
発売日:2005年1月24日
ジャンル:ダンス・パンク、エレクトロクラッシュ、インディー・ロック、ポストパンク・リヴァイヴァル、ディスコ・パンク、エレクトロニック・ロック
概要
LCD Soundsystem の LCD Soundsystem は、2005年に発表されたデビュー・アルバムであり、2000年代前半のニューヨーク・インディー・シーンとダンス・ミュージックの接点を象徴する重要作である。James Murphy を中心とするLCD Soundsystemは、ロック・バンドの身体性、ディスコ/ハウス/テクノの反復、ポストパンクの鋭さ、そしてクラブ・カルチャーへの深い知識を併せ持つプロジェクトとして登場した。彼らの音楽は、ギター・ロックとダンス・ミュージックを単純に混ぜたものではない。むしろ、ロックを踊れる音楽へ戻し、ダンス・ミュージックにロック的な皮肉と疲労感を持ち込むことで、2000年代の都市的な感覚を鋭く表現した。
本作が登場した時期、ニューヨークではThe Strokes、Yeah Yeah Yeahs、Interpol、Liars、The Raptureなどが注目を集めていた。ポストパンク・リヴァイヴァル、ガレージ・ロック・リヴァイヴァル、ダンス・パンクが交差し、ロック・バンドが再びクラブのリズムと接続しようとしていた時代である。その中でLCD Soundsystemは、単なる若いロック・バンドとは異なる立場にいた。James Murphy はすでにプロデューサー、DJ、エンジニアとしての経験を持ち、DFA Records の中心人物でもあった。つまりLCD Soundsystemは、ロックの内部からだけでなく、クラブ・ミュージックとレコード文化の知識を持つ人物によって組み立てられたプロジェクトだった。
アルバム LCD Soundsystem は、初期シングル群を含む作品として構成されており、しばしば2枚組の形で語られることも多い。特に「Losing My Edge」は、LCD Soundsystem の存在を決定づけた楽曲であり、インディー・ロック、クラブ・カルチャー、音楽マニアの自意識を痛烈に風刺した名曲である。「Daft Punk Is Playing at My House」は、より直接的なダンス・ロック・アンセムとして機能し、「Tribulations」「Movement」「Disco Infiltrator」などは、ポストパンク、ディスコ、エレクトロニック・ミュージックの混成を示す。
本作の大きなテーマは、「知りすぎてしまった世代の踊り」である。James Murphy の歌詞には、音楽的知識、老い、流行への焦り、シーンの中での立ち位置、クールでありたいという欲望と、その欲望への自己嫌悪が常にある。LCD Soundsystem の音楽は非常に踊れるが、その踊りは無邪気ではない。そこには、もう若くないことへの不安、若い世代に場所を奪われる感覚、過去のレコードを知っていることへの誇りと滑稽さがある。クラブで踊りながら、自分がどれだけ時代遅れになっているかを考えてしまうような音楽である。
音楽的には、Talking Heads、ESG、Liquid Liquid、Suicide、The Fall、Can、Brian Eno、New Order、Daft Punk、David Bowie、Arthur Russell、Chic、The Human League などの影響が感じられる。しかし、LCD Soundsystem はそれらを単なる引用としてではなく、2000年代のニューヨークの夜に再配置する。反復するベースライン、硬いドラム、パーカッション、シンセ、ギターのノイズ、淡々とした語りが重なり、曲はしばしば長いグルーヴとして展開される。ロックの曲構造よりも、クラブ・トラックのような積み上げが重視される点が特徴である。
James Murphy のヴォーカルは、伝統的な意味での歌唱力を前面に出すものではない。彼は叫び、語り、ぼやき、皮肉を言い、時に切実に歌う。その声は、完璧なポップ・シンガーの声ではなく、知識と疲労を抱えた都市生活者の声である。だからこそ、彼の歌はLCD Soundsystemの音楽に不可欠である。機械的なビートや冷たいシンセの上に、人間の不格好な自意識が乗ることで、曲に独特の温度が生まれる。
LCD Soundsystem は、後の Sound of Silver や This Is Happening と比べると、まだ散漫で荒削りな部分がある。後年の作品では、James Murphy のソングライティングはより感情的で、アルバム全体の構成も洗練されていく。しかし本作には、デビュー作ならではの実験性、シングル集的な勢い、ニューヨークの夜のざわつきがある。これは、LCD Soundsystemが何者であるかを最初に強烈に示した作品であり、2000年代ダンス・パンクの決定的な記録である。
