
発売日:2008年6月9日
ジャンル:エクスペリメンタル・ヒップホップ/ビート・ミュージック/IDM/エレクトロニカ/インストゥルメンタル・ヒップホップ
概要
Flying LotusことSteven Ellisonの『Los Angeles』は、2000年代後半のビート・ミュージックを大きく方向づけた作品であり、のちに「LAビート・シーン」「Brainfeeder周辺」と呼ばれることになる音楽文化の輪郭を決定的にしたアルバムである。2006年のデビュー作『1983』で示した、ヒップホップと電子音楽を接続する方法をさらに発展させ、J Dilla以後の「ずれたビート」、IDM的な音響編集、ジャズ/ソウル由来の和声、ロサンゼルスの都市感覚を一つの流動的なサウンドへまとめている。
タイトルが『Los Angeles』であることは重要である。
これは単なる出身地/活動拠点の名前ではない。
アルバム全体が、ロサンゼルスという都市を音響として描こうとしている。
乾いた空気。
高速道路。
夜のネオン。
車の中から見える街。
巨大な都市なのに、人と人との距離が遠い感覚。
明るい日差しと、夜間の孤独。
そしてヒップホップ、ジャズ、ファンク、電子音楽、実験音楽が同時に存在する文化的混合。
Flying Lotusはそれらを具体的な都市描写として説明するのではなく、ビートと音色によって表現する。
本作の最大の特徴は、リズムが「正確でありながら不正確に聞こえる」ことである。
ドラムは機械で組まれている。
しかし、キックとスネアはきれいなグリッド上に並んでいるようには聞こえない。
少し早い。
少し遅い。
ハイハットが崩れる。
サンプルがよれる。
ベースが拍の中心からずれる。
この揺れによって、ビートに人間的な身体感覚が生まれる。
J Dillaが『Donuts』などで極端に押し進めた「クオンタイズから外れたグルーヴ」の影響は明白だが、Flying LotusはそこへAphex Twin、Autechre、Boards of Canadaなど電子音楽側の音響処理を接続した。
さらに、Flying Lotus自身がAlice Coltraneの親族であることも彼の音楽的背景を考えるうえで重要である。『Los Angeles』はまだ後の『Cosmogramma』ほど露骨にスピリチュアル・ジャズへ向かってはいない。しかし、コードの浮遊感、音楽が直線的に進まず空間へ広がっていく感覚には、ジャズ的な時間感覚がすでに現れている。
その結果、本作は「ラッパーのいないヒップホップ・ビート集」という枠を超える。
曲は短い。
多くは2〜3分程度。
しかし、それぞれが一つの都市の場面のように機能する。
そして17曲を通して聴くと、一晩ロサンゼルスを移動しているような感覚が生まれる。
『Los Angeles』は、ビートメイカーが単なる伴奏制作者ではなく、アルバム全体の世界観を構築する「作家」になり得ることを示した重要作なのである。
全曲レビュー
1. Brainfeeder
アルバムは「Brainfeeder」で始まる。
後にFlying Lotus自身が主宰するレーベル名としても決定的な意味を持つことになる言葉であり、本作の思想を象徴するタイトルである。
“Brainfeeder”とは、文字通りなら「脳へ栄養を与えるもの」。
音楽を身体で踊るためだけでなく、意識を刺激するものとして捉える。
曲は短く、導入的である。
しかし、歪んだ電子音とビートがすぐにFlying Lotus独自の世界を作る。
ヒップホップの低音。
IDMの細かな音響。
ジャズ的な曖昧な和音。
これらが最初から混ざっている。
アルバム全体が「ジャンルを聞く」のではなく「一つの頭の中へ入る」作品であることを示すオープニングである。
2. Breathe. Something/Stellar STar
「Breathe. Something/Stellar STar」は、タイトルからして呼吸と宇宙を結びつける。
“Breathe”は最も身体的な行為である。
一方“Stellar”は星、宇宙という巨大なスケールを指す。
この身体と宇宙の同居は、後のFlying Lotus作品でも重要になる。
ビートは断片的で、完全に安定しない。
