
発売日:1994年2月18日 / ジャンル:インディー・ポップ、ギター・ポップ、ラウンジ・ポップ、ソフトロック、スウェディッシュ・ポップ
- 概要
- 全曲レビュー
- 1. Sick & Tired
- 2. Black Letter Day
- 3. In the Afternoon
- 4. Over the Water
- 5. After All…
- 6. Cloudy Sky
- 7. Our Space
- 8. Rise & Shine
- 9. Celia Inside
- 10. Sabbath Bloody Sabbath
- 11. Seems Hard
- 12. Last Song
- 13. Pikebubbles
- 14. Travelling with Charley
- 総評
- おすすめアルバム
- 1. The Cardigans – Life
- 2. The Cardigans – First Band on the Moon
- 3. Eggstone – In San Diego
- 4. Saint Etienne – Foxbase Alpha
- 5. Belle and Sebastian – If You’re Feeling Sinister
- 関連レビュー
概要
The Cardigansのデビュー・アルバム『Emmerdale』は、1990年代スウェーデン発インディー・ポップの洗練と、60年代ソフトロック/ラウンジ・ポップへの憧れを、瑞々しくも少し歪んだ形で提示した作品である。The Cardigansは、のちに「Lovefool」の世界的ヒットによって広く知られることになるが、その出発点である本作には、後年のメジャーなポップ感覚とは少し異なる、より素朴で、よりインディー的で、より北欧的な透明感がある。
バンドはスウェーデンのヨンショーピングで結成され、Nina Perssonの柔らかく淡いヴォーカル、Peter Svenssonのメロディアスなギターとソングライティング、Magnus Sveningssonのベース、Bengt Lagerbergのドラム、Lars-Olof Johanssonのキーボードを中心に、独自の音楽性を作り上げた。『Emmerdale』の時点で、すでにThe Cardigansの基本的な魅力は明確である。軽やかなメロディ、ジャズやボサノヴァを思わせる柔らかいコード感、60年代ポップへの愛情、そしてNina Perssonの感情を過剰に押し出さない歌唱が、甘いだけではない不思議な陰影を生んでいる。
アルバム・タイトル『Emmerdale』は、イギリスのテレビドラマのタイトルとしても知られる言葉だが、本作においては具体的な物語性よりも、どこか遠い郊外や田園、少し古風で架空の場所を思わせる響きとして機能している。The Cardigansの音楽には、現実の生活感と、古い映画やテレビ番組のような作り物めいた雰囲気が同時にある。『Emmerdale』というタイトルも、その少し人工的でノスタルジックな世界観に合っている。
本作が登場した1994年は、英米ではブリットポップ、グランジ以後のオルタナティヴ・ロック、シューゲイザー以後のギター・ポップ、アシッド・ジャズ、ラウンジ・リバイバルなどが交錯していた時期である。その中でThe Cardigansは、激しいギター・ロックや政治的なロックの方向へ向かわず、むしろ柔らかく、洒落ていて、少しレトロなポップを作った。だが、彼らの音楽は単なる懐古趣味ではない。甘いメロディの裏に、冷めた視線や少し不穏な歌詞が潜む点が重要である。
『Emmerdale』のサウンドは、次作『Life』でより完成されるラウンジ・ポップ的な美学の前段階にある。全体としてはまだ素朴で、録音も後年ほど磨き込まれていない。しかし、その未完成さが、デビュー作らしい魅力を生んでいる。ギターは軽く鳴り、キーボードは控えめに色を添え、リズムは柔らかく跳ねる。そこにNinaの声が乗ることで、曲は涼しげで親密な印象を持つ。
The Cardigansの歌詞は、表面的には恋愛や日常を扱っているように見えるが、その中には失望、退屈、距離、皮肉、自己防衛が含まれている。Nina Perssonの声は非常に甘く、優しく聞こえるが、その歌詞の内容は必ずしも無垢ではない。この「甘い声」と「少し冷たい感情」の対比が、The Cardigansの重要な個性である。『Emmerdale』でもその萌芽ははっきりと確認できる。
