Nightswimming by R.E.M.(1992)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Nightswimming」は、1992年のアルバム『Automatic for the People』に収録されたR.E.M.の珠玉のバラードであり、青春の記憶と儚さ、そして時間の流れの中で失われていくものへの深い郷愁を描いた作品である。

タイトルの「ナイトスイミング(夜の水泳)」という言葉は、文字通りには“夜に泳ぐこと”を意味するが、この曲ではそれが青春時代の無垢な冒険と自由、そして取り戻せない過去の象徴として描かれる。歌詞は非常に静謐で、情景描写に満ちている。具体的なストーリーが語られるわけではないが、夜の湖、月光、服を脱ぎ捨てて水に飛び込む感覚──それらのイメージが繊細に重ねられ、一瞬の記憶が永遠のように輝く詩的な構成となっている。

「Nightswimming」は、言葉にならない想い、ふと蘇る記憶、そして過去と現在のあわいを漂うような歌であり、聴く者の心に静かに深く染み入ってくる。

2. 歌詞のバックグラウンド

この楽曲は、R.E.M.のベーシストであるマイク・ミルズがピアノの旋律を提示したことから始まった。彼の儚く美しいコード進行にインスピレーションを得て、マイケル・スタイプが歌詞を乗せていった。スタイプはこの曲について、「非常に個人的な記憶を元にしたが、それは特定の物語ではない。聞く人それぞれが、自分の中の“あの頃”を思い出してほしい」と語っている。

背景には、実際にアセンズ(ジョージア州)の夏の夜、バンド仲間たちと服を脱ぎ捨てて泳いだという体験があるとも言われているが、それを直接描くのではなく、その感覚だけを抽出して抽象化し、普遍的な“失われた時間”の象徴として描いたのがこの曲なのである。

また、R.E.M.の楽曲には珍しく、ギターが使われておらず、ピアノと弦楽四重奏のみで構成されている。そのため、バンドの“音”というよりも、詩と旋律の親密な交感がより際立つ構成となっている。特にアトランタ交響楽団のベーシスト、ケン・ストリングフェローによるアレンジが、楽曲全体に静謐な奥行きを与えている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下は印象的なフレーズの一部(引用元:Genius Lyrics):

Nightswimming deserves a quiet night
夜泳ぎには 静かな夜がふさわしい

The photograph on the dashboard, taken years ago
ダッシュボードに置かれた写真は 何年も前に撮られたもの

You can’t see anything / You can’t see anything
何も見えない 何も見えないんだ

Time stands still / And it’s now and then you feel
時間が止まる そしてときどき あの感覚がよみがえる

That old photograph, you never knew why / You kept it
あの古い写真 なぜ残していたのかも思い出せない

Nightswimming, remembering that night
夜泳ぎ あの夜を思い出している

September’s coming soon
9月がもうすぐやってくる

この最後の一節──「9月が来る」というラインには、夏の終わりと共に青春も終わってしまうような、切実な季節感と感傷が宿っている。それは単なる季節の移ろいではなく、人生における“二度と戻れない時間”への静かな嘆きでもある。

4. 歌詞の考察

「Nightswimming」は、R.E.M.の中でも最も“詩的な余白”を持つ楽曲であり、具体的な出来事を語らずして、普遍的な“失われた時間”の情景を共有する作品である。

冒頭の「夜泳ぎには静かな夜がふさわしい」という言葉から、楽曲は一貫して静けさと記憶の狭間に身を沈めていく。描かれているのは、誰もが一度は体験したような、無鉄砲で無防備な青春の一瞬──誰かと一緒に夜の湖に飛び込んだ記憶。裸で、風を切って、恐れもなく水に溶け込むあの感覚。それはもう今ではできない。けれど、その記憶だけが、心の中で何度も何度も再生される。

そして歌詞の中で繰り返される「You can’t see anything(何も見えない)」というラインは、過去を完全には再現できないこと、思い出の輪郭が次第にぼやけていく現実を象徴している。あの写真が曇っているように、記憶もまた、時間の中で色褪せていくのだ。

しかし、だからこそこの曲は美しい。完全に過去に戻ることができないという事実が、その記憶の一瞬を、よりいっそう神聖なものへと変えていく。この曲に漂うのは、後悔ではない。失われたものへの優しい眼差しと、それを愛し続けるという静かな決意である。

(歌詞引用元:Genius Lyrics)

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Motion Picture Soundtrack by Radiohead
     別れと余韻、死と再生をテーマにした、幽玄なバラード。

  • Teardrop by Massive Attack
     内省的な美しさと感情の浮遊感が共鳴する、静謐なトリップホップ。

  • The Blower’s Daughter by Damien Rice
     切なさと静けさの中で、喪失を美に昇華するアコースティック・バラード。

  • Breathe Me by Sia
     孤独と自己受容のはざまで揺れる、感情の深部を描いた一曲。

  • To Build a Home by The Cinematic Orchestra
     記憶、帰属、消えゆくものへの賛歌として響く、ピアノ主導の詩的楽曲。

6. “思い出せないものを、なぜか覚えている”:R.E.M.が描いた記憶の風景

「Nightswimming」は、青春の象徴であり、過ぎ去った時間を音楽として保存しようとする**“記憶の標本”のような作品**である。
この曲に描かれているのは、誰かの物語ではなく、すべての人の心に眠る“あの夏の夜”の断片なのだ。

それは、恋の始まりかもしれないし、友との別れかもしれない。あるいは、無名の時間、名前すら思い出せない風景かもしれない。それでも確かにそこに“あった”とわかる──「Nightswimming」は、そうした感覚を音楽として封じ込めている。

水に飛び込むような一瞬の無重力感。月光に照らされる肌。笑い声。そして、静けさ。
そのすべてが、この短い楽曲の中で、永遠に凍結されている。

この曲は、“音楽によって過去を抱きしめる方法”の最も美しい例のひとつであり、R.E.M.というバンドの繊細さと深さ、そして“語らないことで伝える力”を物語っている。

失われたものは、もう戻ってこない。
けれど、音楽はそれを思い出させてくれる。
そしてその記憶は、私たちの中で、そっと、まだ泳ぎ続けている。

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