全曲レビュー
1. Daft Punk Is Playing at My House
「Daft Punk Is Playing at My House」は、本作の冒頭にふさわしいダンス・ロック・アンセムである。タイトルは「Daft Punkが自分の家で演奏している」という、ありえないようで、クラブ・カルチャー好きなら一度は夢見るような状況を描いている。ここには、ホーム・パーティー、DJ文化、インディー・ロックの社交場、そして有名アーティストを自分の私的空間へ呼び込みたいという欲望が込められている。
サウンドは極めて直線的で、硬いドラム、ファンキーなベース、ギターとシンセが絡み合う。曲の骨格はシンプルだが、反復によって高揚が生まれる。LCD Soundsystemの特徴である、ロック・バンドの音とクラブ・トラックの構造がここで明確に提示される。ギター・ロックでありながら、リフよりもグルーヴが中心にある。
歌詞では、Daft Punkを自宅に呼ぶという夢想が、滑稽でありながら切実に語られる。これは単なるファン心理ではなく、音楽シーンの中で自分の場所を確保したいという願望でもある。自分の家がクラブになり、世界的なアーティストがそこで演奏する。その妄想は、音楽オタクの承認欲求とパーティー文化の快楽を同時に示している。
「Daft Punk Is Playing at My House」は、LCD Soundsystemの入口として非常に分かりやすい曲である。知的な皮肉よりも先に、まず踊れることが重要である。そして踊った後で、そのタイトルの可笑しさと自己意識がじわじわ効いてくる。
2. Too Much Love
「Too Much Love」は、過剰な愛情、あるいは感情の過剰が関係を壊していくことをテーマにした楽曲である。タイトルだけを見るとロマンティックな曲にも思えるが、LCD Soundsystemの文脈では、愛が幸福ではなく、負担や圧力として響く。
サウンドはタイトで、エレクトロニックなリズムとポストパンク的な冷たさがある。ベースとドラムの反復が曲を支え、James Murphy の声は感情を爆発させるより、少し距離を置いて状況を観察するように響く。この距離感が、曲に独特の不安を与えている。
歌詞では、愛情が多すぎることによって生まれる窒息感が描かれる。愛は一般的には肯定的なものとして扱われるが、過剰になれば相手を支配し、自分自身も疲弊させる。LCD Soundsystem はここで、恋愛を甘い感情ではなく、都市生活者の不器用な関係性として扱っている。
「Too Much Love」は、アルバムの序盤で、LCD Soundsystemが単なるパーティー・バンドではないことを示す曲である。踊れるビートの中に、人間関係の気まずさと疲労が埋め込まれている。
3. Tribulations
「Tribulations」は、本作の中でも特に完成度の高いダンス・ポップ/エレクトロ・ロック曲である。タイトルは「苦難」「試練」を意味し、軽快なサウンドとは裏腹に、歌詞には人間関係の不安、失敗、責められる感覚がにじんでいる。
サウンドはシンセポップ的で、明確なフックを持つ。反復するシンセ・フレーズ、ダンサブルなビート、淡々としたヴォーカルが組み合わさり、曲は非常に聴きやすい。LCD Soundsystem の楽曲の中でも、ポップな入口として機能しやすい曲である。
歌詞では、誰かに責められ、関係の中で自分の過ちや弱さを突きつけられるような感覚が描かれる。Tribulations という言葉は宗教的な苦難の響きも持つが、ここでは日常的な人間関係の中で繰り返される小さな試練として響く。踊れる音楽でありながら、心は落ち着かない。
「Tribulations」は、LCD Soundsystem がダンス・ミュージックの明快さと、インディー・ロック的な神経質さをうまく結びつけた楽曲である。夜のクラブで鳴る曲でありながら、帰り道に自分の失敗を思い出すような曲でもある。
4. Movement
「Movement」は、タイトル通り「動き」をテーマにした楽曲であり、アルバムの中でも最も攻撃的でロック色の強い一曲である。ここでのMovementは、身体の動きであると同時に、音楽ムーヴメント、流行、シーンの動きへの皮肉としても読める。
サウンドは非常に荒々しく、ポストパンクやノイズ・ロックの影響が強い。ギターは歪み、ドラムは直線的で、James Murphy の声も叫びに近い。LCD Soundsystemのダンス・ミュージック的な面よりも、ロック・バンドとしての衝動が前面に出ている。
