
1. 歌詞の概要
When I Triedは、Widowspeakが2017年に発表した楽曲である。
同曲はアルバムExpect the Bestに収録されており、Dorkの歌詞ページでは、2017年リリースのExpect the Best収録曲で、作詞はMolly Hamilton、プロデュースはKevin McMahonとRobert Earl Thomasと記載されている。Widowspeakは、Molly HamiltonとRobert Earl Thomasを中心とするアメリカのインディー・ロック・バンドであり、Captured Tracksのアーティスト紹介でも、彼らが長年にわたり一貫したカタログを築いてきたバンドとして紹介されている。(Dork – Widowspeak When I Tried Lyrics, Captured Tracks – Widowspeak)
この曲の歌詞は、自己嫌悪と停滞感を静かに描いている。
語り手は、昔と同じ自分のままだと感じている。
手を噛むような癖がまた戻ってくる。
自分の時間を無駄にしようとしている。
そして、その無駄にした時間が、なぜか自分のもののように感じられる。
この感覚が、When I Triedの核心である。
努力したはずなのに、変われない。
変わろうとしたのに、また同じ場所に戻っている。
時間を使っているのか、捨てているのかもわからない。
けれど、無駄にした時間だけが、自分の自由だったようにも感じる。
これは、かなり痛い歌である。
ただし、Widowspeakはその痛みを大声で叫ばない。Molly Hamiltonのボーカルは、いつものように淡く、少し眠たげで、感情を剥き出しにしすぎない。そこにRobert Earl Thomasのギターが、ドリーミーでありながら少し乾いた響きを添える。
曲は、激しく崩れるのではなく、ゆっくり沈む。
曇った午後の部屋。
やらなければいけないことがあるのに、何も進まない時間。
スマートフォンを見ているだけで日が暮れるような感覚。
自分に失望しているのに、その失望から抜け出す気力もない状態。
When I Triedは、そういう時間を鳴らしている。
この曲が優れているのは、怠惰を単純に悪として描かないところである。
時間を無駄にすることは、もちろん苦しい。
でも、その無駄な時間だけが、自分のもののように感じる時がある。
誰かに評価される時間。
仕事や生活に使われる時間。
成果を出すための時間。
その外側にある、ただ消えていく時間。
When I Triedは、その消えていく時間に、妙な安らぎと罪悪感が同時にあることを知っている。
The Needle Drop関連のレビューサイトでは、この曲を、Hamiltonが倦怠感と向き合う、アルバムの中でもかなり直接的な楽曲として紹介し、歌詞のwhy am I still like thisという問いが自己嫌悪を抱えたスラッカー感覚に響くと評している。(The Needle Drop / TNMBP – Expect the Best review)
まさに、この曲は問いの歌である。
なぜ私はまだこうなのか。
なぜ変われないのか。
なぜ試したのに、同じ場所にいるのか。
その問いは、はっきり答えられない。
だからこそ、曲は聴き手の中に長く残る。
2. 歌詞のバックグラウンド
Widowspeakは、2010年代のアメリカン・インディー・ロックの中でも、独特の影を持つバンドである。
彼らの音楽には、ドリーム・ポップ、サイケデリック・フォーク、インディー・ロック、カントリー的な揺れ、そして90年代オルタナティヴの残り香が混ざっている。Molly Hamiltonの声は、Mazzy StarのHope Sandovalを思わせるような霧のかかった質感を持ち、Robert Earl Thomasのギターは、時にスパゲッティ・ウェスタンのように乾き、時にサイケデリックに揺れる。
WikipediaのWidowspeak項目では、バンドは2010年にBrooklynで結成され、Molly HamiltonとRobert Earl Thomasを中心に活動してきたと説明されている。(Wikipedia – Widowspeak)
