Safe as Milk』は、Captain Beefheart and His Magic Bandのデビュー作でありながら、すでに驚くほど完成された個性を持つアルバムである。後の『Trout Mask Replica』ほど極端ではないため、比較的聴きやすい作品とされることが多いが、その内部ではすでにロック、ブルース、ポップ、前衛音楽の境界が激しく揺らいでいる。これは入門作であると同時に、十分に危険な作品である。
本作の中心にあるのは、ブルースの変形である。Captain Beefheartはブルースを尊重している。しかし、彼はブルースを博物館的に保存しようとはしない。Howlin’ Wolf的な声、Delta blues的なスライド、R&Bの感情、ガレージ・ロックの荒さを取り込みながら、それらを奇妙なリズム、飛躍する言葉、サイケデリックな音響によって歪ませる。伝統を愛するからこそ壊す。その姿勢が本作を特別なものにしている。
Ry Cooderの参加も、本作の完成度に大きく貢献している。彼のギターは、アルバムにルーツ音楽としての確かな土台を与えている。もしこの土台がなければ、『Safe as Milk』は単に奇妙な実験作として散漫になっていた可能性もある。しかし、Cooderの演奏とMagic Bandの鋭いアンサンブルによって、Beefheartの異常な発想はロック・アルバムとしての形を保っている。そのため本作は、前衛性と親しみやすさの均衡を持つ。
Don Van Vlietのボーカルは、アルバム全体を支配している。彼の声は、楽器であり、動物であり、ブルースマンであり、詩人であり、道化でもある。低く唸る声、突然跳ねる声、言葉を噛み砕くような発音は、通常のロック・ボーカルの枠を超えている。彼はメロディを歌うだけでなく、音そのものを造形する。その声があるからこそ、曲は普通のブルース・ロックから異様な生命体へ変わる。
歌詞の面でも、本作は非常に独自である。「Electricity」「Abba Zaba」「Yellow Brick Road」「Autumn’s Child」などの曲では、言葉が明確な物語を語るというより、イメージや音の連鎖として機能する。子どもじみた言葉、工業的な言葉、自然のイメージ、性的な暗示、動物的な感覚が混ざり合い、現実とは少しずれた世界を作る。Captain Beefheartの詩的感覚は、後の作品でさらに極端になるが、その萌芽はすでに本作にある。
1967年のロック史の中で見ると、『Safe as Milk』は非常に特異な位置にある。同じ年のサイケデリック・ロックがしばしば幻想的な美しさやドラッグ的な拡張を目指したのに対し、本作のサイケデリアはもっと土臭く、ざらつき、身体的である。ここには花畑よりも砂漠があり、宇宙よりも工場があり、夢よりも神経の異常な興奮がある。この異質さが、Captain Beefheartを同時代のどのバンドとも違う存在にしている。
また、本作は後続の音楽に大きな影響を与えた。Pere Ubu、The Fall、Public Image Ltd、Tom Waits、PJ Harvey、Talking Heads、Devo、ポスト・パンク、ノーウェイヴ、オルタナティヴ・ロック、実験的なインディー・ロックの多くに、Captain Beefheartの影響を見ることができる。特に、ブルースを解体し、ロックのリズムや歌詞の常識を壊す手法は、後の実験的ロックの重要な源流となった。
日本のリスナーにとって『Safe as Milk』は、Captain Beefheartを理解するための最良の入口のひとつである。ブルース・ロックや60年代サイケデリアに親しんでいれば、比較的入りやすい。だが、聴き進めるうちに、普通のロックとは違う違和感が少しずつ強くなる。その違和感を楽しめるかどうかが、Captain Beefheartの世界へ入れるかどうかの鍵である。
『Safe as Milk』は、タイトルとは裏腹に安全なアルバムではない。しかし、その危険さは突然すべてを破壊するものではなく、親しみやすいブルース・ロックの形の中から少しずつ染み出してくる。ミルクのように白く、安全に見えるものの中に、奇妙な菌が繁殖しているようなアルバムである。Captain Beefheart and His Magic Bandは、このデビュー作で、ロックがまだどれほど奇妙になれるかを示した。『Safe as Milk』は、ブルースの過去とアヴァン・ロックの未来が衝突した、1960年代ロックの異形の名盤である。
おすすめアルバム
1. Captain Beefheart and His Magic Band『Trout Mask Replica』(1969年)
Captain Beefheartの最重要作として語られることが多い、ロック史上屈指の前衛的アルバム。ブルース、フリー・ジャズ、詩、変則リズム、解体されたロックンロールが極端な形で融合している。『Safe as Milk』の奇妙さをさらに徹底的に押し広げた作品であり、Beefheartの本質を知るために避けて通れない一枚である。
2. Captain Beefheart and His Magic Band『Strictly Personal』(1968年)
『Safe as Milk』の次作にあたるアルバム。サイケデリック色が強まり、ブルース・ロックの形がさらに歪み始めている。プロダクション面では評価が分かれる部分もあるが、デビュー作から『Trout Mask Replica』へ向かう過程を知るうえで重要な作品である。
3. The Mothers of Invention『Freak Out!』(1966年)
Frank Zappa率いるThe Mothers of Inventionのデビュー作。R&B、ドゥーワップ、サイケデリア、社会風刺、前衛性を組み合わせた作品で、Captain Beefheartと同時代のロサンゼルス周辺の実験精神を理解するために重要である。BeefheartとZappaの関係を考えるうえでも関連性が高い。
4. The Doors『The Doors』(1967年)
同じ1967年のロサンゼルス発の重要なデビュー作。ブルース、サイケデリア、文学的な暗さをロックに持ち込んだ点で、『Safe as Milk』と比較できる。The Doorsの方がより劇的で官能的だが、都市的な闇とブルースの再解釈という点で共通する部分がある。
5. Howlin’ Wolf『Moanin’ in the Moonlight』(1959年)
Captain Beefheartのボーカル表現を理解するうえで欠かせないブルースの名盤。Howlin’ Wolfの唸るような声、動物的な迫力、ブルースの原始的な力は、Beefheartの歌唱に大きな影響を与えている。『Safe as Milk』の根底にあるブルースの野性を知るために聴きたい作品である。

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