歌詞では、「これはムーヴメントだ」という言葉の空虚さが批判される。音楽シーンでは、新しい流行が生まれるたびに、それがムーヴメントとして名付けられ、メディアによって消費される。だが、その実態はしばしば曖昧で、商業的なラベルにすぎない。James Murphy はその仕組みを理解しながら、自分もまたその中にいることを自覚している。
「Movement」は、初期LCD Soundsystemの反射神経の鋭さを示す曲である。踊るというより、身体を突き動かされるような曲であり、ダンス・パンクという言葉の「パンク」の部分が最も強く表れている。
5. Never as Tired as When I’m Waking Up
「Never as Tired as When I’m Waking Up」は、アルバムの流れの中で大きく空気を変える楽曲である。タイトルは「目覚めている時ほど疲れていることはない」という意味で、朝の疲労、現実へ戻ることへの抵抗、夜の後に訪れる空虚さを感じさせる。LCD Soundsystem の中でも、特にサイケデリックでロック寄りのバラードである。
サウンドはThe Beatles後期やサイケデリック・ロックを思わせる柔らかさを持ち、前曲までの硬いダンス・ビートから一歩引いている。ギターとメロディは穏やかだが、歌詞には深い疲労がある。この曲は、夜のパーティーの後に訪れる朝の重さを音楽化しているように聴こえる。
歌詞では、目覚めることが回復ではなく、むしろ疲労の始まりとして描かれる。眠っている間は現実から離れられるが、起きると再び自分自身と世界に向き合わなければならない。これは、LCD Soundsystemの作品に繰り返し登場する「夜」と「朝」の対比にもつながる。
「Never as Tired as When I’m Waking Up」は、アルバムの中でJames Murphyのメロディ志向と、精神的な疲労感がはっきり表れた楽曲である。ダンス・パンクのイメージだけでは捉えきれない、LCD Soundsystemの感情的な奥行きを示している。
6. On Repeat
「On Repeat」は、反復をテーマにした楽曲であり、LCD Soundsystemの音楽的な方法論そのものをタイトルにしているような曲である。ダンス・ミュージックにおいて反復は快楽の基礎であり、同時に日常生活の退屈や強迫性を象徴するものでもある。
曲は長く、グルーヴを積み上げながら進む。ベースとドラムの反復が中心になり、その上にシンセやギター、ヴォーカルが少しずつ加わる。ポップ・ソング的な展開よりも、クラブ・トラック的な持続が重視されている。LCD Soundsystem の本質である、ロックとダンス・ミュージックの融合がここで明確に現れる。
歌詞では、同じことが繰り返される感覚、音楽をリピートすること、生活の中で何度も同じパターンに戻ることが描かれる。反復は快楽でもあり、逃れられない構造でもある。踊ることは自由に見えるが、実際には同じビートに従って身体を動かしている。その矛盾が曲にある。
「On Repeat」は、LCD Soundsystemの美学を理解するうえで重要な曲である。変化よりも持続、展開よりも積み上げ、メッセージよりもグルーヴ。その中で、反復する現代生活の感覚が浮かび上がる。
7. Thrills
「Thrills」は、タイトル通り刺激や興奮を求める感覚を扱う楽曲である。ただし、この曲にある刺激は、幸福な高揚というより、冷たく、やや機械的で、不気味な快楽に近い。LCD Soundsystem の中でも、エレクトロニックで硬質な側面が強く出ている。
サウンドはミニマルで、反復する電子音とリズムが中心になる。曲全体にはSuicideや初期エレクトロニック・パンクの影響が感じられ、ロックの暖かさよりも、都市の人工的な冷たさが前面に出る。James Murphy の声も、感情を抑えた語りに近い。
歌詞では、刺激を求めること自体が空虚な反復になっている様子が示される。人は新しいスリルを求めるが、それはすぐに消費され、また次の刺激が必要になる。クラブ、ドラッグ、音楽、恋愛、流行。すべてがスリルを生むが、持続的な充足にはならない。
「Thrills」は、アルバムの中で冷たい実験性を担う楽曲である。ダンス・ミュージックの快楽を肯定しながら、その快楽がどれほど機械的で空虚になりうるかも示している。
8. Disco Infiltrator
「Disco Infiltrator」は、タイトルからしてLCD Soundsystemの音楽的立場をよく示す楽曲である。「ディスコへの潜入者」という言葉には、ロック側からディスコへ侵入する者、あるいはディスコのリズムをインディー・ロックへ忍び込ませる者という二重の意味がある。
サウンドはファンキーで、ディスコ的な反復とポストパンク的な硬さが組み合わされている。ベースラインは身体を動かし、ドラムはタイトにグルーヴを支える。だが、曲全体には滑らかなディスコの豪華さではなく、少し歪んだ地下室のような感触がある。ここがLCD Soundsystemらしい。
