1. 歌詞の概要
「Addicted」は、Jorja Smithが2021年にリリースしたシングルで、彼女の持ち味である繊細で感情豊かなボーカルと、ダークでメランコリックなサウンドが見事に融合した一曲です。タイトルの“Addicted(依存している)”が示す通り、歌詞では感情的な執着や一方的な関係に囚われた状態を描いており、愛に苦しみながらもそれを手放せない葛藤がテーマとなっています。
曲調はジャズやトリップホップを思わせる浮遊感のあるリズムに、ディレイの効いたギターとエフェクト処理されたボーカルが重なり、まるで深い水の中で感情が揺れているかのような感覚を呼び起こします。Jorjaは、ただ恋人に愛されたいと願う人物を演じながら、どこか冷静で醒めた視点も保ちつつ、自己矛盾の中にある“人間らしさ”を静かに歌い上げています。
歌詞の中には、相手の注意や愛を引き寄せたいと願う切実な声がある一方で、それがいかに不健全であるかも本人が分かっている——そうした複雑な内面が、あくまでもミニマルで詩的な言葉で語られる点が、この楽曲の最大の魅力です。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Addicted」は、2021年5月にリリースされたEP『Be Right Back』の先行シングルとして発表されました。このEPは、Jorja Smithがデビューアルバム『Lost & Found』(2018年)以降に取り組んできた新しいサウンドアプローチの実験的な場であり、アルバム制作の合間に「自分のために書いた曲たち」と本人が語っているように、より個人的で内省的な楽曲が多く収録されています。
この曲のプロデュースにはRiccardo Damian(Adele、Samphaなどと仕事をするサウンドエンジニア)らが参加しており、生楽器を活かしつつ、独特の空気感を持つドリーミーなサウンドに仕上げられています。映像としても象徴的で、曲に合わせて公開されたミュージックビデオは、Jorja自身がディレクションを担当し、レトロなフィルム映像と現代的な構成が混在した幻想的な世界観が展開されました。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に「Addicted」の印象的な歌詞の一部を抜粋し、日本語訳を添えて紹介します。
The hardest thing
You are not addicted to me
I’m the only thing you should need
一番つらいのは
あなたが私に依存してくれないこと
本当なら、私だけを必要としてほしいのに
You should be addicted to me
You should be addicted to me
あなたは私に依存していてほしいの
本来そうあるべきなのよ
You’re making me feel
Like I’m not enough for you
あなたのせいで
私が“足りない存在”みたいに感じてしまう
And I know
That you need me now
でも私は分かってる
今のあなたには、私が必要なんでしょ?
Why won’t you let me in?
Is it me you want?
どうして心を開いてくれないの?
本当に求めているのは、私なの?
歌詞引用元: Genius – Addicted
4. 歌詞の考察
「Addicted」でJorja Smithが描くのは、いわゆる“依存関係”という言葉の持つネガティブな側面ではなく、むしろ“相手に愛されたいと願うこと”そのものがもはや依存であり、それに気づきながらも抗えないという人間の本質的な弱さです。
歌詞中の「You should be addicted to me(あなたは私に夢中であるべきなの)」という繰り返しには、愛を欲しがるあまり、自分に対する価値の確認を相手に委ねてしまう危うさが込められています。そして、それが「自分自身でもおかしいと分かっている」というメタ的な認識も同時に存在しているからこそ、この楽曲は単なる悲恋の歌ではなく、“感情を俯瞰する歌”としての深みを持っているのです。
また、「私は十分ではないのかもしれない」と感じてしまう自己評価の揺らぎも、多くのリスナーにとって共感できる部分でしょう。SNSや視覚情報が過剰に流通する現代において、「相手の注意を引きたい」という欲求は恋愛だけにとどまらない普遍的な問題であり、Jorjaはそれを非常に個人的な語りで、しかし象徴的に歌い上げています。
歌詞引用元: Genius – Addicted
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- In My Room by Frank Ocean
閉ざされた空間の中で感情を反芻するような構成が「Addicted」と共通。内省的で詩的なスタイルを持つ楽曲。 - Drew Barrymore by SZA
愛されたいのに愛されない自己矛盾を描いた名曲。女性の感情をリアルに描く現代R&Bの傑作。 - Motion Sickness by Phoebe Bridgers
恋愛における痛みと麻痺を静かに描くインディ・フォークの名曲。感情の複雑さという点でJorjaの世界と交差する。 - Self Control by Frank Ocean
依存と自由のはざまで揺れる恋愛を詩的に綴ったバラード。時間の流れを音楽で感じさせる構成も秀逸。
6. 恋愛と自我の境界線を問う「依存」のポートレート
「Addicted」は、Jorja Smithというアーティストが、“愛されること”と“自分を保つこと”のあいだで揺れる女性の姿をどこまでも繊細に、そして知的に描いた現代的なラブソングです。この曲は、恋愛がもたらす喜びよりもむしろ「空虚」「焦燥」「自己否定」といった負の感情に焦点を当てていますが、そこには決して悲観だけではない“自己認識”の萌芽が含まれています。
MVでは、70年代のVHSビデオを思わせる質感の映像と、現代的な編集技法が融合し、過去の恋愛の記憶が現在の自分を包み込むような感覚を視覚的に表現しています。それはまるで、恋愛の記憶が自分のアイデンティティの一部として残ってしまっているという構図をそのまま映像にしたようです。
Jorja Smithは「Addicted」を通じて、感情的に揺れることを否定せず、むしろそこにリアリティと美しさを見出しています。この“美しい揺らぎ”こそが、現代のポストソウル/ネオR&Bシーンにおける彼女の存在を特別なものにしているのです。自立した女性像の中に潜む「依存」という微細な感情のグラデーションを、これほどまでに丁寧に描けるシンガーは、そう多くありません。
コメント