シンセサイザーは柔らかく広がり、音が水中や宇宙空間を漂うように聞こえる。
Flying Lotusの音楽では、リズムが前へ進むのと同時に、背景音が上下左右へ拡散する。
そのため「時間」と「空間」を同時に感じる。
この曲はその感覚を早い段階で提示する。
3. Beginners Falafel
「Beginners Falafel」は、タイトルのユーモアからしてFlying Lotusらしい。
深刻な電子音楽作品のように見えながら、曲名には日常的で意味のずれた言葉が頻繁に登場する。
音楽は短く、ビートの組み方も非常に遊び心がある。
ドラムの位置が微妙にずれ、サンプルや音色が跳ねる。
ここで重要なのは、複雑さを「難解さ」として提示していないことだ。
拍子や配置は奇妙。
しかし身体は自然に反応する。
Flying Lotusは、頭で分析すると複雑だが、聴感としては非常にフィジカルなビートを作る。
この両立がLAビート・シーンの大きな特徴になる。
4. Camel
「Camel」は、本作でも特にビートの重量感が強い楽曲である。
タイトルの“Camel”からは、ゆっくりと不規則に進む身体の動きを連想できる。
曲のグルーヴにもその感覚がある。
まっすぐではない。
少し揺れる。
しかし止まらない。
低音は深く、キックとスネアの位置は意図的に不安定。
そこへ電子音が細かく絡む。
ヒップホップ的なビートを基礎にしながら、ラップを載せるための「空間」を作るというより、ビート自体を主旋律のように聴かせる。
Flying Lotusがビートメイカーから作曲家へ移行していく過程を象徴する一曲である。
5. Melt!
「Melt!」は、そのタイトル通り「溶ける」感覚を音にしている。
輪郭のはっきりした音が徐々に崩れ、別の音へ混ざる。
ドラムもシンセも、完全に独立したパートとして存在するのではなく、一つの濁った音響へ溶解する。
この曲では、Flying Lotusの音響編集能力が特に分かりやすい。
サンプルを「元ネタ」として聞かせるのではなく、原形を失うまで加工する。
そのため音楽は過去のレコードから作られているようでありながら、同時に未来的でもある。
ヒップホップにおけるサンプリング文化を、電子音楽の音響操作へ近づけた例として重要である。
6. Comet Course
「Comet Course」は、「彗星の軌道」を意味するようなタイトルを持ち、本作の宇宙的側面を前面に出す。
ビートは地上的である。
低音が身体を押す。
しかし上部ではシンセサイザーが浮遊する。
この上下関係がFlying Lotusの音楽の特徴である。
下にはヒップホップ。
上には宇宙。
その二つを同時に鳴らす。
曲は直線的に展開するより、軌道を回るように反復する。
コメット=彗星が同じ場所へ戻ってくるように、リズムや音色が変化しながら再登場する。
7. Orbit 405
「Orbit 405」は、アルバム・タイトル『Los Angeles』との関係が特に深い。
“405”はロサンゼルスを象徴する高速道路I-405を連想させる。
そこへ“Orbit”という宇宙的な言葉を組み合わせる。
高速道路を走る車が、都市の軌道を周回する衛星のようになる。
この比喩が非常にFlying Lotusらしい。
ロサンゼルスは自動車の都市である。
人々は徒歩より車で移動し、高速道路によって都市の各地点を結ぶ。
しかし渋滞によって、進んでいるようで進まない。
“orbit”という言葉は、その循環感をうまく捉えている。
音楽も短く、ループを中心にしながら、都市の移動感を作る。
『Los Angeles』が地理的なコンセプト・アルバムとして機能していることを示す重要な一曲である。
8. Golden Diva
「Golden Diva」は、アルバムの中でも比較的ソウルフルな色彩を持つ。
“diva”という言葉は女性歌手や華やかなスターを連想させる。
しかし曲は典型的なヴォーカル・ソウルにはならない。
むしろ声の断片や和音を、記憶の残像のように扱う。
ここでの“golden”は、70年代ソウルやジャズの温かい録音感覚ともつながる。
Flying Lotusはヴィンテージな音をそのまま再現しない。