また、本作にはBlack Sabbathの「Sabbath Bloody Sabbath」のカバーが収録されていることも象徴的である。The Cardigansは後年もハードロック/メタル曲のカバーを柔らかなポップに変換することで知られるが、この選曲は彼らの音楽的なユーモアと転覆性を示している。重く暗いメタルの楽曲を、軽やかなポップとして再構成することで、ジャンルの固定観念を静かに崩している。
キャリア上、『Emmerdale』はThe Cardigansの原点であり、彼らが後に『Life』『First Band on the Moon』『Gran Turismo』で展開する多様な方向性の基礎が詰まっている。ここには、甘いスウェディッシュ・ポップ、60年代的なメロディ、ラウンジ的な軽さ、少しブラックなユーモア、冷たい感情がすでに同居している。世界的なヒット前の、初々しくも完成度の高い出発点である。
全曲レビュー
1. Sick & Tired
オープニング曲「Sick & Tired」は、The Cardigansの初期を代表する楽曲のひとつであり、『Emmerdale』の魅力をわかりやすく示す曲である。タイトルは「うんざりしている」「疲れ切っている」という意味を持つが、サウンドは非常に軽やかで、柔らかい。ここにThe Cardigansらしい反転がある。歌詞の感情は疲労や退屈に近いが、音楽はそれを深刻に叫ぶのではなく、涼しげなポップへ変換する。
ギターは明るく、リズムは軽快で、Nina Perssonのヴォーカルは柔らかく滑らかである。彼女の声は怒りや疲労を直接的に表現するのではなく、少し距離を置いて歌う。そのため、「Sick & Tired」という言葉も、激しい絶望ではなく、日常の中で静かに積もった倦怠として響く。
歌詞では、関係や状況に対する疲れ、同じことの繰り返しへのうんざりした感覚が描かれる。だが、その感情は劇的な破局にはならない。むしろ、淡々としたメロディに乗ることで、疲れが生活の一部として処理されているように感じられる。これは90年代インディー・ポップにおける重要な感覚である。大きく叫ぶのではなく、静かに冷める。
「Sick & Tired」は、The Cardigansが単に可愛らしいポップを作るバンドではなく、甘い音の中に倦怠や皮肉を埋め込むバンドであることを最初に示している。アルバムの入口として非常に優れた楽曲である。
2. Black Letter Day
「Black Letter Day」は、タイトルからして不吉な響きを持つ楽曲である。通常「red-letter day」は記念すべき日、特別な良い日を意味するが、それを「black letter」に変えることで、反対に暗い記念日、不運な日、忘れられない悪い日という意味合いが生まれる。The Cardigansらしい言葉のひねりがある曲である。
サウンドは柔らかく、メロディも穏やかだが、歌詞には暗い感情が含まれている。軽いギターと穏やかなリズムは、悲しみを大げさに演出しない。Ninaのヴォーカルも、落ち着いており、感情を過度に高ぶらせない。その抑制が、逆に曲の不穏さを強める。
歌詞では、何かが悪い方向へ変わってしまった日、あるいは関係の中で忘れられない傷が残った瞬間が暗示される。特別な日という概念を反転させることで、幸せな記憶だけでなく、失望や別れの日もまた人生に刻まれることが示される。
「Black Letter Day」は、『Emmerdale』の中で、The Cardigansのメランコリックな側面をよく表す曲である。美しく穏やかな音の中に、黒い記念日が静かに置かれている。その静かな苦味が印象的である。
3. In the Afternoon
「In the Afternoon」は、午後という時間をタイトルに持つ楽曲である。午後は、朝の始まりでも夜の終わりでもない、どこか中間的で気だるい時間帯である。The Cardigansの音楽には、この午後のような柔らかく曖昧な時間感覚がよく似合う。強い感情が爆発するのではなく、日常の中で少しずつ気分が揺れる。
サウンドは、穏やかなギターとリズムが中心で、非常に軽やかである。アルバム全体に共通するソフトロック的な感触があり、60年代ポップの影響も感じられる。派手なサビで大きく盛り上げるというより、曲全体が淡い光の中を漂うように進む。
歌詞では、午後の時間に生まれる思考や感情、関係の距離感が描かれる。午後は人を少しぼんやりさせる時間であり、決断よりも回想に向いている。この曲も、そのような状態を音にしている。恋愛や日常の感情が、はっきりした形を取る前の柔らかな段階にある。
「In the Afternoon」は、The Cardigansの初期作品が持つ穏やかな時間感覚を象徴する楽曲である。何か大きな出来事が起こるわけではない。しかし、その何も起こらない午後の空気が、曲の中心にある。
