
発売日:2015年11月13日
ジャンル:ポップ、ポップロック、ソフトロック、フォークポップ、アリーナ・ポップ、ブリットポップ影響下のギターポップ
概要
One Directionの5作目となるアルバム『Made in the A.M.』は、彼らのディスコグラフィーにおいて特別な意味を持つ作品である。2010年に『The X Factor』から誕生し、2011年のデビュー作『Up All Night』で世界的なブレイクを果たしたOne Directionは、2010年代前半のボーイバンド・ポップを代表する存在となった。『Take Me Home』(2012年)ではティーンポップ/ポップロックの完成度を高め、『Midnight Memories』(2013年)ではアリーナ・ロック的なスケールを取り込み、『Four』(2014年)ではより成熟したソフトロック/フォークポップへ接近した。そして『Made in the A.M.』は、その流れの到達点であり、同時にグループが活動休止に入る前の最後のアルバムとして位置づけられる。
本作は、Zayn Malik脱退後、Harry Styles、Niall Horan、Liam Payne、Louis Tomlinsonの4人体制で制作された初のアルバムである。この変化は、音楽的にも象徴的にも大きい。Zaynはグループの中でR&B的な色気や高音域の装飾を担う重要な声だったため、彼の不在は単に人数が減ったという以上の意味を持つ。しかし『Made in the A.M.』は、その不在を過度に補おうとするのではなく、残った4人の声の相性、成熟したソングライティング、バンド感のあるアレンジを前面に出すことで、新しいOne Direction像を提示している。
タイトルの『Made in the A.M.』は、「午前に作られた」という意味を持つ。ここでの“A.M.”は、夜明け前の時間、長いツアーや制作の終わり、眠れない夜、友人との会話、終わりに近づいている関係の余韻を連想させる。これは非常に重要である。『Take Me Home』が昼の太陽のような明るい青春ポップだったとすれば、『Made in the A.M.』は夜明け前の少し冷えた空気を持つアルバムである。若さの爆発というより、過ぎ去った時間を見つめる作品であり、前へ進みながらも、これまでの道のりを振り返っている。
音楽的には、前作『Four』で強まった70年代〜80年代のソフトロック、ブリットポップ、フォークロック、アリーナ・ポップの影響がさらに自然に取り込まれている。Fleetwood Mac、The Beatles、Oasis、The Police、Paul Simon、Bruce Springsteen的なアメリカン・ロックの広がり、そしてColdplay以降のスタジアム・ポップの感覚が、One Directionらしいメロディと合流している。初期の彼らに強かったティーン向けの軽快なギターポップは後退し、より温かく、広がりがあり、時にノスタルジックなサウンドへ移行している。
本作の特徴は、明るさと別れの感覚が同居している点にある。「Drag Me Down」や「Perfect」のような大きなポップ・シングルはあるが、アルバム全体を通して聴くと、別れ、距離、感謝、回想、終わりの予感が繰り返し現れる。これはグループの活動休止という文脈を抜きにしても感じ取れるテーマであり、恋愛の歌として書かれている楽曲も、ファンやメンバー同士の関係、これまでの旅路への別れとして響く瞬間が多い。
歌詞の面では、初期作品にあった「君を好きだ」「一緒にいたい」「今夜を楽しもう」という直接的な青春ポップの言葉から、より複雑な関係性へと移っている。相手を完全には幸せにできない自覚、理想的な恋人ではないという自己認識、離れていても支えになる存在、終わってしまうものへの感謝。こうした感情が、本作の中心にある。One Directionはここで、完全な大人のロック・バンドになったわけではない。しかし、ティーンポップの無邪気さだけでは説明できない成熟に到達している。
キャリア上の位置づけとして、『Made in the A.M.』は、One Directionがボーイバンドとしての役割を保ちながら、より自分たちの言葉と音楽性を持ち始めていたことを示す作品である。メンバー自身のソングライティング参加も大きく、特にLouis TomlinsonやLiam Payneの関与は、グループの楽曲により個人的な温度を与えている。Harry StylesやNiall Horanが後にソロで進むロック、フォーク、ソフトポップの方向性も、本作の中にすでに予兆として現れている。
『Made in the A.M.』は、活動休止前のアルバムとして、過剰に感傷的に作られているわけではない。むしろ、アルバムの多くは明るく、力強く、ポップである。しかし、その明るさの奥に「これがひとつの区切りである」という空気が漂っている。だからこそ本作は、単なる5作目ではなく、One Directionという現象の第一章を締めくくる作品として聴かれる。
全曲レビュー
1. Hey Angel