Expect the Bestは、Widowspeakが2017年に発表したアルバムである。
この時期のWidowspeakは、初期のぼんやりしたノスタルジックな音像から、より内省的で、生活の疲れや現代的な不安を含む歌へと向かっている。後のアルバムPlumについてPitchforkは、Widowspeakの初期作品には70年代サイケデリアや90年代ロックを思わせる暗いヴィンテージ感があり、Plumでは現代的な不安、時間、労働、日常の消耗がテーマになっていると評している。(Pitchfork – Plum review)
この流れを考えると、When I Triedは、Widowspeakの歌詞世界がより日常的な停滞や自己認識へ向かう途中にある曲として聴ける。
この曲には、大きなドラマがない。
恋人との劇的な別れ。
社会への明確な怒り。
旅や事件。
そうしたものは見えない。
むしろ描かれるのは、もっと小さく、もっとしつこい苦しさである。
自分が自分のままであることの苦しさ。
変わりたいのに、変わらないことの疲れ。
何かを試したのに、結果として何も変わらなかったように感じる虚しさ。
これは、かなり現代的な感覚だ。
SNSや仕事、自己改善の言葉があふれる時代には、常に変化や成長が求められる。もっと良くなれ、もっと動け、もっと成果を出せ、もっと健康に、もっと前向きに。そうした声の中で、変われない自分はどんどん責められる。
When I Triedは、その自己責任の空気の中で疲れてしまった人の歌にも聞こえる。
試した。
でも、うまくいかなかった。
それでも世界は、まだ試せと言う。
自分は、また同じ癖に戻る。
この曲は、そういう状態を責めない。
むしろ、その状態の中に静かに座っている。
Widowspeakの音楽は、感情を大げさに解決しない。曲の中で、急に答えが見つかるわけではない。サウンドも、劇的なカタルシスへ向かうより、同じ景色の中で少しずつ色を変える。
When I Triedも、そのタイプの曲である。
それは、暗いと言えば暗い。
でも、冷たくはない。
Hamiltonの声には、諦めと同時に、やわらかい共感がある。自分を責めている言葉なのに、聴き手には責めるように響かない。むしろ、同じ場所に座ってくれる声として聞こえる。
この距離感が、Widowspeakの魅力なのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞全文は権利保護のため掲載しない。ここでは、楽曲理解に必要な短い一節のみを引用し、意味を補足する。
歌詞の確認には、配信サービス上の歌詞表示や歌詞データベースを参照できる。SpotifyではWhen I Triedの楽曲ページで歌詞の一部が確認できる。(Spotify – When I Tried)
Same as I was then
和訳:あの頃の私と同じまま。
この一節は、曲の感情を一気に決める。
変わっていない。
時間は過ぎた。
何かを試した。
それでも、私は昔の自分のままだ。
この感覚は、とても重い。
人は、時間が経てば自然に変われると思いたい。年齢を重ねれば、昔の悪い癖や不安から離れられると思いたい。だが、ふとした瞬間に、昔と同じ自分が戻ってくることがある。
When I Triedは、その瞬間を歌っている。
I’m biting my hands again
和訳:また自分の手を噛んでいる。
この一節は、身体的で痛い。
手を噛むという行為は、不安、苛立ち、自己制御の難しさ、子どもの頃の癖、あるいは自分を傷つけるような衝動を連想させる。
ここで重要なのは、againである。
また、なのだ。
初めてではない。
治ったと思っていたものが、戻ってきている。
変われたと思ったのに、身体は覚えている。
この身体の記憶が、曲に強いリアリティを与えている。
Trying to waste my own time
和訳:自分の時間を無駄にしようとしている。
この表現は、とても不思議だ。
時間を無駄にしてしまう、ではなく、無駄にしようとしている。
そこには能動性がある。
自分でわかっていて、時間を捨てている。
何かから逃げるために、わざと時間を消費している。
これは、単なる怠惰とは違う。