4. Over the Water
「Over the Water」は、水の向こう側というイメージを持つタイトルの楽曲である。水は距離、隔たり、移動、記憶、浄化を象徴することが多い。The Cardigansのポップには、軽やかさの中に遠さや届かなさがあり、この曲のタイトルもその感覚によく合っている。
サウンドは、柔らかなギターとキーボードが作る淡い空間が印象的である。曲は穏やかに流れ、過度にドラマティックにはならない。水面のように滑らかでありながら、その下には少し冷たい感情が沈んでいるように聞こえる。
歌詞では、相手との距離や、向こう側にある何かへの憧れが感じられる。水を越えるという行為は、近づくことでもあり、隔たりを意識することでもある。相手は見えるが、簡単には届かない。そのような関係性が、曲の穏やかなメロディの中に漂う。
「Over the Water」は、『Emmerdale』の中でも比較的静かな美しさを持つ曲である。The Cardigansの音楽にある透明感と距離感がよく表れており、北欧ポップらしい涼しさを感じさせる。
5. After All…
「After All…」は、タイトルに省略記号が付いていることからも、何かを言い切らない感覚を持つ楽曲である。「結局のところ」「それでもなお」といった意味を持つ言葉であり、関係や出来事を振り返った後に残る感情を示している。The Cardigansの歌詞には、このような曖昧な余韻がよく似合う。
サウンドは、穏やかなポップ・アレンジで、ギターとキーボードが柔らかく重なる。曲は大きく感情を爆発させず、淡々と進む。Nina Perssonのヴォーカルは、ここでも感情の説明を避け、言葉の余白を残すように歌う。
歌詞では、何かが終わった後、あるいは多くのことを経験した後に、それでも残る思いが描かれているように響く。After allという言葉には、諦めと受容が同時に含まれる。すべてを考えたうえで、それでもこうなのだ、という感覚である。
「After All…」は、アルバムの中で目立つ曲ではないが、The Cardigansの抑制された感情表現をよく示している。言い切らないことによって、かえって感情が広がる。デビュー作の繊細な魅力を支える一曲である。
6. Cloudy Sky
「Cloudy Sky」は、曇り空を意味するタイトルの楽曲である。晴天の明るさでもなく、嵐の激しさでもない。曇り空は、The Cardigansの音楽にある中間的な感情をよく象徴している。明るいようで少し暗く、穏やかなようで少し重い。そうした曖昧な気分が、この曲にはある。
サウンドは、軽やかなポップでありながら、メロディには少し陰りがある。Ninaの声は柔らかく、曇り空の下の光のように淡く響く。The Cardigansの初期作品は、音そのものが非常にやわらかく、感情を直接押しつけない。この曲もその美点を持っている。
歌詞では、気分の曇り、関係の不安、心の中にある薄い陰りが描かれる。曇り空は、絶望ではない。しかし、完全な幸福でもない。日常の中で理由もなく気分が晴れないことがある。その感覚を、The Cardigansは非常に上品なポップにしている。
「Cloudy Sky」は、アルバムの雰囲気を象徴する曲のひとつである。甘く、柔らかく、しかし少し曇っている。The Cardigansのメランコリーの質を理解するうえで重要である。
7. Our Space
「Our Space」は、二人だけの空間、あるいは共有された場所を意味するタイトルの楽曲である。The Cardigansの歌詞では、恋愛関係における距離感や、相手との間に作られる小さな世界がよく描かれる。この曲も、その親密さと閉鎖性の両方を感じさせる。
サウンドは、控えめで、柔らかなギターとリズムが中心である。曲全体には落ち着いた雰囲気があり、派手な展開よりも、空間の質感が重視されている。タイトル通り、曲そのものが小さな部屋や私的な場所のように感じられる。
歌詞では、二人の間にある共有された空間が描かれるが、それは必ずしも完全に安全な場所ではない。Our spaceという言葉には、親密さと同時に、外の世界から切り離された閉塞感もある。二人だけの場所は心地よいが、そこに留まり続けることは時に息苦しくもなる。
「Our Space」は、The Cardigansのインディー・ポップ的な親密さを示す曲である。大きな物語ではなく、小さな空間の中で揺れる感情を、穏やかな音で描いている。
8. Rise & Shine
「Rise & Shine」は、The Cardigans初期を代表する楽曲のひとつであり、『Emmerdale』の中でも特に明るく、印象的なポップ・ソングである。タイトルは「起きて輝こう」という朝の挨拶のような表現であり、前向きな響きを持つ。しかしThe Cardigansの場合、その明るさは完全に無邪気ではない。