オープニング曲「Hey Angel」は、『Made in the A.M.』の幕開けにふさわしい、広がりのあるアリーナ・ポップである。大きなドラム、空間的なギター、シンセのレイヤーが、アルバムのスケールを一気に広げる。初期One Directionの軽快なティーンポップとは異なり、この曲にはより成熟したロック・バンド的な空気がある。
タイトルの「Angel」は、理想化された相手、遠くにいる存在、あるいは手の届かない何かを示している。歌詞では、相手の目に世界がどう映っているのか、自分とは違う視点を持つ存在への憧れが歌われる。これは単純なラブソングというより、相手を通して自分自身や世界を見直す歌として響く。
音楽的には、OasisやColdplay以降の英国的なスタジアム・ロックの影響が感じられる。大きなコーラスは、ライブ会場で響くことを想定した作りであり、One Directionが単なるボーイバンドから、巨大な会場を支配するポップ・ロック・アクトへ成長していたことを示す。
「Hey Angel」は、アルバムのテーマである夜明け前の広がり、終わりと始まりの間の空気をうまく表現している。ここで彼らは、以前のように無邪気に走り出すのではなく、少し遠くを見ながら歩き出す。
2. Drag Me Down
「Drag Me Down」は、本作のリード・シングルであり、4人体制のOne Directionを強く印象づけた楽曲である。Zayn脱退後の最初の大きなシングルとして、グループの再出発を宣言する役割を持った。タイトルは「誰も自分を引きずり下ろせない」という意味を持ち、支えてくれる存在がいるからこそ強くいられるというメッセージが込められている。
音楽的には、レゲエ風のギター・カッティング、ポップロックの力強いビート、アリーナ向けのサビが組み合わされている。曲は非常に明快で、グループの不安定な状況を吹き飛ばすような推進力を持つ。4人の声の分担も効果的で、それぞれの個性が短いフレーズの中でしっかりと現れる。
歌詞では、相手の存在が自分の強さの源であることが歌われる。恋人に向けた歌としても読めるが、グループとファンの関係としても強く響く。One Directionが困難な変化を経験した後にこの曲を発表したことで、歌詞は単なるラブソングを超え、ファンへの感謝と決意の表明として受け取られた。
「Drag Me Down」は、アルバム内でも最も力強い曲のひとつであり、One Directionが4人でも十分に前へ進めることを示した重要曲である。
3. Perfect
「Perfect」は、One Directionの後期を代表するシングルのひとつであり、自己認識のあるラブソングとして非常に印象的である。タイトルは「完璧」を意味するが、歌詞の内容は、自分が理想的な恋人ではないことを認めたうえで、それでも一緒に過ごすなら楽しい時間を与えられるというものになっている。
音楽的には、80年代風のポップロックと現代的なプロダクションが融合している。リズムは軽快で、サビは大きく、メロディは非常に洗練されている。初期One Directionの無邪気な恋愛ソングと比べると、ここには少し皮肉っぽい自己認識がある。
歌詞では、長く安定した関係や約束を求める相手には向いていないが、夜を楽しむ相手としてなら「完璧」だと歌う。この視点は、ボーイバンドの純粋なロマンティック・イメージを少し崩している。彼らはここで、自分たちが理想の王子様ではないことを認め、それでも魅力的であるという新しいスタンスを取っている。
「Perfect」は、One Directionが成熟したポップスターとして、自分たちのイメージを少し距離を置いて扱えるようになったことを示す楽曲である。恋愛の甘さと自己演出のクールさがうまく混ざっている。
4. Infinity
「Infinity」は、壮大なバラードとして本作の中でも重要な位置を占める楽曲である。タイトルは「無限」を意味し、終わらない思い、距離、喪失後にも続く感情を示している。One Directionのバラードの中でも、特に大きなスケールを持つ曲である。
音楽的には、ピアノを中心とした導入から、サビに向かって広がるアリーナ・バラードの構成を持つ。ドラムやストリングス的なサウンドが加わることで、感情は徐々に大きくなっていく。メロディは非常に直線的で、聴き手にすぐ届くように作られている。
歌詞では、別れた相手を忘れられず、その不在が無限に続くように感じられる状態が描かれる。恋愛の歌であると同時に、終わってしまう時間への感傷としても響く。アルバム全体が活動休止前の作品であることを考えると、この「無限」という言葉は、ファンとの関係やグループの記憶にも重なって聞こえる。
「Infinity」は、やや王道のバラードではあるが、本作の感情的な奥行きを作る重要曲である。大きなコーラスの中に、終わりを受け入れきれない寂しさがある。
5. End of the Day
「End of the Day」は、曲構成の変化が印象的なポップソングである。ヴァース部分は比較的落ち着いた語り口で進み、サビに入ると一気に大きく明るいメロディへ展開する。この切り替わりが、曲に独特の高揚感を与えている。