むしろ、自分の時間を自分で壊すことで、かろうじて支配感を得ようとしているようにも聞こえる。
When it’s wasted it feels like it’s mine
和訳:無駄になった時、それは自分のものみたいに感じる。
この曲の中でも特に重要な一節である。
ここには、現代の時間感覚の痛みが詰まっている。
役に立つ時間は、誰かのものになりやすい。仕事のため、生活のため、他人の期待のため、未来のため。意味のある時間ほど、社会の中で管理される。
一方で、無駄になった時間だけが、自分のもののように感じる。
これは逆説的だが、かなりリアルである。
何もしない時間。
誰にも説明できない時間。
成果にならない時間。
ただ消えていく時間。
その時間が、自分だけのものに感じられる。
When I Triedは、この矛盾を静かに歌っている。
Why am I still like this
和訳:どうして私はまだこんなふうなんだろう。
この問いは、曲の核心である。
自分を責める声。
でも、完全に怒っているわけではない。
ただ、疲れている。
なぜ変われないのか。
なぜ同じことを繰り返すのか。
なぜ努力しても、昔の自分が戻ってくるのか。
この問いに、曲は答えを出さない。
答えがないからこそ、聴き手の中で反響する。
4. 歌詞の考察
When I Triedは、変わろうとした人のための歌である。
ただし、変われた人の歌ではない。
変わろうとしたのに、うまくいかなかった人の歌である。
ここが重要だ。
多くのポップソングは、変化を美しく描く。
過去を乗り越える。
自分を見つける。
新しい場所へ行く。
もう昔の自分ではないと言い切る。
しかし、現実の変化はもっと遅く、もっと曖昧で、もっと後戻りが多い。
少し良くなったと思ったら、また戻る。
もう大丈夫だと思ったら、昔の癖が出る。
前へ進んだはずなのに、同じ場所に立っている気がする。
When I Triedは、その後戻りの歌である。
語り手は、Same as I was thenと歌う。これは、時間の敗北のように聞こえる。何年も経ったのに、あの頃と同じ自分が残っている。自分が成長したという物語が、そこで崩れる。
そして、手を噛むという身体的なイメージが出てくる。
この一節があることで、曲は抽象的なメランコリーにとどまらない。不安や自己嫌悪が、身体の癖として現れている。心の問題が、指先や歯や皮膚にまで出ている。
Widowspeakの音楽は、ここで非常に繊細に働く。
もしこの歌詞を激しく叫べば、自己破壊的なロックソングになったかもしれない。だがHamiltonは、淡く、抑えた声で歌う。だから、痛みは派手に見えない。むしろ、日常に溶け込んでいる。
この日常に溶けた痛みが、When I Triedのリアリティである。
人は、いつも劇的に崩れるわけではない。
普通に起きて、普通に過ごし、普通に誰かと話しながら、内側ではゆっくり自分を責めていることがある。
この曲は、その静かな自己責めの空気を持っている。
特に興味深いのは、時間を無駄にすることへの歌詞である。
Trying to waste my own timeという言葉には、自己破壊と自己防衛が同時にある。
時間を無駄にすることは、社会的には悪いこととされる。
しかし、自分の時間を全部有益に使わなければいけないという圧力も、かなり息苦しい。
When I Triedでは、無駄になった時間が自分のもののように感じられると歌われる。
これは、怠惰の肯定ではない。
むしろ、時間を奪われ続けた人が、自分の時間を取り戻そうとしているようにも聞こえる。ただし、その取り戻し方が、健全で前向きなものではなく、時間を壊すことによってしかできない。
ここに曲の悲しさがある。
自分の時間を大切にするのではなく、無駄にすることでしか自分のものにできない。
これは、労働や自己改善、効率化に疲れた現代人にとって、とても切実な感覚である。
何かを生産している時間は、世界に差し出される。
何もしない時間だけが、世界から隠せる。
だから、その無駄は罪悪感であると同時に避難所でもある。
When I Triedは、その避難所の薄暗さを鳴らしている。