古いソウルの質感をデジタル編集によって崩し、未来の音へ変える。
この「過去の温度を未来的に再構成する」能力が、本作の重要な魅力である。
9. Riot
「Riot」は、タイトル通り暴動や混乱を思わせる。
曲も短い音の断片が激しく衝突し、安定したグルーヴが崩れそうになる。
ロサンゼルスという都市において“riot”という言葉は、歴史的にも強い意味を持つ。
人種的緊張。
警察暴力。
都市格差。
社会的不満。
ただし、この曲は具体的な歴史事件を説明するわけではない。
むしろ都市の内部にある緊張を音響として表現する。
ドラムが割れる。
電子音が衝突する。
音の秩序が一時的に崩れる。
タイトルとサウンドが直接結びついた、アルバムでも特に攻撃的な一曲である。
10. GNG BNG
「GNG BNG」は、『Los Angeles』の中でも特に強烈なビートを持つ代表曲の一つである。
タイトルは“Gang Bang”を圧縮したような表記を思わせ、ロサンゼルスのギャング文化や都市の暴力性を連想させる。
音楽は非常に硬い。
キック。
スネア。
歪んだ低音。
細かく刻まれる電子音。
それらが断続的に配置される。
特にスネアの位置が独特で、「正しい場所」から少しずれているように聞こえる。
このずれが強いグルーヴを作る。
普通、機械的なビートは正確である。
Flying Lotusはその正確さを壊す。
結果として、コンピューターで作られた音楽なのに人間の身体の不規則さを持つ。
『Los Angeles』のリズム革命を最も端的に示す一曲である。
11. Parisian Goldfish
「Parisian Goldfish」は、本作の中でも最も奇妙で鮮烈な楽曲の一つである。
タイトルは「パリの金魚」というシュールな組み合わせ。
音楽も同様に、ファンク、エレクトロ、ヒップホップが奇妙に歪められる。
リズムはダンサブルだが、通常のクラブ・ミュージックほど規則的ではない。
ビートが跳ね、音が突然切れ、また戻る。
この不規則性によって、ダンスと実験音楽の境界がなくなる。
Flying Lotusが後にライブや映像表現も含め、電子音楽を総合的な感覚体験へ発展させていくことを予告する曲でもある。
本作の中では、都市の夜の奇妙な高揚を最も直接的に感じさせる。
12. Sleepy Dinosaur
「Sleepy Dinosaur」は、タイトル通り眠そうな恐竜というユーモラスで巨大なイメージを持つ。
曲は比較的ゆっくりしており、重い低音が眠気のように沈む。
Flying Lotusの曲名には、音そのものをキャラクターへ変えるような発想がある。
「Camel」。
「Parisian Goldfish」。
「Sleepy Dinosaur」。
動物名を使いながら、それぞれ異なる身体運動をリズムへ置き換える。
この曲では巨大なものがゆっくり動く感覚が重要である。
ベースは重い。
しかし攻撃的ではない。
むしろ眠っている巨大生物の呼吸のように聞こえる。
13. RobertaFlack
「RobertaFlack」は、もちろんソウル/ジャズ・シンガーRoberta Flackを想起させるタイトルである。
ここでは女性ヴォーカルが重要な役割を持ち、アルバムの中でも特に人間的な温度が高い。
Flying Lotusはインストゥルメンタル中心の作品を作る一方、声を「歌詞を伝えるもの」だけでなく、音響素材として扱う。
ヴォーカルは完全に前へ出ない。
ビートと溶ける。
そのため歌と伴奏の境界が曖昧になる。
タイトルがRoberta Flackを参照することで、70年代ソウル/ジャズへの敬意が示される。
しかし音楽自体は懐古的ではない。
古いソウルの親密さを、断片的な電子ビートの中へ置く。
Flying Lotusがブラック・ミュージック史を未来へ接続する方法がよく表れた一曲である。
14. SexSlaveShip
「SexSlaveShip」は、極めて強烈で不穏なタイトルを持つ。
“slave ship”という言葉は大西洋奴隷貿易を直接連想させる。
そこへ“sex”を加えることで、身体、支配、欲望、暴力が一つの言葉へ圧縮される。
曲そのものも暗い。
低音と電子音が不穏に揺れ、快楽と不快感の境界が曖昧になる。