タイトルは「結局のところ」「一日の終わりには」という意味を持つ。歌詞では、周囲が何を言っても、最終的に大切なのは自分たちの気持ちであるというメッセージが歌われる。恋愛における外部の声、批判、誤解を超えて、二人の関係を肯定する内容である。
音楽的には、フォークポップ的な温かさと、アリーナ・ポップ的なサビの大きさが共存している。One Direction後期の特徴である、軽快なギターと大きなコーラスの組み合わせがよく表れている。
「End of the Day」は、アルバムの中でも比較的明るい曲だが、その明るさは初期作品の無邪気さとは少し違う。周囲の声を知ったうえで、それでも自分たちの関係を選ぶという、少し成熟した肯定がある。
6. If I Could Fly
「If I Could Fly」は、『Made in the A.M.』の中でも最も美しく、感情的に深いバラードのひとつである。ピアノを中心にした極めてシンプルなアレンジによって、メンバーの声と言葉が前面に出る。Harry Stylesが制作に関わった曲としても知られ、後の彼のソロ作品につながる内省性を感じさせる。
タイトルは「もし飛べたなら」という意味を持ち、距離を越えて相手のもとへ行きたいという切実な願いを示す。歌詞では、自分の弱さや内面をすべて相手に見せたいという非常に親密な感情が描かれる。これは初期の明るいラブソングとは異なり、かなり個人的で脆い愛の表現である。
音楽的には、装飾を抑えたピアノ・バラードである。声の重なりが非常に重要で、4人の歌声が順番に現れ、最後に重なることで、曲にグループとしての温度が生まれる。Zayn脱退後の4人体制において、このようなシンプルなバラードで声の存在感を示したことは大きい。
「If I Could Fly」は、恋愛の曲であると同時に、One Directionがファンへ向けて自分たちの本音を少しだけ開いているようにも響く。アルバムの中でも特に長く記憶に残る名曲である。
7. Long Way Down
「Long Way Down」は、関係の崩壊を高い場所から落ちていくイメージで描いた楽曲である。タイトルは「長い落下」を意味し、一度高く上った関係が壊れていく痛みを表している。これは恋愛の歌であると同時に、成功や夢の終わりにも重ねられるテーマである。
音楽的には、落ち着いたテンポと温かいアレンジが特徴で、派手なバラードというより、穏やかなフォークポップに近い。メロディは控えめだが、歌詞の比喩が強く、じわじわと感情が伝わる。
歌詞では、二人で高い場所まで築き上げたものが、崩れてしまう過程が描かれる。愛があったからこそ、落ちる距離も長い。大きな期待や幸福があった関係ほど、終わるときの痛みは深くなる。この比喩は非常に効果的で、本作の成熟したソングライティングを示している。
「Long Way Down」は、アルバムの中では控えめな曲だが、One Directionの後期作品にある静かな哀愁をよく表している。明るさだけではない彼らの魅力がここにある。
8. Never Enough
「Never Enough」は、本作の中でも特に遊び心の強い楽曲である。ホーン風のサウンド、リズムの強調、掛け声のようなフレーズが印象的で、One Directionのアルバムの中でも異色のファンク/ポップ的な雰囲気を持つ。
音楽的には、非常にリズミカルで、身体的な楽しさがある。大きなメロディで感情を聴かせるというより、グルーヴとフックで押していくタイプの曲である。Niall Horanが制作に関わったこともあり、グループがより自由に音楽的な遊びを取り入れていたことが分かる。
歌詞では、相手への欲求がどれだけ満たされても足りないという感情が歌われる。テーマ自体は恋愛の高揚だが、曲調はコミカルで、過度に深刻にならない。One Directionの後期作品の中でも、ライブでの楽しさを意識した曲といえる。
「Never Enough」は、アルバムの中に軽快な変化をもたらす重要曲である。成熟したバラードが続く中で、グループの明るく playful な側面を思い出させる。
9. Olivia
「Olivia」は、本作の中でも特にビートルズ的なポップ感覚が強い楽曲である。弦楽器風のアレンジ、明るいメロディ、少しクラシックなポップソングの構成が特徴で、One Directionが後期に取り入れたレトロなポップ趣味をよく示している。
タイトルの「Olivia」は具体的な女性名として現れるが、同時に理想化されたポップソング上の存在としても機能する。歌詞では、相手への愛情や後悔が、少し演劇的で明るいトーンで歌われる。シリアスすぎず、どこかミュージカル的な楽しさもある。
音楽的には、Paul McCartney的なメロディの軽やかさや、60年代ポップへのオマージュを感じさせる。One Directionが単なる現代的なボーイバンドではなく、ポップの歴史を参照しながら自分たちの楽曲に取り込んでいたことが分かる。
「Olivia」は、アルバムの中でも特に個性的な曲であり、後のHarry Stylesのソロ作品に見られるレトロ・ポップ志向にもつながっている。One Direction後期の音楽的幅広さを示す重要曲である。