サウンド面では、Widowspeakらしいドリーミーなギターが、歌詞の自己嫌悪を柔らかく包む。だが、完全に慰めるわけではない。ギターには少し乾いた質感があり、音全体は甘すぎない。
この甘すぎなさが大事だ。
もしアレンジが過度にロマンティックなら、歌詞の苦さが薄まっていただろう。しかしWidowspeakの音には、淡い美しさと乾いた諦めが同時にある。
まるで、古いフィルムのような色合いで、散らかった部屋を映している。
美しい。
でも、そこにあるものは片づいていない。
この質感が、When I Triedの歌詞にぴったり合っている。
また、この曲は、Widowspeakのノスタルジックな音像を、単なる過去への憧れではなく、過去から抜け出せない感覚として使っているようにも聞こえる。
ノスタルジーは、普通は甘いものとして扱われる。
昔を懐かしむ。
過ぎた時間を美しく思う。
しかし、When I Triedの過去は甘くない。
あの頃の自分と同じまま、という過去である。
戻りたい過去ではなく、離れられない過去。
この使い方が鋭い。
Widowspeakの音楽には、たしかに昔のロックやフォーク、サイケの影がある。しかしWhen I Triedでは、そのヴィンテージな霞が、懐かしさよりも停滞感を強めている。時間が止まった部屋にいるような音だ。
そこでは、過去は美しいものではなく、まだ終わっていないものとして存在している。
そして語り手は問う。
なぜ私はまだこうなのか。
この問いは、単純な自己嫌悪であると同時に、かなり普遍的な問いでもある。
なぜ人は変われないのか。
なぜ努力はいつも直線的に結果へつながらないのか。
なぜ過去の自分は、こんなにしつこく残るのか。
When I Triedは、その問いに答えない。
だが、答えないことで、曲はより深くなる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- Money by Widowspeak
後のアルバムPlumに収録された楽曲で、Widowspeakが現代的な不安や生活の重さをよりはっきり歌う流れを知るうえで重要な曲である。Captured TracksはPlum発表時、Moneyを同作の催眠的なセカンド・シングルとして紹介している。When I Triedの時間と自己嫌悪のテーマが好きなら、Moneyにある労働、価値、生活の不安も深く響くはずだ。(Captured Tracks – Widowspeak announce Plum)
- Harsh Realm by Widowspeak
Widowspeak初期の代表曲であり、バンドの暗く霞んだドリーム・ポップ感覚を知るには欠かせない。When I Triedよりも初期のローファイでミステリアスな空気が強く、Molly Hamiltonの声の魅力がよく出ている。自分の内側に閉じこもるような感覚、世界の厳しさを遠くから眺めるような温度が共通している。
- The Dream by Widowspeak
Widowspeakの浮遊感と少し不穏な美しさを味わえる曲である。When I Triedの停滞感とは違い、こちらはより夢の中を歩くような質感がある。だが、はっきり掴めない感情を淡い音像で包むところは共通している。Widowspeakの音の霧にもっと浸りたい時に合う一曲だ。
- Fade Into You by Mazzy Star
Widowspeakを語る時にしばしば比較されるMazzy Starの代表曲である。Molly Hamiltonの淡い声や、乾いたギターの余白が好きなら、Hope Sandovalの声が作る夜のような空気にも自然に引き込まれるはずだ。When I Triedが自己嫌悪と停滞の歌なら、Fade Into Youは相手の中へ消えていきたい願望の歌として響く。
- Myth by Beach House
ドリーム・ポップの中で、過去、記憶、繰り返し、変われなさを美しく鳴らした名曲である。When I Triedの柔らかな諦めに惹かれる人には、Beach Houseの大きく広がるシンセと声も合う。どちらも、明るい解決ではなく、曖昧な感情の中に滞在する音楽である。
6. 変わろうとしたのに変われない人のための、静かな自己嫌悪の歌
When I Triedは、派手な曲ではない。