歌詞では、ディスコという空間へ入り込むこと、音楽的な境界を越えることが暗示される。かつてロックとディスコはしばしば対立するものとして扱われたが、LCD Soundsystem はその対立を無意味なものとして扱う。踊れることと知的であること、反復と批評性、快楽と皮肉は共存できる。
「Disco Infiltrator」は、本作のダンス・パンク的な核心を持つ曲である。LCD Soundsystem はディスコを外部から引用するのではなく、その内部へ入り込み、ロックの神経質さと結びつけている。
9. Great Release
「Great Release」は、アルバム本編の終盤に置かれる、静かで感情的な楽曲である。タイトルは「大きな解放」を意味し、ここまで続いてきた反復、皮肉、疲労、刺激の後に、少し開かれた感情が現れる。LCD Soundsystem のデビュー作の中でも、後年の名曲群につながるメランコリックな側面が強く出た曲である。
サウンドはゆったりとしており、Brian Eno やDavid Bowieのベルリン期を思わせるような、静かな電子的空間がある。派手なビートはなく、音は広がり、James Murphy の声も比較的素直に響く。ここでは踊ることよりも、感情の余韻が重視されている。
歌詞では、解放されたいという願い、あるいは何かが終わった後の静けさが描かれる。大きな解放とは、歓喜だけでなく、疲れ切った後にようやく力が抜ける感覚でもある。アルバム全体の騒がしい自意識が、ここで一度静かにほどける。
「Great Release」は、LCD Soundsystemが単なるシーン批評やダンス・トラックのプロジェクトではなく、深いメランコリーを扱える存在であることを示している。後の「Someone Great」や「All My Friends」へつながる感情の萌芽が、ここにはある。
10. Losing My Edge
「Losing My Edge」は、LCD Soundsystemの初期を決定づけた代表曲であり、2000年代インディー・カルチャーを象徴する楽曲のひとつである。タイトルは「自分の鋭さを失っている」「先端性を失いつつある」という意味で、音楽マニア、DJ、シーンの古参、知識人ぶったリスナーが、若い世代に自分の場所を奪われる不安を語る曲である。
曲はミニマルなビートとベースの反復から始まり、James Murphy の語りが乗る。彼は歌うというより、延々と自分の音楽的知識、過去の現場経験、レコード収集、シーンへの関与を語り続ける。その語りは滑稽でありながら、非常に切実でもある。知識を持っていることがアイデンティティだった人物が、その知識の価値が失われることに怯えている。
歌詞では、「自分はそこにいた」「自分は知っていた」「自分は最初に聴いていた」という主張が繰り返される。これは音楽ファンの優越感を風刺しているが、同時にJames Murphy自身の自己批判でもある。古いレコードを知っていること、正しいバンドを正しい時期に聴いていたこと、それがクールさの証明になる世界の滑稽さが暴かれる。
「Losing My Edge」の本質は、笑いと痛みの両立にある。聴き手はその人物を笑うことができるが、音楽に詳しい人ほど、その人物が自分自身でもあることに気づく。LCD Soundsystem はここで、インディー・カルチャーの自意識を完璧に音楽化した。
この曲は、単なる風刺曲ではなく、2000年代以降の音楽消費のあり方を先取りしている。インターネットによって知識の希少性が失われ、誰もが過去の音楽にアクセスできる時代に、古参であることの価値は揺らぐ。「Losing My Edge」は、その不安をクラブ・トラックとして表現した歴史的な楽曲である。
11. Beat Connection
「Beat Connection」は、LCD Soundsystem の初期シングルの一つであり、バンドのダンス・ミュージックへの深い理解を示す楽曲である。タイトルは「ビートの接続」を意味し、リズムによって人と人、音と身体、クラブとロックが接続される感覚を表している。
サウンドは長く反復的で、パーカッションとベースが中心になる。曲は急いでサビへ向かうのではなく、ゆっくりとグルーヴを積み上げる。ここにはハウスやディスコの構造があり、ロック・バンド的な起承転結よりも、ダンスフロアでの持続が重視される。
歌詞は多くを語るというより、音の中に声が溶け込むように配置されている。LCD Soundsystem にとって、言葉は重要だが、時にはビートそのものが主役になる。この曲では、身体が先に反応し、意味は後からついてくる。
