アルバムレビュー：Crisis? What Crisis? by Supertramp

発売日: 1975年11月14日
ジャンル: プログレッシブ・ロック、アートロック、ソフトロック

概要
全曲レビュー
総評
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概要

『Crisis? What Crisis?』は、Supertrampが1975年にリリースした4作目のスタジオ・アルバムであり、前作『Crime of the Century』の成功に続いて制作された“過渡期の肖像”とも言うべき作品である。

タイトルは英国首相ハロルド・マクミランの有名な発言に由来しており、“危機なんてあるのか？”というシニカルな問いかけが、ジャケットに描かれた工業地帯の中で日光浴をする男の姿とも絶妙にリンクしている。
表向きは穏やかで洗練されたメロディに包まれながらも、その内側には深い不安や皮肉が潜んでおり、アルバム全体を通して“文明の中の個人の孤立”というテーマが静かに横たわっている。

ロジャー・ホジソンとリック・デイヴィスの作曲比率はほぼ半々。両者のスタイルのコントラストが際立つ本作では、ホジソンによる明朗で叙情的なナンバーと、デイヴィスによる内省的でブルージーな楽曲が交互に配されており、それぞれが異なる方向から“社会と個人”という主題に切り込んでいる。

『Crime of the Century』ほどのドラマティックな構成はないものの、そのぶん日常的なリアリズムと繊細な感情表現が光る作品であり、Supertrampの多面性を知るうえで重要なアルバムである。

全曲レビュー

1. Easy Does It

優しく語りかけるような口調とアコースティック・ギターによる穏やかな幕開け。
“焦らずにいこう”という言葉には、アルバム全体の皮肉や諦観がほのめかされている。
ホジソンのナイーヴな声が、静かな情緒を湛えて響く。

2. Sister Moonshine

アコースティックな軽快さと幻想的な歌詞が融合したナンバー。
“シスター・ムーンシャイン”という存在に救いを求める姿は、信仰と逃避のあわいを描いているようにも思える。
フォークとロックの橋渡し的な楽曲で、親しみやすい旋律が印象的。

3. Ain’t Nobody But Me

デイヴィスによるソウルフルで骨太なロック・ナンバー。
「自分以外に頼れる奴なんていない」という強烈なメッセージは、都市生活者の孤独と強がりを象徴している。
ピアノとホーンが絶妙に絡み合い、バンドの演奏力の高さが発揮される。

4. A Soapbox Opera

アルバム随一のドラマティックな楽曲。
教会音楽を思わせるコーラスと、ストリングスの美しい編成によって、“人生そのものが芝居ではないか”という哲学的問いかけが響く。
ホジソンの抒情性が頂点に達した名曲である。

5. Another Man’s Woman

ブルースとジャズを融合したような、デイヴィスの個性が際立つ楽曲。
不倫というテーマをユーモラスに描きつつ、社会通念への違和感をにじませている。
ピアノの躍動感とリズムのキレが抜群で、ライヴ映えするトラックでもある。

6. Lady

ホジソンによるキャッチーで美しいメロディを持つナンバー。
女性像を理想化しつつも、それが幻であることをどこかで自覚しているような、甘くも虚ろな響きが特徴。
柔らかなコーラスとシンセの調和が心地よい。

7. Poor Boy

ジャズ風のリズムとスキャット風のヴォーカルが印象的な異色作。
「かわいそうな男の子」という自嘲的な視点から、社会構造の皮肉や疎外感が浮き彫りにされる。
デイヴィスのウィットに富んだ作風が冴え渡っている。

8. Just a Normal Day

ホジソンとデイヴィスが交互に歌う、デュエット形式のバラード。
“ただの普通の日”の裏側に潜む不安と虚しさを、淡々と描いていく構成が秀逸。
二人の対照的な声質が、対比の効いた感情表現を実現している。

9. The Meaning

人生の意味を模索するホジソンらしい哲学的ナンバー。
フォーク・ロック風の軽やかさに乗せて、“意味を求めること自体に意味があるのでは”という静かな回答が浮かび上がる。
飾り気のないアレンジに誠実さがにじむ。

10. Two of Us

アルバムを締めくくる、静かで温かみのあるデュエット・ソング。
孤独のなかでも“ふたりでいること”に救いがあるというテーマが、優しいメロディと共に語られる。
控えめながら深い余韻を残すエンディング。

総評

『Crisis? What Crisis?』は、Supertrampが社会的メッセージと個人的感情をより繊細に、かつ日常的なスケールで描こうとした作品である。
『Crime of the Century』ほどの壮大さはないが、そのぶん“今を生きる感覚”が鋭く映し出されており、皮肉と抒情、諧謔と誠実さが絶妙にバランスされたアルバムとなっている。

都市生活者の孤独、愛への渇望、社会的役割への疑念──こうした普遍的なテーマを、明るく軽やかな音楽に乗せて届けるSupertrampの手法は、シンガー・ソングライターとプログレの中間地点に位置する独特のものだ。

本作を通して、バンドは“社会的リアリズムと音楽的美意識の融合”という路線をさらに深めており、その過程こそがのちの『Even in the Quietest Moments…』や『Breakfast in America』へと繋がっていく。
小さな問いを大きな音で響かせる──その実直な姿勢がここにある。