大きなサビで泣かせるわけでもない。
強いビートで前へ押し出すわけでもない。
人生を変えるような宣言もない。
むしろ、曲は部屋の中にいる。
窓の外は少し曇っている。
時間だけが過ぎていく。
自分はまた同じ癖を繰り返している。
変わろうとしたはずなのに、まだ同じところにいる。
その静かな失望が、この曲の中心にある。
When I Triedというタイトルは、とても切ない。
試した時。
努力した時。
やってみた時。
だが、このタイトルには成功の響きがない。
むしろ、試したけれど、うまくいかなかった後の空気がある。
人は、努力した結果が出なかった時、自分を責める。
努力が足りなかったのか。
本気ではなかったのか。
自分は根本的に変われないのか。
この曲は、その問いを優しくも残酷に照らす。
Same as I was thenという一節には、時間の重さがある。
過去から遠く来たはずなのに、まだ同じ自分がいる。年齢や環境は変わっても、不安の形は変わらない。癖も、逃げ方も、自己嫌悪の声も、思ったよりしつこく残っている。
この感覚は、多くの人にとって身に覚えがあるはずだ。
大人になることは、過去の自分を完全に捨てることではない。
むしろ、過去の自分がまだ中にいることに気づくことでもある。
When I Triedは、その気づきの歌である。
そして、この曲が本当に鋭いのは、時間を無駄にすることへの視線だ。
時間を無駄にしたくない。
でも、無駄にしたい。
有益な時間は苦しい。
無駄な時間だけが自分のものに思える。
この矛盾は、現代の生活に深く刺さる。
私たちは、時間を効率よく使うことを求められている。仕事、勉強、健康、成長、自己実現。すべての時間に意味が必要とされる。だが、その意味づけに疲れた時、人は何もしないことでしか自分を守れないことがある。
When I Triedは、その何もしない時間の罪悪感と、そこにあるわずかな自由を同時に歌っている。
これは、とても誠実な歌だ。
自分を励ますのではない。
自分を美化するのでもない。
ただ、自分がまだこうであることを見つめる。
その視線は、優しいようで厳しい。
Widowspeakのサウンドは、その視線を柔らかく支えている。ギターは夢のように漂い、声は淡く、リズムは過剰に急がない。曲全体が、自己嫌悪の速度に合わせてゆっくり進む。
自己嫌悪は、いつも激しいものではない。
時には、低い雲のように一日中そこにある。
When I Triedは、その雲の下で鳴る曲である。
この曲を聴いていると、変われないことにも音楽が必要なのだと思う。
変われた人のための歌は多い。
立ち直った人のための歌も多い。
だが、まだ変われていない人、試したのに戻ってしまった人、同じ癖を繰り返している人のための歌は、それほど多くない。
When I Triedは、その場所にいる人へ届く。
答えはない。
でも、同じ部屋にいてくれる。
それがこの曲の救いである。
Widowspeakは、ここで大きな慰めを与えない。けれど、無理に前向きにさせようともしない。その距離感がいい。変われない自分を、いったんそのまま見つめてもいいのだと思わせてくれる。
それは甘やかしではない。
むしろ、変化の前に必要な沈黙なのかもしれない。
自分がまだこうであることを認める。
手を噛んでしまう自分を認める。
時間を無駄にしてしまう自分を認める。
そのうえで、まだ曲は続く。
When I Triedは、停滞の歌でありながら、完全な絶望の歌ではない。
なぜなら、歌っているからだ。
言葉にならない自己嫌悪を、曲にしている。
無駄にした時間を、音楽にしている。
変われなかった経験を、誰かが聴ける形にしている。
それは、ほんの少しだけ変化に近い行為なのかもしれない。
この曲の美しさは、そこにある。
When I Triedは、変われなかった自分を責め続けるのではなく、その自分の隣に座るための曲である。
薄いギターの霞。
淡い声。
無駄にした時間。
戻ってくる癖。
そして、まだ消えない問い。
なぜ私はまだこうなのか。
答えは出ない。
でも、その問いを抱えたまま、曲は静かに鳴っている。

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