1. 歌詞の概要
「Empty Pages（エンプティ・ページズ）」は、Traffic（トラフィック）が1970年にリリースしたアルバム『John Barleycorn Must Die』に収録されたナンバーであり、アルバムの中でも異彩を放つ、都会的で洗練されたソウル・ジャズ的アプローチが際立つ楽曲である。全米チャートでシングルとしてもリリースされ、バンドにとっては数少ないラジオ・ヒットにもなった。
タイトルの「Empty Pages（空白のページ）」は、象徴的な比喩である。愛の終わり、時間の喪失、言葉にできない思い、そして未来の不確かさ――それらすべてを「空白」として表現している。語り手は、かつて信じたものに裏切られた痛みを抱きながらも、それを声高に叫ぶのではなく、疲れた心の独白として淡々と語っていく。
この楽曲は、関係の破綻や感情の空洞化といったテーマを、怒りや絶望ではなく、静かな諦念と成熟した視点で描き出している。それがこの曲の奥深さであり、トラフィックが単なるロックバンドではなく、人間の内面と真摯に向き合う音楽集団であったことの証左でもある。
2. 歌詞のバックグラウンド
『John Barleycorn Must Die』は、当初スティーヴ・ウィンウッドのソロ作品として構想されていたが、最終的にTrafficとして再結成された形で完成されたアルバムである。再結成後のトラフィックは、以前のサイケデリックなポップ感覚から脱却し、ジャズやR&B、フォーク、クラシックの要素を大胆に取り入れたクロスオーバー的なアプローチを確立していった。
「Empty Pages」はその象徴とも言える楽曲であり、エレクトリック・ピアノ（フェンダー・ローズ）による滑らかでクールなコードワーク、ジム・キャパルディのタイトなドラム、そしてクリス・ウッドの控えめなサックスが絶妙に絡み合う。スティーヴ・ウィンウッドのヴォーカルは、ソウルフルでありながら抑制が効いており、感情を露わにしないことで逆に深く沁みわたるような表現力を見せている。
この曲が登場した1970年という時代背景を考えると、それは60年代の理想主義が崩れ始め、現実と向き合わざるを得なくなった瞬間でもある。「Empty Pages」は、そうした内的変化と時代の空気を映す鏡のような作品といえるだろう。
3. 歌詞の抜粋と和訳
Found someone who can comfort me
僕を慰めてくれる誰かを見つけたと思ってたBut there are always exceptions
けれど、いつも例外はあるものさAnd she’s the rule
彼女はその“例外”だったんだI’ve come to believe
僕は信じかけていたThat she’s just a concept
彼女が“現実”ではなく“観念”に過ぎないとAnd there’s no real feeling
つまり、そこには本当の感情なんてなかったんだJust empty pages
あるのは空っぽのページばかり――
（参照元：Lyrics.com – Empty Pages）
この“空白のページ”という比喩には、伝えられなかった感情、期待の裏切り、そして過去の意味の喪失といったさまざまな要素が折り重なっている。
4. 歌詞の考察
「Empty Pages」は、語り手が過去の恋愛や対人関係を振り返る中で、それらが実は幻想や錯覚に過ぎなかったのではないかと問い直す、苦い覚醒の物語である。
この曲の最大の特徴は、怒りや悲嘆といった強い感情の爆発が意図的に抑えられていることだ。むしろそこにあるのは、疲労と沈黙、そしてどこか諦めに近い透明な思索である。それが、「空白」という象徴に凝縮されている。
「彼女は概念だった」と語る主人公の言葉は、相手そのものではなく、自分が投影していた理想像との決別を示している。これは恋愛に限らず、人間関係や人生の多くの場面に通じる普遍的な真実だろう。私たちは往々にして、実在する誰かよりも、自分の中に作り上げたイメージを愛している。
また、“空白のページ”という言葉には、失われたものへの喪失感と同時に、そこに新たに書き始める可能性への示唆も感じられる。そうした両義性を含んでいるからこそ、この曲は聴くたびに違った顔を見せてくれる。
音楽的には、滑らかなコード進行と繰り返されるグルーヴが、“書かれなかった何か”をずっと探し続けるような、終わりのない内省の旅を表現しており、リリックの世界観と見事に重なっている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Ain’t No Sunshine by Bill Withers
“彼女がいないとき”の空虚をミニマルな言葉で深く描いたソウル・クラシック。 - I Don’t Know Why by Stevie Wonder
理解できない感情にとらわれながら、それでも愛し続ける人間の揺らぎを描いた一曲。 - Rikki Don’t Lose That Number by Steely Dan
都会的なコードワークと抑制された感情表現が美しく交差するAORの名曲。 - Who Can It Be Now? by Men at Work
内向的な心理と社会との距離感をポップに描いた、切実な“閉ざされた心”の物語。 -
Sea Song by Robert Wyatt
幻想と現実が入り混じる、静かで異様に深い愛の断章。
6. “書かれなかった言葉の重み”
「Empty Pages」は、何も書かれていないページが、最も多くを語っているという逆説を成立させた作品である。そこにあるのは、派手なドラマではなく、愛や人生における“誤解”や“虚構”が剥がれ落ちた後の静けさ――そのリアルだ。
スティーヴ・ウィンウッドの声は、まるで夜中にひとりノートを開いたときの心の声のようであり、その背景には、感情が渦を巻きながらも、決して爆発せずに滲んでいくようなグルーヴが流れている。
それは、疲れているけど怒っていない。失ったけど責めていない。ただ、何も書かれていないページを見つめながら、自分の心と向き合っている。そんな“感情の静謐”こそが、この曲の最も強いエモーションなのだ。
この楽曲は、愛の喪失だけでなく、自己との対話や、未来への書き出し方を模索するすべての人の心に、そっと寄り添う。言葉が出ない時こそ、「Empty Pages」が語り始めてくれるかもしれない。
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