10. What a Feeling
「What a Feeling」は、『Made in the A.M.』の中でも特に高く評価されることの多い楽曲であり、Fleetwood Mac的なソフトロックの影響を感じさせる。穏やかに揺れるリズム、温かいギター、柔らかなコーラスが、アルバムの中でも成熟した空気を作っている。
音楽的には、派手なサビで一気に盛り上げるのではなく、グルーヴとハーモニーによって心地よさを作る曲である。この抑制が非常に効果的で、One Directionが後期に到達した大人びたポップ感覚を象徴している。
歌詞では、相手と一緒にいることで得られる感覚、夜の空気、夢のような時間が描かれる。具体的な物語よりも、感触やムードが重視されている。これは初期作品には少なかったタイプの表現であり、グループの成長を示す。
「What a Feeling」は、One Directionがもしさらに活動を続けていたなら、どのような成熟したバンド・ポップへ向かったのかを想像させる曲である。本作の中でも特に完成度の高い一曲である。
11. Love You Goodbye
「Love You Goodbye」は、別れの直前に最後の時間を求めるバラードである。タイトルは「君にさよならを言うように愛する」とも読める表現で、恋愛の終わりにある未練と身体的な近さを描いている。
音楽的には、ピアノと大きなコーラスを中心にした王道バラードである。メロディは感情的で、サビでは強く広がる。One Directionの後期バラードらしく、歌詞には初期よりも大人びた切実さがある。
歌詞では、関係が終わることを理解しながらも、最後にもう一度だけ近くにいたいという感情が描かれる。これはかなり成熟した別れの歌であり、単純な失恋の悲しみだけではなく、終わりを受け入れながらも完全には離れられない心理がある。
「Love You Goodbye」は、活動休止前のアルバムという文脈でも非常に象徴的に響く。恋人への別れの歌として書かれていても、One Directionがひとつの時代に別れを告げる曲として聴こえる瞬間がある。
12. I Want to Write You a Song
「I Want to Write You a Song」は、本作の中でも最も穏やかで、アコースティックな温かさを持つ楽曲である。タイトルは「君に曲を書きたい」という意味で、非常にシンプルながら、ソングライティングそのものをテーマにしている。
音楽的には、アコースティック・ギターと柔らかなリズムが中心で、飾り気の少ないフォークポップとして響く。曲には手作りの温度があり、巨大なポップスターとしてのOne Directionではなく、一人の相手に静かに歌を贈るような親密さがある。
歌詞では、相手を守り、慰め、笑顔にするような曲を書きたいという願いが歌われる。これは恋人に向けた歌であると同時に、ファンへ向けた感謝の歌としても機能する。音楽が相手に寄り添うものになるというテーマは、活動休止前のアルバムにふさわしい。
「I Want to Write You a Song」は、本作の中で派手さはないが、非常に大切な曲である。One Directionが最後に残したかった温かさ、優しさ、親密さがここにある。
13. History
通常盤のラストを飾る「History」は、『Made in the A.M.』を象徴する楽曲であり、One Directionのキャリア全体を総括するような意味を持つ。アコースティック・ギター、手拍子、合唱的なコーラスが中心で、非常にシンプルながら強いメッセージ性を持っている。
タイトルの「History」は、これまで一緒に作ってきた歴史を意味する。歌詞では、相手との関係が単なる過去ではなく、これからも意味を持ち続けるものとして歌われる。恋人への歌としても読めるが、明らかにファンとの関係にも重なる。One Directionが活動休止へ向かう中で、この曲はファンへの感謝と別れの挨拶として機能した。
音楽的には、非常に開かれた曲である。複雑なプロダクションではなく、手拍子と声によって一体感を作る。これは、グループとファンが一緒に歌うことを前提にした構造であり、ボーイバンドとしてのOne Directionの本質を最後に示している。
「History」は、涙を誘うバラードではなく、笑顔で別れを告げるような曲である。過去を悲しむのではなく、一緒に作った歴史を肯定する。その明るい別れ方が、One Directionらしい。
総評
『Made in the A.M.』は、One Directionの最終章として非常に完成度の高いアルバムである。初期のティーンポップの明るさを完全に捨てるのではなく、それをより成熟したポップロック、ソフトロック、フォークポップへ発展させている。『Four』で見え始めた大人びた音楽性は、本作でさらに自然になり、グループとしての声のまとまりも4人体制に合わせて再構築されている。