「Beat Connection」は、LCD Soundsystemがインディー・ロックの文脈だけでなく、クラブ・トラックとしても機能する音楽を作っていたことを示す重要な曲である。踊れることが思想であり、ビートが人をつなぐという感覚がここにある。
12. Give It Up
「Give It Up」は、初期LCD Soundsystemの中でも、ロックの勢いとダンス・ビートの単純な快楽が強く出た曲である。タイトルは「諦めろ」「差し出せ」「解き放て」といった複数の意味を持ち、曲全体には身体を動かせという直接的な圧力がある。
サウンドは荒く、ギターとリズムが前面に出る。ダンス・パンクという言葉が非常に似合う曲であり、クラブでもライヴハウスでも機能するようなエネルギーがある。James Murphy の声も、ここでは皮肉な語りより、より身体的な叫びに近い。
歌詞は複雑な物語というより、フレーズの反復と勢いによって成り立っている。LCD Soundsystem の中には、知的な自己批評の曲と、単純に身体を動かすための曲があるが、この曲は後者の要素が強い。ただし、その単純さは意図的である。過剰に考えることを一度手放し、ビートに身を任せることもまた、LCD Soundsystemの重要な側面である。
「Give It Up」は、初期のライヴ感、荒さ、フロア向けのエネルギーをよく表す楽曲である。洗練される前のLCD Soundsystemの生々しい魅力がある。
13. Tired
「Tired」は、タイトル通り疲労をテーマにした楽曲である。LCD Soundsystem の作品には、繰り返し「疲れ」が登場する。夜遊びの疲れ、シーンに関わり続ける疲れ、若く見せようとする疲れ、音楽的にクールであろうとする疲れ。この曲は、その感覚を荒々しいロックとして鳴らしている。
サウンドはノイジーで、パンク的な勢いが強い。洗練されたダンス・トラックではなく、疲れをそのまま音にしたような粗さがある。James Murphy の声も、タイトル通り消耗しているように響く。だが、その疲労は脱力ではなく、苛立ちを伴っている。
歌詞では、もう疲れたという感覚が反復される。疲れているのに止まれない。シーンも音楽も人間関係も続いていく。LCD Soundsystem は、快楽の後に残る疲労を非常に重要なテーマとして扱う。この曲は、その疲労を隠さず、むしろロックのエネルギーへ変換している。
「Tired」は、アルバム全体の精神を裏側から支える曲である。踊ること、知ること、競うこと、愛されること。そのすべてに疲れている。それでも音楽は止まらない。
14. Yeah
「Yeah」は、LCD Soundsystem初期の最重要曲のひとつであり、長尺のダンス・トラックとして、彼らの反復と高揚の美学を最大限に示す楽曲である。タイトルは極めて単純で、言葉としては「Yeah」の反復に近い。しかし、その単純さが、曲の身体性とクラブ的な直接性を強めている。
曲は長い時間をかけて徐々に構築される。ビート、ベース、シンセ、声が少しずつ重なり、反復が熱を帯びていく。LCD Soundsystem の音楽において重要なのは、突然のサビではなく、同じパターンが続くことで生まれる変化である。「Yeah」はその考え方を徹底した曲である。
歌詞は意味の複雑さよりも、声のリズム、反復、フロアでの機能が重視される。これはロック・リスナーにとっては単調に感じられる可能性もあるが、クラブ・ミュージックの観点では、反復こそが快楽である。聴き手は曲の展開を待つのではなく、反復の中へ入っていく。
「Yeah」は、LCD Soundsystemが単なるインディー・ロック・バンドではなく、ダンス・ミュージックの構造を本質的に理解していることを示す曲である。長く、しつこく、単純で、だからこそ強い。初期LCDのフロア志向が最も濃く出た楽曲である。
総評
LCD Soundsystem は、2000年代前半のダンス・パンク/インディー・ダンスを代表するデビュー・アルバムであり、James Murphy がロックとクラブ・ミュージックの境界を新しい形でつなぎ直した作品である。本作は、後の Sound of Silver のような感情的な完成度や、This Is Happening のような成熟した構成にはまだ到達していない。しかし、その分、初期衝動、皮肉、シーンへの反応、クラブ・トラックとしての実験性が生々しく記録されている。
アルバムの中心にあるのは、踊れる音楽と自意識の衝突である。「Daft Punk Is Playing at My House」はパーティーへの妄想を、「Tribulations」は関係の試練を、「Movement」は音楽ムーヴメントの空虚さを、「Losing My Edge」は音楽マニアの老いと焦りを描く。これらの曲は、ただ身体を動かすだけでなく、踊っている自分自身をどこかで観察してしまうような感覚を持っている。