サウンドは軽快で、メロディは非常にキャッチーである。ギターとリズムの弾み方が心地よく、Nina Perssonの声も柔らかく曲を導く。初期The Cardigansのギター・ポップとしての魅力がよく出ており、後のより洗練されたポップ路線にもつながる楽曲である。
歌詞では、目を覚ますこと、立ち上がること、前へ進むことが暗示される。だが、その言葉には少し自己暗示のような響きもある。人は本当に元気な時より、むしろ元気を出さなければならない時に「Rise & Shine」と言う。この曲には、そのような明るさの裏の小さな疲れも感じられる。
「Rise & Shine」は、本作の中で最もポップな瞬間のひとつである。軽やかで覚えやすく、The Cardigansの魅力を広く伝える楽曲であると同時に、甘いだけではない微妙な感情の陰影も持っている。
9. Celia Inside
「Celia Inside」は、タイトルに人名らしき「Celia」が登場する楽曲である。内側にいるCelia、あるいはCeliaという人物の内面を示すようなタイトルであり、曲には少し個人的で内向きの響きがある。The Cardigansの初期作品では、こうした小さな人物像や曖昧な関係が、柔らかなポップの中に描かれる。
サウンドは、穏やかでメロディアスであり、バンドのラウンジ・ポップ的な側面も感じられる。ギターとキーボードのアレンジは控えめながら丁寧で、Ninaのヴォーカルが曲の中心に置かれている。彼女の声は、Celiaという人物を説明するのではなく、その存在を淡く照らすように響く。
歌詞では、Celiaという人物の内側にある感情や、語り手との関係が暗示される。明確なストーリーはないが、外からは見えない内面に触れようとする感覚がある。The Cardigansは、心理を直接説明せず、短いフレーズとメロディによって人物像を浮かび上がらせる。
「Celia Inside」は、アルバムの中で静かな存在感を持つ曲である。派手ではないが、The Cardigansの繊細な人物描写と柔らかな音作りがよく表れている。
10. Sabbath Bloody Sabbath
「Sabbath Bloody Sabbath」は、Black Sabbathの楽曲をThe Cardigans流にカバーしたものであり、本作の中でも最も意外性のある選曲である。Black Sabbathはヘヴィメタルの祖として知られ、重く、暗く、リフ中心のサウンドを特徴とする。一方、The Cardigansは柔らかなスウェディッシュ・ポップとして知られる。この両者の落差こそが、このカバーの面白さである。
原曲の重さや暗黒性は大幅に抑えられ、The Cardigansの軽やかなアレンジによって、まったく別の質感へ変換されている。ギターやリズムは過度にヘヴィにならず、Ninaの声も原曲の劇的な重さとは対照的に淡く響く。しかし、メロディやコードの持つ不穏さは残っており、その結果、甘いポップの中に奇妙な影が生まれている。
このカバーは、The Cardigansの音楽的なユーモアと知性を示している。彼らはヘヴィメタルをそのまま再現するのではなく、自分たちの美学の中へ取り込み、ジャンルのイメージをずらす。重いものを軽くすることで、原曲の別の側面が浮かび上がる。
「Sabbath Bloody Sabbath」は、『Emmerdale』の中で異色でありながら、The Cardigansの本質をよく示す曲である。彼らのポップは無垢なだけではなく、常に少しの皮肉と転覆性を持っている。そのことを明確に示す重要なカバーである。
11. Seems Hard
「Seems Hard」は、タイトル通り「難しそうに思える」「つらそうに見える」という感覚を持つ楽曲である。The Cardigansの歌詞には、感情を断定するのではなく、「seems」のような曖昧な表現がよく似合う。確信ではなく、印象。大きな悲劇ではなく、少しずつ感じられる困難。そのような感情が曲の中心にある。
サウンドは、穏やかで控えめなポップであり、アルバム終盤の静かな流れを支えている。メロディには少し陰りがあり、Ninaの声はその曖昧な痛みを優しく包む。The Cardigansの音楽は、つらさを直接ぶつけるのではなく、柔らかい音の中に置くことで、かえって深く響かせる。
歌詞では、関係や状況が難しくなっていく感覚が描かれる。だが、それは決定的な破局ではなく、うまくいかないかもしれないという予感に近い。人間関係の中で、何かが少しずつ難しくなる瞬間がある。この曲は、その微妙な変化を捉えている。
