アルバムレビュー:Butterfly by The Hollies

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発売日: 1967年11月1日(UK)
ジャンル: サイケデリック・ポップ、バロック・ポップ、ソフトロック


羽ばたく幻のように——甘く、繊細で、解き放たれたホリーズのサイケデリア

『Butterfly』は、The Holliesが1967年末にリリースした通算7作目のスタジオアルバムであり、バンドの黄金時代を象徴する作品であると同時に、創作の自由と夢想の極みに到達したアルバムでもある。
英国ロックがサイケデリックの熱に浮かされていたその年、The Holliesもまた鮮やかに羽ばたくような音世界を作り上げた。

本作は、前作『Evolution』のサウンド的方向性をさらに推し進め、ストリングス、管楽器、幻想的なスタジオワークを駆使して構築された豊かなアレンジが特徴。
また、グレアム・ナッシュの存在感が最も際立ったアルバムでもあり、彼のリリカルで内省的なソングライティングは、のちにCrosby, Stills & Nashへと向かう萌芽を感じさせる。
事実、ナッシュはこのアルバムを最後にバンドを脱退することとなる。つまり『Butterfly』は、ナッシュ在籍期ホリーズの最終楽章であり、最も詩的な記録なのである。


全曲レビュー

1. Dear Eloise

打ち寄せるようなオルガンと語りかけるようなボーカルで始まる名曲。
手紙の形式をとった歌詞は、過ぎ去った愛と記憶の断片を繊細に描き出す。
感情の高まりとともにサウンドも膨らみ、アルバムの幕開けにふさわしい構成美を持つ。

2. Away Away Away

躍動的なリズムと軽やかなメロディが心地よいポップナンバー。
“離れていく”という言葉に込められた自由と喪失の気配が同居している。

3. Maker

サイケ的コード感と宗教的イメージが絡む内省的な一曲。
“創造主”に語りかけるその姿勢は、自己探求と超越への欲望を思わせる。

4. Pegasus

伝説の翼ある馬“ペガサス”をテーマにした幻想的な楽曲。
絵本のような詞世界とトリッピーな音像が融合し、まるで夢の断片のような浮遊感を生む。

5. Would You Believe

ストリングスを大胆に導入したバロック・ポップ的構築。
信じられないような出来事に対する驚きと皮肉が、柔らかなサウンドに溶け込んでいる。

6. Wishyouawish

童謡的なメロディとシュールなリリック。
願いを託すその語感には、どこか子どものような無垢さと危うさが潜む。

7. Postcard

ノスタルジックなメロディラインと、手紙形式の歌詞が魅力。
遠く離れた誰かとの断絶とつながりを描いた、寂しくも美しいポップソング。

8. Charlie and Fred

“チャーリーとフレッド”という架空のキャラクターをめぐる寓話的な物語。
動物や子供向けアニメを思わせる世界観に、サイケ特有の曖昧さが加わる。

9. Try It

鼓動のようなビートとウィスパー気味のボーカルが印象的。
“やってみなよ”と囁くような誘惑のリズムが、不安と快楽の境界線を漂う。

10. Elevated Observations?

哲学的とも言える視点からの“高所からの観察”をテーマに、精神的覚醒をほのめかす。
浮遊感のあるメロディとサイケデリックなエフェクトが脳内を揺らす。

11. Step Inside

誘いの言葉のようなタイトルが示す通り、“中へ入って”という心理的旅路の始まり。
内面世界への扉を開くような、静かに侵食してくるような曲調が特徴。

12. Butterfly

アルバムの締めくくりにふさわしい、幻想的なタイトル曲。
“蝶”という存在そのものが、儚さ、変化、美の象徴として機能し、アルバム全体をメタファー的に総括している。
アコースティックとストリングスが絡み合い、柔らかく降りてくるような余韻を残す。


総評

『Butterfly』は、The Holliesの“ポップ”が最も詩的かつ夢幻的に開花したアルバムである。
ビートバンドとしての軽快さ、メロディメイカーとしての強み、そして60年代後半のサイケ的な実験精神——それらすべてがここに集約されている。

一見、子供向けのような無邪気な楽曲も、実は孤独、覚醒、逃避、変容といった深いテーマを内包しており、聴くたびに新たな解釈を誘う。
ナッシュの脱退によってこの流れは一度断ち切られるが、だからこそこのアルバムは一層貴重なものとなった。

サイケデリック・ポップ史における隠れた名作として、そして夢見る力を失わなかったポップスの終着点として、今も輝きを放ち続けている。


おすすめアルバム

  • Crosby, Stills & Nash – Crosby, Stills & Nash (1969)
    グレアム・ナッシュが脱退後に結成したグループのデビュー作。内省的なリリシズムが継承されている。
  • The BeatlesMagical Mystery Tour (1967)
    サイケデリック・ポップの極点として、装飾性と幻想性が『Butterfly』と響き合う。
  • Bee Gees – Horizontal (1968)
    哀愁と幻想のバロック・ポップ。ホリーズに通じる英国メロディの芳香。
  • The ZombiesOdessey and Oracle (1968)
    精緻なハーモニーと夢のような音世界が、Butterflyと呼応するサイケポップの金字塔。
  • The Left Banke – Walk Away Renée / Pretty Ballerina (1967)
    アメリカ版バロック・ポップの傑作。弦楽器とポップメロディの融合はホリーズ好きに必聴。

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