発売日: 1968年10月
ジャンル: フォークロック、サイケデリックロック、ジャズロック
概要
『Traffic』は、イギリスのバンドTrafficが1968年に発表したセカンド・アルバムであり、デイヴ・メイソンとスティーヴ・ウィンウッドという二人の個性が拮抗しながらも独立的に機能した、異色かつ深化の一作である。
本作では、メイソンの書いた明快なポップソングと、ウィンウッド/キャパルディ/ウッドによる複雑で内省的な楽曲が混在し、“内部分裂的な美”とも呼べるバランスの中でTrafficというバンドの多面性が鋭く表れている。
デビュー作『Mr. Fantasy』がサイケデリックなカオスだったのに対し、本作では構成や音響がやや洗練され、曲ごとの完成度も一段と高まっている。
同時に、ジャズロックやフォークロックへの傾倒も強まり、ジャム・バンドとしての資質もより明確になっていく。
スティーヴ・ウィンウッドのブルース・ソウル的な深みと、メイソンのポップセンスは一見対立しているようでいて、結果的にアルバム全体をカラフルに彩っているのだ。
これは“バンドとしての方向性が定まらない”ことが、逆に“表現の自由”として昇華された特異な名作であり、Trafficというバンドの変幻自在性を象徴するアルバムでもある。
全曲レビュー
1. You Can All Join In
オープニングを飾る、メイソン作のカラッとしたポップ・ナンバー。
「君も仲間に入っていいよ」という明快なメッセージが、1968年という時代のコミュニタリアンな空気を映し出す。
アコースティックな響きと明るいメロディが印象的。
2. Pearly Queen
ウィンウッド=キャパルディによるジャズロック調のナンバー。
タイトなグルーヴと即興的な展開、ヴォーカルの熱量が融合し、ライブ映えするダイナミズムを感じさせる。
“真珠の女王”という象徴的な存在が持つ謎めいた魅力も興味深い。
3. Don’t Be Sad
再びメイソンによる、フォーキーでメロディアスなラブソング。
素朴なコードと柔らかい歌声が、アルバムの中でほっと一息つかせる。
4. Who Knows What Tomorrow May Bring
ジャジーでスウィンギーなリズムが心地よいミドル・ナンバー。
予測不可能な明日を描くリリックが、スティーヴ・ウィンウッドのソウルフルな歌唱によって説得力を持つ。
5. Feelin’ Alright?
メイソン作の代表曲にして、ジョー・コッカーやグランド・ファンク・レイルロードらにカバーされ大ヒットした名曲。
“気分はどう?”というシンプルな問いが、曖昧で複雑な感情の揺らぎを示唆する。
ゆったりとしたグルーヴと開放的なコーラスが中毒性を生む。
6. Vagabond Virgin
ボサノヴァ的リズムとサイケデリックな展開が融合した異色曲。
メイソンのラブソング的世界と、クリス・ウッドのフルートが生む幻想感が不思議な調和を見せる。
7. Forty Thousand Headmen
神話的な詩世界とブルース・フォーク的アレンジが交錯する傑作。
“4万人の軍隊”という比喩を用いて、自我の冒険と試練を描く。
物語性が強く、後のプログレッシブ・ロックにも通じる構成力を見せる。
8. Cryin’ to Be Heard
美しいピアノとストリングスを基調とした、バロック調のバラード。
“誰かに気づいてほしい”という切実な感情が、抑制された演奏によって逆に強調されている。
9. No Time to Live
ディープで内省的な楽曲。
人生の儚さ、時間の不条理を重たいリズムと悲しげな旋律で表現。
ウィンウッドの声が、まるで魂そのもののように響く。
10. Means to an End
本編ラストを飾るダンサブルなロック・ナンバー。
勢いとともに幕を引く形で、バンドの多面性を再度強調して締めくくる。
総評
『Traffic』は、バンド内部のスタイルの“ねじれ”をそのまま音楽的な多様性として表現した傑作であり、“内的な衝突”が生み出す緊張感と創造性が極めて高いレベルで噛み合ったアルバムである。
ウィンウッドが見せる深いソウル/ブルースの精神性と、メイソンが持ち込むカジュアルなフォーク/ポップ感覚が、衝突しながらも“Traffic”という独特の音楽世界を築いている。
楽曲はそれぞれ独立性が高く、ジャンルもリズムもコード感も異なるが、全体としては“変化こそがバンドの本質”という不思議な一体感が貫かれている。
フォークロックからジャズロック、バロックポップ、R&Bまでを繋ぎ、1968年の英国音楽の可能性を示したこの作品は、時代を超えてなお輝き続ける“変化の美学”を体現した名盤である。
おすすめアルバム(5枚)
- Blind Faith – Blind Faith (1969)
ウィンウッドが次に参加するスーパーグループ。ブルースと実験性の融合。 - The Band – Music from Big Pink (1968)
土着性とフォーク的世界観の表現が共通。『Forty Thousand Headmen』との親和性あり。 - Joe Cocker – With a Little Help from My Friends (1969)
『Feelin’ Alright?』カバー収録。ラングレン的解釈とソウルフルな歌唱が光る。 - The Byrds – The Notorious Byrd Brothers (1968)
ジャンルを横断するフォークロックの拡張版。Trafficの構成美と響き合う。 - Family – Music in a Doll’s House (1968)
同時代のUKサイケ・フォーク・ロック。構成の複雑さと多様なアプローチが共通。
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