LCD Soundsystem の独自性は、ダンス・ミュージックをロックに取り込んだことだけではない。むしろ、クラブ・カルチャーの中にある知識競争、レコード収集、シーンの上下関係、クールであろうとする不安を、歌詞の主題にした点が重要である。James Murphy は、自分が批判する音楽オタクそのものでもある。その自己批判の鋭さが、LCD Soundsystem を単なるおしゃれなダンス・ロックから引き離している。
音楽的には、反復の使い方が非常に重要である。ロック・ソングのように短いサビへ向かう曲もあるが、多くの曲ではベースラインやビートが長く続き、その中で少しずつ音が変化する。これはディスコ、ハウス、クラウトロック、ポストパンクの伝統に根ざしている。LCD Soundsystem は、ロック・バンドのフォーマットを使いながら、曲の時間感覚をクラブ・ミュージックに近づけた。
また、本作はニューヨークのアルバムでもある。街そのものを直接描く曲は少ないが、全体にあるのは、深夜のパーティー、狭い部屋、クラブ、レコード棚、会話、シーン内の序列、朝の疲労といった都市的な感覚である。これはThe StrokesやYeah Yeah Yeahsとは異なる形のニューヨークであり、ギター・ロックの街というより、DJブースと倉庫パーティーの街である。
James Murphy の声は、アルバム全体に人間的な不格好さを与えている。完璧に歌い上げるのではなく、語り、叫び、ぼやき、時に弱さを見せる。この声があるからこそ、機械的なビートや冷たいシンセが単なるスタイリッシュな音にならず、疲れた都市生活者の音楽として響く。彼の不器用さは、LCD Soundsystem の大きな魅力である。
日本のリスナーにとっては、Talking Heads、New Order、Daft Punk、The Rapture、Hot Chip、!!!、Primal Scream、The Chemical Brothers、The Fall、ESG、Liquid Liquid などに関心がある場合、非常に重要な作品である。特に、ロックの文脈からダンス・ミュージックへ入るリスナー、またはクラブ・ミュージックの反復をバンド・サウンドで聴きたいリスナーに向いている。
LCD Soundsystem は、音楽を知りすぎた人間が、それでも踊るためのアルバムである。過去の名盤を知っていても、シーンの仕組みを理解していても、自分が若くないことに気づいていても、ビートが鳴れば身体は動く。その滑稽さと救いが、LCD Soundsystem の核心である。本作は、2000年代のインディー・ロックとダンス・ミュージックが交差した瞬間を記録した、重要なデビュー作である。
おすすめアルバム
1. LCD Soundsystem – Sound of Silver
LCD Soundsystem の代表作であり、ダンス・パンクの鋭さに、より深い感情とソングライティングを加えた名盤。「All My Friends」「Someone Great」「North American Scum」などを収録し、James Murphy の老い、友情、喪失への視点がより明確になっている。デビュー作の発展形として必聴である。
2. LCD Soundsystem – This Is Happening
LCD Soundsystem の成熟期を代表する作品。長尺のダンス・トラック、BowieやEnoへの接近、自己批評的な歌詞がさらに洗練されている。「Dance Yrself Clean」「I Can Change」「Home」などを通じて、バンドの感情的・音楽的な到達点を確認できる。
3. The Rapture – Echoes
DFA周辺のダンス・パンクを代表するアルバム。ポストパンク的なギター、鋭いビート、クラブ向けのグルーヴが特徴で、LCD Soundsystem と同時代のニューヨーク・シーンを理解するうえで重要である。よりバンド寄りのダンス・パンクを聴きたい場合に適している。
4. Talking Heads – Remain in Light
ファンク、アフロビート、ポストパンク、反復構造を融合した歴史的名盤。LCD Soundsystem のリズム感、知的なダンス・ロック、神経質なヴォーカル表現の重要な源流として聴ける。ロック・バンドがグルーヴを中心に再構成される例として非常に重要である。
5.!!! – Louden Up Now
2000年代ダンス・パンクを代表する作品のひとつ。ファンク、パンク、ディスコ、クラブ・ミュージックを荒々しく融合し、LCD Soundsystem よりも集団的で肉体的なグルーヴを持つ。ダンス・パンクの同時代的な広がりを知るうえで関連性が高い。

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