Flying Lotusはここで、ダンス・ミュージックの身体性を単純な快楽へしない。
身体を動かすこと。
身体を支配されること。
欲望。
暴力。
それらが複雑に絡む。
アルバムの中でも特に重い陰影を持つ楽曲である。
15. Auntie’s Harp
「Auntie’s Harp」は、Flying Lotusの家族的・音楽的背景を強く感じさせるタイトルを持つ。
“Auntie”と“Harp”という言葉からは、Alice Coltraneの存在を自然に連想させる。
Alice Coltraneはハープを用いたスピリチュアル・ジャズの重要人物であり、Flying Lotusにとって家族史と音楽史が重なる存在でもある。
曲は非常に浮遊感がある。
それまでの重いビートから少し離れ、音が上へ持ち上がる。
ハープ的な響きは、アルバムの都市的・機械的なサウンドに一時的な精神性を加える。
後の『Cosmogramma』で顕著になるジャズと宇宙的精神性の融合を予告する重要な一曲である。
16. Testament
「Testament」はGonjasufiをフィーチャーし、本作終盤の異質な精神性を強める。
“testament”は「証言」「遺言」、さらに宗教的には聖書の「契約」を意味する。
つまり非常に重い言葉である。
Gonjasufiの声は一般的なR&Bヴォーカルのように滑らかではない。
ざらつき。
疲労。
遠くから聞こえるような感触。
その声がFlying Lotusのビートと重なることで、曲は過去から届く伝言のように聞こえる。
ここでは声そのものが歴史を持つ。
加工され、霞み、完全には言葉が前に出ない。
それでも存在感がある。
『Los Angeles』という都市の風景が、終盤に向かってより精神的、記憶的な領域へ移ることを示す。
17. Auntie’s Lock/Infinitum
アルバムを締めくくる「Auntie’s Lock/Infinitum」では、Laura Darlingtonのヴォーカルが重要な役割を持つ。
タイトルの“Infinitum”は無限を意味し、アルバムの最後を閉じるというより、さらにどこかへ続いていく感覚を与える。
前曲までに都市、ビート、暴力、宇宙、家族史、ジャズが交差してきた。
ここではそれらが静かに溶ける。
ヴォーカルは夢のように浮かび、ビートも前半ほど攻撃的ではない。
“Auntie’s Lock”という言葉には、家族の記憶や継承を封じ込めた場所のような響きがある。
そこから“Infinitum”へ進む。
つまり個人的な家族史が、無限の音楽史へつながる。
この終わり方は、Flying Lotusの後の作品を考えると非常に象徴的である。
『Los Angeles』で確立したビート・ミュージックは、次作『Cosmogramma』でジャズ、ベース・ミュージック、スピリチュアルな世界へさらに拡張される。
本作は終わる。
しかし音楽の軌道は続く。
総評
『Los Angeles』は、ビートメイカーという存在の意味を大きく変えたアルバムである。
ヒップホップにおいてビートは本来、ラッパーを支えるための土台として発展してきた。
もちろんDJ ShadowやDJ Krush、J Dillaなど、インストゥルメンタル単体で強い作品を作る先例は存在した。
しかしFlying Lotusは、ビートを「伴奏」からさらに解放する。
キック。
スネア。
ベース。
サンプル。
シンセ。
ノイズ。
ヴォーカル断片。
それら一つ一つをメロディと同じくらい重要な要素として扱う。
その結果、『Los Angeles』ではドラムそのものが歌っているように聞こえる。
特に重要なのは「ずれ」である。
2000年代のデジタル音楽制作では、DAWによってリズムを完全なグリッドへ置くことが容易になった。
1拍目。
2拍目。
16分音符。
すべてを数値的に正確にできる。
Flying Lotusはその便利さを逆に使う。
正確に置けるからこそ、意図的にずらす。
スネアを少し遅らせる。
ハイハットを前へ出す。
ベースをビートと完全には一致させない。
これによって、機械の中に人間の時間が戻る。
この方法におけるJ Dillaの影響は極めて重要である。
