アルバムレビュー:In Deep by Argent

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発売日: 1973年10月
ジャンル: プログレッシブロック、ハードロック、アートロック


深淵の中でうごめく情熱と構築美——Argent、精神性と重量感の臨界点へ

『In Deep』は、1973年にリリースされたArgentの4作目のスタジオ・アルバムであり、バンドとしての演奏力と作曲力、そしてメッセージ性が最も濃密に詰め込まれた作品である。
前作『All Together Now』での成功を経て、Argentはより自由に、そして意識的に“深み”へと潜っていく。
アルバムタイトル『In Deep』はそのまま、精神的・音楽的な「深部」への探求を意味している。

この作品では、ラス・バラードのエネルギッシュなロック・センスと、ロッド・アージェントのクラシカルで哲学的な楽曲構築が緊張感をもって共存している。
その結果、ポップ性と実験性、メロディと思想が複雑に絡み合った、英国ロック70年代中盤の典型ともいえるサウンドが生まれた。


全曲レビュー

1. God Gave Rock and Roll to You

本作の代表曲にして、後にKISSによるカバーでも知られる名曲。
ロックへの信仰と感謝を高らかに歌い上げた“アンセム的バラード”であり、シンプルながら力強いコード進行と、多層的なコーラスが印象的。
Argent版はよりフォーキーで真摯な響きがあり、ラス・バラードの理想主義が色濃く反映されている。

2. It’s Only Money (Part 1)

シニカルな視線で資本主義や価値観の崩壊を描く、軽快なロックチューン。
ギターとキーボードがタイトに絡み合い、コンパクトながら重層的な構成が光る。

3. It’s Only Money (Part 2)

Part 1の延長線上にありながら、より実験的かつプログレッシブな展開へと突入。
アージェントによる不穏なキーボードと、ラスのヴォーカルが交錯するスリリングな一曲。

4. Losing Hold on a Dying Day

バンドの内面的葛藤を映し出すような、深い哀感と浮遊感が漂うバラード。
メロディの陰影とリリックの静けさが心に染み入る。

5. Be Glad

ファンクやジャズの要素を取り入れた異色作。
演奏は複雑でありながらノリがよく、バンドのグルーヴ力が前面に出ている。ブラス的なキーボードアレンジが軽やかに跳ねる。

6. Christmas for the Free

宗教的な響きを持つ、Argent流の“平和のための歌”
ピアノの響きが透明感を演出しつつ、自由という理念への問いかけが静かに、しかし力強く響く。

7. Candles on the River

アルバム随一の美しさを持つ、静謐なバラード。
“川に流れるロウソク”という比喩が、命の儚さと再生のイメージを重ねる。アージェントの叙情性が最も濃厚に表現された楽曲のひとつ。

8. Rosie

リズミカルでソウルフルなロックチューンで、ラス・バラードのキャッチーな感覚が炸裂するアルバムの締めくくり。
前曲までの内省的トーンから一転し、“愛の衝動”をポップに描く解放感ある一曲。


総評

『In Deep』は、Argentがその名の通り“深み”へと到達した、最も精神的で音楽的な完成度が高いアルバムのひとつである。
「God Gave Rock and Roll to You」に代表される理想主義と、「It’s Only Money」に見られる現実批評の間で、彼らは音楽によって“信じること”と“疑うこと”を両立させようと試みている。

演奏はタイトでダイナミック、メッセージは深く、構成は緻密。
それでいて、どの楽曲にもリスナーの情緒に優しく触れるメロディが通底しており、聴き手との接点を決して失わない。

70年代ブリティッシュ・ロックにおける“知的感情主義”の一典型として、この作品は今も静かに輝き続けている。


おすすめアルバム

  • Wishbone Ash『Argus』
     理想と現実の交差、ハーモニーとギターが織りなす叙情ロックの金字塔。
  • Manfred Mann’s Earth Band『Solar Fire』
     哲学的テーマとダイナミズムが重なるアートロックの佳作。
  • Renaissance『Ashes Are Burning』
     クラシカルな美とスピリチュアルな抒情がArgentと響き合う。
  • The Moody Blues『Seventh Sojourn』
     内省と哲学をロックで綴った静謐な傑作。
  • Kansas『Song for America』
     アメリカ的プログレの雄による、理想主義と叙情の共演。

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