「Seems Hard」は、アルバムの中では派手な曲ではないが、The Cardigansの繊細なメランコリーを支える重要な楽曲である。控えめな表現の中に、小さな重みがある。
12. Last Song
アルバム本編の最後に置かれる「Last Song」は、タイトル通り終曲として機能する楽曲である。非常に直接的なタイトルだが、そこには少しユーモアもある。最後の曲を「Last Song」と名付ける素朴さは、デビュー作らしい率直さでもあり、同時にThe Cardigansらしい少し冷めた遊び心でもある。
サウンドは、穏やかで、アルバムを静かに閉じるような雰囲気を持つ。大きなクライマックスを作るのではなく、淡々と終わりへ向かう。この終わり方は、『Emmerdale』全体の性格に合っている。The Cardigansは感情を大きく爆発させるバンドではなく、静かな余韻を大切にするバンドである。
歌詞では、終わり、別れ、締めくくりの感覚が漂う。だが、それは劇的な終幕ではない。むしろ、日常の中で一つの時間が静かに終わるような感覚である。最後の歌という言葉には、名残惜しさと同時に、少し淡泊な距離感もある。
「Last Song」は、『Emmerdale』を優しく閉じる曲である。The Cardigansのデビュー作が持つ初々しさ、控えめなメランコリー、柔らかなポップ感覚が、最後まで保たれている。
13. Pikebubbles
「Pikebubbles」は、一部のエディションに収録された楽曲であり、The Cardigans初期の遊び心と軽やかなポップ感覚を感じさせる曲である。タイトルは意味が明確ではなく、少し童話的で奇妙な響きを持つ。このような言葉の感触も、The Cardigansの初期作品らしい魅力である。
サウンドは軽く、明るく、コンパクトである。デビュー期のThe Cardigansらしい、素朴なギター・ポップの質感があり、後年の洗練されたサウンドと比べると、よりラフでインディー的である。このラフさが、初期作品の魅力でもある。
歌詞の内容よりも、曲全体の雰囲気が重要である。奇妙なタイトル、柔らかなメロディ、軽いアレンジが組み合わさり、アルバムの余白を補うような小品として機能する。The Cardigansのポップは、深刻な感情だけでなく、こうした軽い遊びの感覚も含んでいる。
「Pikebubbles」は、アルバム本編の中心曲ではないが、初期The Cardigansのチャーミングな側面を理解するうえで楽しめる楽曲である。
14. Travelling with Charley
「Travelling with Charley」も、エディションによって収録される楽曲であり、タイトルからは旅と文学的な響きが感じられる。John Steinbeckの紀行作品を連想させるタイトルでもあり、The Cardigansの音楽にある少し知的でレトロな趣味を感じさせる。
サウンドは、穏やかなギター・ポップであり、移動の感覚を強く劇的に描くというより、淡い旅の気分を漂わせる。The Cardigansにおける旅は、壮大な冒険ではなく、日常から少し離れること、見知らぬ場所へ向かう時の小さな不安と期待に近い。
歌詞では、移動、同行者、距離、観察といったテーマが感じられる。Charleyという名前が具体性を与える一方で、曲全体は明確な物語よりも、旅の雰囲気を重視している。Ninaの声は、どこか車窓の風景を眺めるように淡々としている。
「Travelling with Charley」は、The Cardigansの初期作品が持つ柔らかなロード感覚を示す曲である。大きな代表曲ではないが、アルバム周辺の世界を広げる小品として興味深い。
総評
『Emmerdale』は、The Cardigansのデビュー作として、彼らの基本的な美学を瑞々しく提示したアルバムである。後の『Life』や『First Band on the Moon』に比べると、サウンドはまだ素朴で、アレンジも控えめである。しかし、その未完成さの中に、初期ならではの魅力がある。軽やかなギター・ポップ、柔らかいヴォーカル、60年代ポップへの憧れ、少し冷たい歌詞が、すでに明確に形になっている。
本作の最大の特徴は、甘さと倦怠の同居である。The Cardigansの音楽は、表面だけを聴けば非常に可愛らしく、穏やかで、聴きやすい。しかし、歌詞には「Sick & Tired」「Black Letter Day」「Seems Hard」のように、疲労、失望、困難、曇り空のような感情が含まれている。Nina Perssonの声が甘く淡いからこそ、その暗さは露骨にならず、むしろ静かな違和感として残る。
