
発売日: 2004年8月24日
ジャンル: インディーロック、ローファイ、アートロック
- 崩れながら微笑む——GBV“第一幕”の終焉と、死者たちの詩
- 全曲レビュー
- 1. Everybody Thinks I’m a Raincloud (When I’m Not Looking)
- 2. Sleep Over Jack
- 3. Girls of Wild Stripes
- 4. Gonna Never Have to Die
- 5. Window of My World
- 6. The Closets of Henry
- 7. Tour Guide at the Winston Churchill Memorial
- 8. Asia Minor
- 9. Sons of Apollo
- 10. Sing for Your Meat
- 11. Asphyxiated Circle
- 12. A Second Spurt of Growth
- 13. (S)Mothering and Coaching
- 総評
- おすすめアルバム
崩れながら微笑む——GBV“第一幕”の終焉と、死者たちの詩
『Half Smiles of the Decomposed』は、Guided by Voicesが2004年に発表した15作目のスタジオ・アルバムであり、
この時点での“バンドとしての最終作”として制作された“第一期GBVの終幕作品”である。
前作『Earthquake Glue』までに成熟したバンドサウンドを引き継ぎながらも、
このアルバムにはどこか終わりの気配、そして死と回想のにおいが漂っている。
タイトルの“Half Smiles of the Decomposed(腐敗した者たちの微笑)”という詩的で不穏なフレーズは、
まさにGBVという存在そのものを象徴する。
壊れながらも笑い、崩れながらも歌い続ける。
このアルバムには、ポラードの人生とロックへの最後の挨拶のような静けさと爆発が同居している。
全曲レビュー
1. Everybody Thinks I’m a Raincloud (When I’m Not Looking)
ゆっくりとしたテンポに重たく響くギター。
「みんなは僕が雨雲だと思っている、僕が見ていないときに」——
これは他者からの誤解と、それに気づいてしまった孤独な主人公の告白である。
2. Sleep Over Jack
軽快なパワーポップ調ながら、どこか哀しみを帯びたメロディ。
“ジャックの家に泊まる”という何気ない出来事が、
時間のずれと記憶の裂け目を生み出していく。
3. Girls of Wild Stripes
サイケデリックな音の層が重なる、GBVらしい夢の断片ソング。
“縞模様の少女たち”というイメージが、ポップと幻想の狭間に漂う。
4. Gonna Never Have to Die
直訳すると「もう死ぬ必要はないだろう」。
だがその予言めいたタイトルとは裏腹に、
歌詞とメロディは切実に“死”の影を抱えている。
ロックンロールの不死性と、それに対する嘘と希望。
5. Window of My World
ポラードのバラード作の中でも際立って美しい一曲。
“僕の世界の窓”は、もはや壊れかけていて、
そこから見える風景はどこか懐かしく、遠い。
6. The Closets of Henry
ガレージ感あるロックチューン。
“ヘンリーのクローゼット”には何が詰まっているのか?
記憶か、過去の秘密か、あるいはポラード自身のメタファーなのか。
7. Tour Guide at the Winston Churchill Memorial
まるで短編小説のようなタイトルが示すように、
歴史、観光、そして虚構の交差点を描く異色トラック。
ガイド役はポラード自身なのかもしれない。
8. Asia Minor
ギリシャ地理の用語を借りながら、楽曲はシンプルなギターロック。
だがその簡素さの中に、“縮小された世界”のような閉塞と諦観が滲む。
9. Sons of Apollo
“アポロの息子たち”という神話的イメージに反して、
楽曲はどこか曇った、しかし情熱の火種を宿した一曲。
GBVの中の“英雄のなりそこね”たちの歌。
10. Sing for Your Meat
タイトルが放つ生々しさ——“食べるために歌え”。
ロックバンドとしての自己言及的な視点と、労働と芸術の狭間を撃つような楽曲。
11. Asphyxiated Circle
“窒息した円”。
音も歌詞もまさにそのイメージ通り、閉じた空間の中で揺らめくように展開。
GBV的世界観の、最も息苦しく、そして美しい側面。
12. A Second Spurt of Growth
奇妙なタイトルに反して、意外とストレートなメロディライン。
それでも“もう一度の成長”という言葉には、
何かが終わった後にも続いていく“なにか”への信頼が込められている。
13. (S)Mothering and Coaching
母性とコーチングが一体化した造語的タイトル。
この曲でポラードは、育てられ、導かれ、そして離れていくプロセスを、
メロディという記号で詩的に描いている。
総評
『Half Smiles of the Decomposed』は、Guided by Voicesというバンドが自らの終焉を知りながら、その最後まで“歌”という武器を手放さなかった記録である。
これまでの混沌や断片性は抑えられ、メロディは整い、曲は明確なフォルムを持つ。
だがその整い具合こそが、崩壊寸前の美しさ=半分の微笑をより際立たせている。
このアルバムには、笑っている顔と、腐敗しつつある内面が、
静かに、確かに共存している。
それは、ロックバンドという生き物が持ちうる最後の美学かもしれない。
Guided by Voicesは、いったんここで終わった。
だがその笑みは完全には消えなかった。
半分の微笑のまま、永遠に残ることを選んだのだ。
おすすめアルバム
- 『Earthquake Glue』 by Guided by Voices
前作にして、崩壊寸前のエネルギーを封じ込めた野心作。 - 『Sky Blue Sky』 by Wilco
静かな美しさと成熟した演奏。GBVの終盤の空気と通じる。 - 『Chutes Too Narrow』 by The Shins
ポップと詩性のバランス感覚が近い。GBVの整合期との親和性あり。 - 『Figure 8』 by Elliott Smith
洗練と孤独を兼ね備えたラスト期の名作。 - 『Universal Truths and Cycles』 by Guided by Voices
GBVの再構築期における詩的・構築的最高峰。
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