発売日: 1970年9月
ジャンル: ソフトロック、ブルーアイド・ソウル、シンガーソングライター
概要
『Runt』は、トッド・ラングレンが1970年に発表した初のソロ・アルバムであり、後のプロデューサー/実験家/マルチ・インストゥルメンタリストとしての活躍を予感させる、多面的で繊細なデビュー作である。
名義上は「Runt(ラント)」という架空のバンドでの発表となっているが、実際はトッド本人が作詞作曲、アレンジ、ヴォーカル、ギター、ピアノなどの大部分を手がけており、“ソロアーティストとしての試運転”のようなアルバムと言える。
アルバムには、後にラジオで人気となった「We Gotta Get You a Woman」をはじめ、ビートルズ的なメロディ感覚、ローラ・ニーロやキャロル・キングの影響を感じさせるソウルフルなポップス、そして初期らしい青さと挑戦が詰まっている。
音楽的にはソフトロック/バロックポップ/ブルーアイド・ソウルといった要素が混在し、トッド特有のひねくれたコード進行や変則的な構成もすでに顔を覗かせる。
彼のキャリアの中ではやや地味な存在かもしれないが、このアルバムには“ひとりの青年が音で自分を描こうとした瞬間”の美しさと、才能の芽吹きの瞬間が凝縮されている。
全曲レビュー
1. Broke Down and Busted
ファズギターとファンキーなグルーヴが光る、ブルース寄りのオープニング・ナンバー。
自虐的な歌詞がラングレン流のユーモアと皮肉を帯びて響き、歌と演奏の一体感が気持ちいい。
2. Believe in Me
短くも美しいピアノ・バラード。
“僕を信じて”と静かに語りかけるメロディは、ポール・マッカートニー的な甘さをまといながらも、どこか不安げ。
孤独と希望がせめぎ合う、ラングレンの繊細な内面が滲む。
3. We Gotta Get You a Woman
軽快なピアノとコーラスが絡むポップ・チューン。
キャッチーなメロディにのせて、男女関係の複雑さを語るラングレン流“恋愛指南ソング”。
アレンジの洗練と歌詞の皮肉が絶妙に同居しており、本作最大のヒット曲となった。
4. Who’s That Man?
ジャジーなコード進行とヴォーカルが印象的な実験的ナンバー。
短いながら、空間の使い方やフレージングに後のサウンド指向が垣間見える。
5. Once Burned
バラード調の哀愁に満ちた曲。
一度傷ついた恋心を歌う内容で、トッドのファルセットが情感を際立たせる。
エレピとストリングスの重ね方に、70年代初頭のAOR的エッセンスを感じる。
6. Devil’s Bite
ロック色の強いギタードリヴンなナンバー。
ラングレンのギタリストとしての野心が炸裂し、パワーポップやグラムに通じるエネルギーがにじむ。
アルバム中でも特にハードなトラック。
7. I’m in the Clique
ラングレンの皮肉がもっとも強く表れた一曲。
“僕は仲間内にいるよ”というセリフが、排他性と承認欲求を戯画的に描いている。
軽妙なビートとシニカルな歌詞のコントラストが鋭い。
8. There Are No Words
インストゥルメンタル。
メロトロンを使った幻想的なアレンジで、言葉を超えた感情の揺らぎを音にしたような、異色の短編。
9. Baby Let’s Swing / The Last Thing You Said / Don’t Tie My Hands
三部構成による“ミニ・ロック・オペラ”。
恋愛の甘さ、崩壊、葛藤が劇的に展開されるこの曲は、構成の妙とアレンジの切り替えの巧みさでラングレンの作家性が爆発している。
「Baby Let’s Swing」はローラ・ニーロへのオマージュとも言われている。
10. Birthday Carol
約9分にわたる組曲的ラストナンバー。
オーケストラ、ハードロック、ポップ、サイケ的要素が交差しながら、トッド自身の“成長と苦悩”を描いたような一曲。
音楽的野心が詰め込まれた初期の集大成とも言える名曲。
総評
『Runt』は、まだ若く、方向性を模索しながらもすでに“非凡”を纏ったトッド・ラングレンという才能の原石が刻まれた作品である。
彼が後に見せる実験性、メロディセンス、アイロニー、そして孤独な美しさ――そのすべてがここに未分化なまま共存している。
本作は決して完成された傑作ではない。
だが、だからこそ“何者にもなれる可能性”に満ちており、ラングレンのキャリアを俯瞰したとき、そのスタート地点にあるこのアルバムは重要な意味を持つ。
“ラングレンらしさ”とは何かを知りたければ、この『Runt』こそが最初の答えとなるだろう。
おすすめアルバム(5枚)
- Laura Nyro – Eli and the Thirteenth Confession (1968)
ラングレンが敬愛したソングライター。『Baby Let’s Swing』への影響源として必聴。 - Paul McCartney – McCartney (1970)
セルフ・レコーディングによるソロ・ポップの原点。『Runt』のDIY精神と重なる。 - Emitt Rhodes – Emitt Rhodes (1970)
宅録の先駆け的存在。メロディと構成にラングレン的親和性が高い。 - Harry Nilsson – Nilsson Sings Newman (1970)
声、皮肉、ポップの美学。ラングレンの文脈に共通するユーモアと哀愁。 - Carole King – Writer (1970)
当時のソングライターがソロアーティストとして台頭する時代の象徴。『Runt』の時代感覚と共鳴。
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