音楽的には、スウェディッシュ・ポップの洗練と、インディー・ギター・ポップの素朴さが結びついている。The Cardigansは、ABBA以降のスウェーデン・ポップが持つメロディの強さを受け継ぎながら、90年代インディーらしい控えめな音作りと、60年代ラウンジ/ソフトロックの感覚を組み合わせた。結果として、『Emmerdale』は、派手ではないが非常に上品なポップ・アルバムになっている。
Black Sabbathの「Sabbath Bloody Sabbath」のカバーは、本作の中で特に象徴的である。The Cardigansは、ヘヴィメタルの重さを柔らかなポップに変換することで、ジャンルのイメージを静かに転覆する。これは彼らの音楽が単なる可愛いポップではなく、遊び心と皮肉を持っていることを示している。後年の彼らが持つブラックなユーモアの萌芽が、このカバーに表れている。
一方で、『Emmerdale』は後の代表作と比べると、アルバム全体の完成度や音の華やかさでは控えめである。『Life』のようなラウンジ・ポップとしての完成された美学や、『First Band on the Moon』のような世界的ヒットの強さ、『Gran Turismo』のような冷たい電子的サウンドはまだない。しかし、その分、本作にはバンドが自分たちの音を探しながら、すでに高いメロディ感覚を示している初々しさがある。
The Cardigansのキャリア全体を考えると、『Emmerdale』は重要な出発点である。ここには、後の作品で発展する要素がすべて小さく存在している。Nina Perssonの声、Peter Svenssonのソングライティング、柔らかいが冷めた感情、レトロなポップ感覚、ジャンルをずらすユーモア。それらが、まだ控えめながら確かに刻まれている。
日本のリスナーにとって本作は、The Cardigansを「Lovefool」だけで知っている場合、新鮮に響く可能性が高い。ここには大ヒット曲の派手さはないが、北欧インディー・ポップらしい透明感と、静かなメランコリーがある。Camera Obscura、Belle and Sebastian、Saint Etienne、The Sundays、Club 8、Eggstone、初期Stereolab、渋谷系周辺の音楽に親しみがあるリスナーには、特に相性がよい。
『Emmerdale』は、曇り空の下で鳴る柔らかなポップ・アルバムである。甘く、軽く、上品でありながら、どこか疲れていて、少し黒い。The Cardigansはこの作品で、北欧ポップの透明感とインディー・ポップの親密さを結びつけた。世界的な成功へ向かう前の、控えめだが非常に魅力的なデビュー作である。
おすすめアルバム
1. The Cardigans – Life
『Emmerdale』の次作であり、The Cardigans初期のラウンジ・ポップ/ソフトロック的な美学がより洗練された作品。「Carnival」などを収録し、甘く洒落たサウンドと少し冷たい感情のバランスが高い完成度で示されている。『Emmerdale』を気に入ったリスナーには必聴である。
2. The Cardigans – First Band on the Moon
世界的ヒット「Lovefool」を収録した代表作。『Emmerdale』よりもポップな輪郭が明確になり、メロディの強さと皮肉な歌詞がさらに際立っている。The Cardigansが国際的に知られるきっかけとなった重要作である。
3. Eggstone – In San Diego
The Cardigansと同じくスウェーデンのポップ・シーンから登場したバンドによる名盤。60年代ポップへの愛情、軽やかなメロディ、洗練されたアレンジという点で『Emmerdale』と親和性が高い。スウェディッシュ・ポップの文脈を理解するうえで重要である。
4. Saint Etienne – Foxbase Alpha
60年代ポップ、クラブ・ミュージック、ラウンジ感覚を組み合わせた英国インディー・ポップの重要作。The Cardigansのレトロで洒落たポップ感覚と響き合う。よりダンス/クラブ寄りの質感を持つ関連作である。
5. Belle and Sebastian – If You’re Feeling Sinister
柔らかなメロディ、繊細な歌詞、インディー・ポップの親密さを代表する作品。The Cardigansよりもフォーク寄りで物語性が強いが、甘さと皮肉、優しい音の中にある孤独という点で共通している。1990年代インディー・ポップの重要作である。

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