Taurus by Spirit(1968)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Taurus」は、カリフォルニア出身のサイケデリック・ロック・バンドSpiritが1968年に発表したデビュー・アルバム『Spirit』に収録されたインストゥルメンタル楽曲である。歌詞は存在せず、言葉の代わりに繊細で神秘的なギターの旋律が心の奥深くへと響く作品である。

その響きは、タイトルが示す通り「牡牛座(Taurus)」の名が象徴するような、静かでありながら頑強で、内なる力を感じさせる世界観を持っている。わずか2分37秒という短さでありながら、聴く者に多くの印象と余韻を残す、不思議な磁力を持った楽曲である。

2. 楽曲のバックグラウンド

「Taurus」はSpiritのギタリスト、ランディ・カリフォルニア(Randy California)によって作曲された作品であり、彼の音楽的な感性と哲学が凝縮されたような存在である。

Spiritはロックにジャズやクラシック、フォークといった要素を取り入れる革新的なバンドであり、「Taurus」はその実験精神の結晶とも言える。特にこの楽曲では、アコースティック・ギターを主軸にした瞑想的な響きが印象的で、ドラムやヴォーカルは使われず、ギター、ベース、鍵盤による繊細なアンサンブルだけで構成されている。

この曲が特に有名になったのは、後年、Led Zeppelinの「Stairway to Heaven」(1971年)との類似性が指摘されたことによる。両曲の冒頭部分のコード進行とアルペジオが非常に似通っていることから、2014年にはSpirit側が著作権侵害を理由に訴訟を起こし、音楽業界内外で大きな注目を集めた。

この訴訟は数年にわたって続き、最終的にはZeppelin側に軍配が上がることとなったが、その過程で「Taurus」という楽曲が再び脚光を浴びることとなった。

3. 歌詞の抜粋と和訳

※本楽曲はインストゥルメンタルであり、歌詞は存在しない。

しかし、その旋律はまるで“歌っている”かのように豊かで表情豊かである。言葉にできない想い、時間の流れ、あるいは宇宙の静寂をも映すような音の連なりが、聴く者の内面に直接語りかけてくる。

4. 楽曲の考察

「Taurus」の最大の魅力は、その“語らなさ”にある。言葉ではなく、音によって語られるこの小さな宇宙は、聴く者に深い静寂と内省をもたらす。アルペジオの旋律はシンプルながらも流れるように美しく、クラシック音楽のような構築美とサイケデリック・フォーク的な夢幻性が同居している。

ランディ・カリフォルニアのギタープレイは、テクニカルというよりは詩的であり、感覚的な美意識に貫かれている。彼は単に音を紡ぐのではなく、そこに“空間”を創造する。耳で聴くというより、空気の振動として肌で感じるようなサウンドなのだ。

また、この楽曲は「始まりの余白」としての役割も持っているように思える。Spiritのアルバムはしばしば構成や曲順にストーリーテリングの意図が感じられるが、「Taurus」はアルバム中盤で現れ、少しの間、時間が静止するような作用を持っている。

そして注目すべきは、音楽的に見た場合の構成の美しさだ。「Aマイナーからの下降ベース・ライン+アルペジオ進行」は、クラシックのバロック音楽にも通じる普遍的なコードパターンであり、多くの作曲家・ギタリストにインスピレーションを与えてきた。Led Zeppelinの「Stairway to Heaven」もその系譜の中にあるのは確かである。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Embryonic Journey by Jefferson Airplane
    インストゥルメンタルによるアコースティックの美。静寂の中の旅を描くような曲調は「Taurus」に通じる。

  • Mood for a Day by Yes(Steve Howe)
    クラシカルで技巧的なギターソロ曲。構築美と抒情性が魅力。

  • The Rain Song by Led Zeppelin
    訴訟の対象となった「Stairway to Heaven」よりも、むしろこちらの方がSpiritの情緒性に近いかもしれない。

  • Black Mountain Side by Led Zeppelin
    トラディショナルな旋律とオリエンタルなムードが融合する、インストの代表作。

6. 「Stairway to Heaven」訴訟と音楽的継承

「Taurus」が広く再評価されるきっかけとなったのが、2010年代に行われた著作権訴訟である。Spirit側は、Led ZeppelinがかつてSpiritの前座としてツアーに同行した際にこの楽曲を知った可能性があるとして、1971年に発表された「Stairway to Heaven」の冒頭部分が「Taurus」に酷似していると主張した。

実際、両曲の冒頭はコード進行(Am – Am/G – Am/F# – F)やアルペジオのリズムパターンが非常に似ており、音楽理論上も比較されることが多い。しかし裁判所は、これらのコード進行は「ありふれたもの」であり著作権保護の対象とはならないという判断を下し、Zeppelin側の勝訴で幕を閉じた。

この一件が重要なのは、著作権の議論そのものよりも、Spiritというバンドが再び脚光を浴び、その音楽的遺産が掘り起こされたという点にある。ランディ・カリフォルニアという才能が、70年代当時は見過ごされていたとしても、21世紀に入ってから再評価されたのは、「Taurus」が持つ音楽的純粋さと詩的な深みが普遍性を持っていた証だと言えるだろう。

音楽は法廷ではなく、耳と心で判断されるものだ。「Taurus」はそのことを静かに、しかし力強く語っている。言葉のないこの小さな曲が、音楽という存在の“本質”を問うてくるように感じられるのだ。

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