Dillaはドラムマシンやサンプラーを使いながら、ドラマーがわずかにテンポを揺らすような感覚を作った。
Flying Lotusはそこからさらに進み、Dilla的なヒップホップ・グルーヴへIDM的な細密編集を加える。
つまりJ DillaとAphex Twinの間に橋を架ける。
これが『Los Angeles』の歴史的重要性の一つである。
一方、作品を単なる技術的革新として捉えると本質を逃す。
このアルバムには非常に強い「場所」の感覚がある。
ロサンゼルス。
その名前がタイトルになっている。
しかしBeach Boys的な海岸やHollywood的な華やかさではない。
Flying Lotusが描くのは、もっと断片的な都市だ。
高速道路。
渋滞。
住宅街。
夜。
低音が漏れる車。
古いジャズ・レコード。
クラブ。
人種的緊張。
孤独。
乾燥した空気。
そして広大すぎる都市の中で、人間同士が離れて存在する感覚。
「Orbit 405」はその象徴である。
高速道路を走ることが、宇宙の軌道を回ることになる。
非常に具体的な地名/道路と、巨大な宇宙的イメージが同時に存在する。
この「ローカルとコズミック」の接続がFlying Lotusの大きな特徴である。
彼の後の作品では、この宇宙性がさらに拡大する。
『Cosmogramma』では、ジャズ、ベース・ミュージック、宇宙、死、生が巨大な構造へ統合される。
『Los Angeles』はその前段階として、まだ街の地面に近い。
宇宙へ行きたい。
しかし車は405号線にいる。
この距離感が作品を魅力的にしている。
また、本作はLos AngelesのLow End Theory周辺で形成されたビート・シーンの文脈でも重要である。
2000年代後半、ロサンゼルスではヒップホップ、ダブステップ、IDM、ジャズ、エレクトロニカを横断するビートメイカーたちが集まり始めていた。
Flying Lotusはその中核となり、のちにBrainfeederを通してThundercat、Teebs、Tokimonsta、The Gaslamp Killer、Daedelus周辺の文化とも広く接続していく。
『Los Angeles』は、そのシーンが世界的に認識される大きな契機になった。
さらに重要なのは、「ヒップホップ」と「電子音楽」を別ジャンルとして考える必要を弱めたことである。
従来、ヒップホップはビートとサンプリング文化。
IDMは電子音響の実験。
ジャズは即興。
ソウルはヴォーカル。
それぞれ別の棚へ分類される。
Flying Lotusはそれらを同じ制作環境へ持ち込む。
その結果、「これはヒップホップなのか、エレクトロニカなのか」という質問そのものがあまり意味を持たなくなる。
このジャンル横断性は2010年代以降さらに一般化していく。
Kendrick Lamar周辺のジャズ/ヒップホップ融合。
ThundercatのフュージョンとR&B。
Brainfeederの作品群。
さらにローファイ・ヒップホップやビート・テープ文化まで、直接・間接の形でFlying Lotus以後の環境とつながっている。
ただし『Los Angeles』の音は、後の「チル・ビート」とはかなり違う。
確かに柔らかなコードはある。
短いインスト曲も多い。
しかし音楽は安眠用ではない。
ビートは落ち着かない。
低音は歪む。
ノイズが入る。
拍がずれる。
突然音が切れる。
つまりリスナーを安心させるより、常に少し不安定な状態へ置く。
この不安定さが都市の感覚と合う。
ロサンゼルスは美しい。
しかし同時に緊張している。
晴れている。
しかし孤独。
広い。
しかし閉塞感がある。
『Los Angeles』のビートも同じである。
暖かいコードと冷たい機械音。
ソウルとノイズ。
ヒップホップとIDM。
身体性と抽象性。
それらが同時に存在する。
アルバム構成も重要だ。
17曲という比較的多い曲数を持ちながら、個々の楽曲は短い。
これは映画的な構成に近い。
一つの長い場面を描くのではなく、短いカットを連続させる。
高速道路。
部屋。
クラブ。
夜空。
街角。
記憶。
夢。
それらが数分ごとに切り替わる。
だからアルバム全体を通して聴くと、一つの都市を断片的に移動しているような感覚が生まれる。
