発売日: 1979年8月17日
ジャンル: ニュー・ウェイヴ、ポストパンク、アートポップ
概要
『Drums and Wires』は、XTCが1979年にリリースした3作目のスタジオ・アルバムであり、ギタリストとしてデイヴ・グレゴリーが新たに加入したことで、音楽的にも構成的にも大きな変化を遂げた作品である。
それまでの混沌とした躁的テンションを背景にしつつ、本作ではリズムと構築美が飛躍的に洗練され、“知性と躍動”が見事に結晶化したXTCの新たなフェーズが始まった。
タイトルの「Drums and Wires」は、“リズム(ドラム)”と“電気信号/ギターの弦(ワイヤー)”を意味し、ニュー・ウェイヴ以降の“機械的だけど有機的なポップ”を象徴するコンセプチュアルな表現でもある。
実際、サウンドはパーカッシヴでタイトなドラムと、硬質なギターリフの絡みが印象的で、まるで“楽器が会話している”かのようなアンサンブルが全編にわたって繰り広げられる。
また、前作まではアンディ・パートリッジ主導だったソングライティングにも、コリン・モールディングが本格的に台頭。
アルバム最大のヒット「Making Plans for Nigel」も彼の手によるもので、XTCの二頭体制がここに確立された。
全曲レビュー
1. Making Plans for Nigel
XTC史上最大のシングル・ヒットであり、本作の顔ともいえる代表曲。
“ナイジェルの将来は決まっている”という親の視点から描かれる冷笑的な歌詞と、鋭角的なビート、ミニマルな展開がポストパンク的緊張感を生む。
スネアドラムの反復が“管理社会の不気味な規則性”を可視化している。
2. Helicopter
躁的なパートリッジのヴォーカルが炸裂するショートカット・ナンバー。
“ヘリコプター”のように空を飛び交う視点の不安定さと、自己分裂的な語りが絡み合う。
3. Day In Day Out
コリンによる穏やかでメロディアスなポップソング。
“日々同じことの繰り返し”をテーマに、静かな絶望をきらびやかなメロディに乗せるというXTCならではの手法が光る。
4. When You’re Near Me I Have Difficulty
タイトル通り、恋愛のときめきと神経過敏が交錯する、神経質なラヴソング。
変則リズムと不安定なコード進行が、主人公の“対人関係における混乱”を見事に表現している。
5. Ten Feet Tall
アコースティック・ギター主体の柔らかなポップソング。
“君と一緒にいると背が高くなった気分”という比喩がシンプルに、しかし誠実に響く。
コリンの叙情的な作家性が際立つ佳曲。
6. Roads Girdle the Globe
“道路が地球を締め上げている”という不穏なイメージを、重厚なギターと変拍子で描いたディストピア的ナンバー。
XTCのダークサイドが表出した一曲で、ポストパンク色の強さも際立つ。
7. Real by Reel
“現実=録画されたもの”というメタ視点を含んだ、パートリッジらしい言葉遊びの効いた曲。
メディアと現実の境界が曖昧になる時代感覚をいち早く音楽化している。
8. Millions
“お金と権力と支配”をテーマにした、社会批評的な一曲。
ツイストの効いたリズムとカラフルなメロディラインが、内容のシリアスさを逆説的に強調する。
9. That Is the Way
繊細で穏やかな曲調の中に、恋愛や人生の諦観が滲む叙情的ナンバー。
コリンの“個としての語り”が、アルバムに静かな陰影を与える。
10. Outside World
パートリッジによる鋭い視点の楽曲。
“外の世界”に対する恐れと好奇心が交錯し、疾走感のある演奏がその葛藤を象徴する。
11. Scissor Man
風刺と童話的イメージが結びついた、XTC流ファンタジー・パンク。
“はさみ男”というキャラクターが秩序と管理の象徴として登場し、教育や権力を揶揄する。
12. Complicated Game
アルバムのラストを飾る大曲にして、パートリッジの“狂気の演説”とも言える異色作。
シンプルなコード進行の中で、語りが徐々にヒステリックに昂っていき、最後は爆発的なカタルシスを迎える。
XTCの“語りと叫びの美学”を象徴するラスト。
総評
『Drums and Wires』は、XTCが混沌と実験の初期フェーズを経て、“構造と叙情”を武器にポストパンクの王道を独自に切り拓いた転換点である。
ビートとギターの絡み合いはまさにタイトル通り“ドラムとワイヤー”の結晶であり、どの曲も知的でありながら生々しい感情のうねりを孕んでいる。
また、アンディ・パートリッジとコリン・モールディングという二人の視点の共存が、XTCというバンドをより多面的かつ豊かな存在に押し上げたことが、本作からは明確に伝わってくる。
『Drums and Wires』は、“ポップであることの困難さ”と“その可能性”を同時に提示する、1979年のロックシーンにおける重要作である。
おすすめアルバム(5枚)
-
Talking Heads – Fear of Music (1979)
知性とビートの融合。“Complicated Game”の不安と『Life During Wartime』の緊張が共鳴。 -
Elvis Costello – Armed Forces (1979)
ポップの装いで社会批評を繰り出すスタイルが『Making Plans for Nigel』と親和性あり。 -
Wire – Chairs Missing (1978)
ポストパンクの構築美と抽象性。『Scissor Man』のような寓話性と重なる。 -
The Jam – Setting Sons (1979)
英国的メロディと社会視線が交錯する作品。『Day In Day Out』的リリシズムと近い。 -
Magazine – The Correct Use of Soap (1980)
アート性とダンスビートの共存。『Real by Reel』のようなテーマ性と調和。
コメント