本作の最大の魅力は、別れの気配を持ちながら、過度に暗くならない点にある。活動休止前の作品でありながら、アルバムは悲しみに沈み込まない。「Drag Me Down」「Perfect」「End of the Day」「Never Enough」のように明るく力強い曲があり、「If I Could Fly」「Long Way Down」「Love You Goodbye」のように静かで切ない曲があり、最後に「History」で感謝と肯定へ到達する。この流れは非常によく設計されている。
音楽的には、One Directionが単なるアイドル的なボーイバンドから、ポップ・ロック・グループとして成熟していたことを示している。特に「What a Feeling」「Olivia」「I Want to Write You a Song」などは、初期の彼らにはなかった余裕と音楽的な参照の豊かさを持っている。Fleetwood Mac、The Beatles、Oasis、フォークポップ、ソフトロックの影響が、彼らの明快なメロディと自然に結びついている。
歌詞の面でも、本作は初期作品よりも深みがある。恋愛の歌が中心であることは変わらないが、その恋愛は単純な憧れだけではない。完璧ではない自分、距離を越えたい願い、崩れていく関係、最後の別れ、これまで作ってきた歴史。こうしたテーマは、One Direction自身の状況と重なることで、より大きな意味を持つ。恋愛の曲が、グループとファンの関係、メンバー同士の時間、ひとつの時代の終わりとしても響くのである。
Zayn Malik脱退後のアルバムとして、本作は非常に難しい条件の中で作られた。しかし、4人のOne Directionは、その不在を弱点としてではなく、新しいまとまりとして提示した。ZaynのR&B的な高音や装飾がなくなったことで、サウンドはよりギター・ポップ/ソフトロック寄りになり、4人の声の温かいハーモニーが前面に出た。結果として、本作はグループの後期路線に非常によく合ったアルバムになっている。
『Made in the A.M.』は、One Directionの最高傑作として挙げられることも多い。理由は明確である。初期のキャッチーさ、後期の成熟、活動休止前の感傷、メンバーのソングライティング、バンド感のあるアレンジが、最もバランスよくまとまっているからである。ポップ・アルバムとして聴きやすく、同時にキャリアの文脈を知ると深い余韻を持つ。
日本のリスナーにとって、本作はOne Directionを単なるティーン向けボーイバンドとしてではなく、2010年代の重要なポップ・グループとして捉え直すうえで非常に有効な作品である。「What Makes You Beautiful」や「Live While We’re Young」の明るいイメージだけでは見えない、成熟したメロディ、柔らかなロック感覚、別れの美学がここにはある。
評価として、『Made in the A.M.』は、One Directionの第一期を締めくくる優れたラスト・アルバムである。明るく、切なく、温かく、少し大人びている。夜明け前に作られたようなタイトル通り、このアルバムは終わりと始まりの間にある。One Directionが世界中のファンと作ってきた「History」を、最後に穏やかに肯定する作品である。
おすすめアルバム
1. One Direction – Four(2014)
『Made in the A.M.』の前作であり、One Directionが成熟したポップロック/ソフトロックへ向かう転換点となった作品。「Night Changes」「Ready to Run」など、後期One Directionの温かく大人びた音楽性が明確に表れている。
2. One Direction – Midnight Memories(2013)
初期のティーンポップから、よりロック色の強いサウンドへ移行した重要作。アリーナ向けのギター・ポップや大きなコーラスが増え、『Made in the A.M.』へ続くロック志向の基礎が見える。
3. Harry Styles – Harry Styles(2017)
活動休止後のHarry Stylesのソロ・デビュー作。クラシック・ロック、フォーク、ソフトロックへの関心が強く、『Made in the A.M.』の「If I Could Fly」や「Olivia」に見られた方向性が個人作品として発展している。
4. Niall Horan – Flicker(2017)
Niall Horanのソロ・デビュー作。フォークポップ、アコースティック・ロック、柔らかなメロディを中心にした作品で、『Made in the A.M.』の穏やかな側面や「I Want to Write You a Song」の親密さに通じる。
5. Fleetwood Mac – Rumours(1977)
『Made in the A.M.』の「What a Feeling」などに感じられるソフトロック的な質感を理解するうえで重要な名盤。複数の声、恋愛の終わり、温かいグルーヴ、成熟したポップソングのあり方という点で関連性が高い。

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