
1. 歌詞の概要
「Innocent」は、カナダのオルタナティヴ・ロックバンド、Our Lady Peaceが2002年にリリースしたアルバム『Gravity』に収録された楽曲であり、アルバムのリリースに先立つ形でシングルとしても発表されました。この曲は、青春期の葛藤や、自分の価値や生き方を模索する若者たちの内なる声に耳を傾けた、非常に共感性の高いバラードです。
タイトルの「Innocent(イノセント=無垢、純粋)」は、単に子どもらしい無邪気さを指すものではありません。ここで描かれる“innocence”とは、社会の期待、周囲の声、自己否定に苛まれる中でも、心の奥に残る「本来の自分」や「信じたかった夢」のことです。
歌詞では、「ジョニー」や「メアリー」といった架空の若者たちのストーリーが語られ、彼らが抱えるプレッシャーや孤独、自己肯定感の欠如など、現代的な不安が浮き彫りになります。しかし、その中にも「信じること」や「乗り越える力」への希求が込められており、メランコリックでありながら、確かな希望を感じさせる構成となっています。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Innocent」は、Our Lady PeaceがBob Rockプロデュースのもとで新たなサウンドへと舵を切った『Gravity』の中でも、特に感情表現がストレートな曲のひとつです。この時期、バンドは音楽的にも精神的にも変化の時期を迎えており、それまでの詩的で難解な表現から、より直接的で普遍的なテーマへと移行していました。
フロントマンのRaine Maidaは、この曲について「誰もが自分の中に“innocent”な部分を持っている。そしてそれが、人生の中で忘れられていってしまうのが悲しい」と語っており、自分の子どもに語りかけるような気持ちでこの曲を書いたとも明かしています。
歌詞で描かれるキャラクターたちは架空の存在ではありますが、実際のリスナーの多くが自分自身の過去や現在と重ね合わせられるように設計されています。特に10代から20代前半の若者たちが抱える「自分って何者?」「このままでいいの?」という普遍的な問いかけが、鮮烈に表現されています。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Innocent」の印象的な一節を抜粋し、日本語訳とともに紹介します。引用元はMusixmatchです。
“Johnny wishes he was famous / Spends his time alone in the basement”
「ジョニーは有名になりたいと願っている/地下室で一人、夢を見ている」
“Mary just blows her mind / Says she never had the right signs”
「メアリーは気が狂いそう/自分はずっと“正しいサイン”を持ってなかったって言うんだ」
“I remember feeling low / I remember losing hope”
「僕も落ち込んだことを覚えてる/希望を失ったことも」
“I remember all the feelings / And the day they stopped”
「感情という感情を全部覚えてる/でも、ある日それが止まってしまった」
“We are all innocent”
「僕たちはみんな、無垢だったんだ」
この「We are all innocent」というサビの繰り返しは、まるで祈りのようでもあり、今の自分たちを否定するのではなく、「かつての自分を思い出そう」「その純粋さは、まだ心のどこかに残っているはずだ」というメッセージを静かに伝えてきます。
4. 歌詞の考察
「Innocent」は、自己否定と夢の喪失、そしてそこからの再生という3つの層で構成された楽曲です。歌詞に登場する「ジョニー」や「メアリー」は、誰もが通る“理想と現実の狭間”を象徴する存在であり、彼らの抱える苦悩は現代に生きるすべての人々、とりわけ若者たちの共通体験でもあります。
ジョニーは「有名になりたい」という、承認欲求と自己実現のジレンマに囚われ、メアリーは「正しく生きる道を見失った」と語ります。これらはどちらも、“他者との比較”や“社会の価値観”によって形成された不安の産物です。しかし、それらを歌うボーカルには、決して責めるような視線はなく、むしろ共感と慈愛に満ちた響きが感じられます。
特に「I remember feeling low / I remember losing hope」というラインには、語り手自身もまたかつて同じ場所にいた、という共有の感覚が込められており、「お前も一人じゃない」というメッセージが静かに伝えられています。
そして、「We are all innocent」という言葉は、決して“過去に戻ろう”という懐古主義ではありません。それはむしろ、どれだけ傷ついても、どれだけ道に迷っても、心の奥にまだ“純粋さ”があることを信じるための呪文のようなものです。このフレーズを繰り返すことで、曲は聴く者に“赦し”と“再生”の可能性を提示してくれるのです。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “How to Save a Life” by The Fray
他人を助けようとしながら、自分もまた壊れかけているという感情を描いた名曲。 - “Run” by Snow Patrol
静かに燃えるような感情の中に、希望と喪失が同居するエモーショナルなバラード。 - “Unwell” by Matchbox Twenty
心の不安定さと、そこから立ち上がろうとする姿勢をユーモアと真摯さで描く一曲。 - “Perfect” by Simple Plan
親や社会の期待に応えられず苦悩する若者の叫び。「Innocent」と非常に近い視点を持つ。 - “Boulevard of Broken Dreams” by Green Day
孤独とアイデンティティの模索をテーマにしたロック・アンセム。
6. 内面の葛藤を包み込む“優しいロック”
「Innocent」は、自己肯定感が揺らぐ現代において、静かな救済を与えてくれる楽曲です。大きな言葉や派手な演出ではなく、ほんの少しの優しさと共感、そしてシンプルな真実――“We are all innocent”という一節が、聴く者の心の奥深くにそっと触れるような曲なのです。
Our Lady Peaceはこの曲を通じて、誰かに何かを強要するのではなく、「自分の中の純粋さを忘れないで」と、静かに語りかけています。葛藤や痛みを抱えながら、それでも前を向こうとするすべての人に寄り添うこの曲は、今もなお、多くの人にとっての“心の居場所”であり続けています。
「Innocent」は、傷ついた心にそっと寄り添い、“純粋だった自分”を思い出させてくれる、Our Lady Peaceによる優しさの結晶。迷いの中にあるすべての人に捧げられた、静かで力強いバラードです。
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