これはタイトル『Los Angeles』に非常によく合っている。
ロサンゼルスは徒歩で一つの中心街を巡る都市ではない。
複数の地域が高速道路で結ばれている。
都市そのものが断片的である。
Flying Lotusはその都市構造をアルバム形式へ置き換えたとも考えられる。
そして終盤になると、都市の外側へ精神性が広がる。
「Auntie’s Harp」。
「Testament」。
「Auntie’s Lock/Infinitum」。
ここでは家族、ジャズ、宗教的な感触、無限といったテーマが浮かび上がる。
アルバムはロサンゼルスという地理から始まり、最後にはもっと大きな時間へ到達する。
都市の現在。
ブラック・ミュージックの歴史。
家族の記憶。
未来の電子音楽。
それらを一つの流れにする。
これがFlying Lotusの作家性である。
『Los Angeles』は、後の『Cosmogramma』ほど豪華でも複雑でもない。
ジャズ・ミュージシャンとの大規模な共演も少ない。
しかし、その制約によってビートの核心が最も明確に露出している。
歪んだドラム。
揺れる低音。
短いサンプル。
霞んだシンセ。
断片的な声。
それだけで一つの都市が見える。
この簡潔さが本作の強さである。
2008年という時期を考えても、『Los Angeles』は転換点だった。
ヒップホップのビート文化と、クラブ・ミュージック/電子音楽の実験性が急速に近づいていた。
Flying Lotusはその境界で、どちらか一方へ属するのではなく、両方を自分の言語にした。
その結果、ビートは「ラップが乗る前の未完成品」ではなくなった。
ビートそのものが完成された作品になる。
ビートそのものが物語を持つ。
ビートそのものが都市を描ける。
『Los Angeles』は、その考え方を決定的な形で示したアルバムである。
後世から見れば、本作はFlying Lotusの飛躍作であるだけでなく、2010年代以降のビート・ミュージック、Brainfeeder、ジャズとヒップホップの再接続、エクスペリメンタルR&Bに至る流れの重要な起点の一つである。
そして何より、ロサンゼルスという巨大都市の美しさ、不安、距離、混雑、夢、歴史を、言葉ではなく「リズムのずれ」で描いた作品として、極めて独自の位置を占めている。
おすすめアルバム
Flying Lotus – Cosmogramma(2010)
『Los Angeles』で確立したビートの語法を、ジャズ、フュージョン、ベース・ミュージック、スピリチュアルなテーマへ大規模に拡張した代表作。Thundercatらも参加し、Flying Lotusの音楽宇宙が最も劇的に広がった一枚である。
J Dilla – Donuts(2006)
Flying Lotusのリズム感覚を理解するうえで不可欠な作品。サンプルを細かく切断し、クオンタイズから意図的に外れたドラムによって、人間的な揺れを持つビートを構築した。『Los Angeles』における「ずれたグルーヴ」の重要な前史である。
Daedelus – Exquisite Corpse(2005)
ロサンゼルスのビート・カルチャーにおける重要作。ヒップホップ、エレクトロニカ、古いレコードのサンプリングを自由に接続し、LAビート・シーンがFlying Lotus以前から持っていた実験性を理解できる。
Prefuse 73 – One Word Extinguisher(2003)
ヒップホップのサンプル編集とIDM的なデジタル処理を融合した重要作。ヴォーカル断片を音響素材として扱う方法や、ビートを細かく破壊・再構築する感覚は、『Los Angeles』へつながる2000年代実験的ビート・ミュージックの重要な系譜に位置する。
Autechre – Amber(1994)
ヒップホップ作品ではないが、機械的なリズム、抽象的な電子音、都市的な孤独を音響化した電子音楽の重要作。Flying Lotusがヒップホップの身体性とIDMの音響設計をどう接続したかを理解する際、その電子音楽側の背景として関連性の高い一枚である。

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