アルバムレビュー：Argus by Wishbone Ash

アルバムレビュー

2025.04.19

発売日: 1972年4月
ジャンル: ハードロック、プログレッシブロック、フォークロック

概要
全曲レビュー
総評
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概要

『Argus』は、Wishbone Ashが1972年にリリースした3作目のスタジオ・アルバムであり、彼らのキャリアにおける最高傑作として広く認知されている一枚である。
ツイン・リード・ギターの叙情性と構築力、ハードロックとフォークの融合、そして寓話的かつスピリチュアルな世界観が高度に結びついたこの作品は、1970年代英国ロックにおける“静かなる金字塔”である。

“Argus（アルゴス）”とはギリシャ神話に登場する百の目を持つ巨人であり、本作においては“過去と未来を見渡す者”として象徴的に用いられている。
そのタイトルにふさわしく、アルバム全体が時代や現実を超えた視座から“人間の営み”や“歴史の循環”を描いており、戦士や旅人、神と人の関係をモチーフにした歌詞群が物語的な奥行きを与えている。

本作は、イギリスの音楽誌Melody Makerの1972年年間アルバム・ランキングで1位を獲得し、批評家・リスナー双方から高い評価を受けた。
また、後のIron MaidenやOpeth、そして日本のLOUDNESSに至るまで、幅広いジャンルのギターバンドに影響を与えた重要作でもある。

全曲レビュー

1. Time Was

アコースティックギターによる穏やかなイントロから、壮麗なツイン・リードを伴うロックナンバーへと展開する、アルバムの導入にして象徴的な楽曲。
“時は過ぎてゆくが、何も変わっていない”というテーマが、歌詞と音の両面で描かれる。
曲の中でフォークとハードロックが自然に交差する、構成美の結晶。

2. Sometime World

スローな導入部から後半に向けて徐々に高揚する展開が秀逸な一曲。
“かつての世界”という表現は、失われた理想郷と現代の喪失感を結びつけており、過去への憧憬と未来への疑念がにじむ。
ギターとベースのユニゾンによる疾走感が圧巻。

3. Blowin’ Free

本作中で最もキャッチーで親しみやすいナンバー。
カントリーやフォークロックの要素を取り入れた軽快なビートに、ツインギターの爽やかなハーモニーが乗る。
自由を讃える歌詞と相まって、ライブでも人気の高い一曲。

4. The King Will Come

荘厳なイントロとリフが印象的な中編楽曲。
“王の再来”という宗教的・寓話的テーマを持ちつつ、メシア待望論や戦争と支配の循環を象徴的に描いている。
ミドルテンポの展開の中で、ギターがまるで預言のように鳴り響く。

5. Leaf and Stream

アコースティック主体の繊細なバラード。
“葉と流れ”という自然のイメージを通して、無常や諦念、そして希望の微光が語られる。
メロトロンのような音響が静けさを包み込み、アルバム中でも特に内省的な楽曲である。

6. Warrior

本作の主軸を成すエピックで、“戦士”を主人公とした戦争と精神的戦いの物語が描かれる。
ツイン・ギターの絡みが戦場の緊張感を、リズムの躍動が心の葛藤を映し出す。
ロックの語法で英雄譚を語るような構成が見事。

7. Throw Down the Sword

“剣を捨てよ”というタイトル通り、戦いの終結と和解の瞬間を描いた、アルバムの終曲にして感動的なフィナーレ。
静かに始まり、ギターの旋律が天に昇るように広がっていくラストには、音楽的カタルシスが宿る。
“武器を捨てたあとの沈黙”が深く胸に響く。

総評

『Argus』は、Wishbone Ashのツイン・リード・ギターによる叙情美と、叙事詩的構成、フォークとハードロックの融合という要素が極限まで高められた、1970年代英国ロックの象徴的傑作である。
“戦士の旅と帰還”という神話的モチーフを軸に、現実世界への問いや普遍的な人間ドラマが丁寧に織り込まれており、その音楽はリスナーの内なる物語を引き出す力を持っている。

技巧的には高度でありながら、あくまでメロディと感情を優先するその姿勢は、ハードロック／プログレッシブロックの両方のリスナーに訴求するものであり、また、現代においても“美しいギターサウンド”の理想形として語り継がれている。
『Argus』とは単なるアルバムではなく、“精神の旅路”そのものなのだ。