発売日: 1971年6月24日
ジャンル: ソフトロック、ブルーアイド・ソウル、シンガーソングライター
概要
『Runt: The Ballad of Todd Rundgren』は、トッド・ラングレンが1971年にリリースしたセカンド・アルバムであり、前作『Runt』における多様なジャンル探求から一転、より内省的かつバラード主体の構成で“ソングライターとしてのラングレン”を前面に押し出した作品である。
“バラード”というタイトル通り、全体を包むのは甘く切ないメロディ、自己告白的な歌詞、そして繊細でロマンティックなピアノやアコースティック・ギターの響きである。
ラングレンは本作でも多くのパートを自ら演奏し、録音・ミックスにも関わっており、スタジオ職人としての資質と孤高の表現者としての面が同居している。
サウンドは全体としてポップで聴きやすいが、歌詞には失恋、不安、自意識、希望といった複雑な感情が込められ、70年代初頭の“シンガーソングライター時代”の空気を強くまとっている。
『Runt』が“可能性の提示”だとすれば、本作は“感情の告白”であり、ラングレンの中にある優しさと壊れやすさが、最もストレートに表現された一枚である。
全曲レビュー
1. Long Flowing Robe
軽快なビートに乗せて、自己のスタイルと社会の摩擦を描いたポップ・チューン。
“長く流れるローブ”という比喩に、自由と個性の尊さが込められている。
爽やかなメロディの裏にラングレンらしいひねりが光る。
2. The Ballad (Denny & Jean)
一転して静謐なバラード。
“デニーとジーン”という架空の人物を通じて、希望と喪失、そして人間関係の機微を描く。
まるで小説の一節を読んでいるかのような物語性が際立つ。
3. Bleeding
恋愛による痛みと自己破壊衝動を、甘いメロディと対比させて描いたナンバー。
“出血”という直接的なタイトルながら、メロディはどこまでも優しく、美しい矛盾を孕む。
4. Wailing Wall
神秘性と感情のゆらぎが同居するミドルバラード。
エルサレムの“嘆きの壁”に象徴される祈りと沈黙を、音楽に変換したような曲である。
5. The Range War
カントリータッチのアレンジを用いた、親子や家族の葛藤を描くストーリーテリング・ソング。
アメリカーナ的手触りの中に、ラングレン流の皮肉と哀愁が溶け込む。
6. Chain Letter
“鎖の手紙”というモチーフで、依存と人間関係のねじれを描写。
サウンドは軽快だが、歌詞はシニカルかつ深い。
ラングレンらしい知的なポップソングの好例。
7. A Long Time, A Long Way to Go
ピアノ主体の内省的バラード。
時間と距離の中で変わる人間関係を詩的に表現しており、感情の余白が印象的な一曲。
8. Boat on the Charles
チャールズ川を漂うボートに人生のメタファーを重ねるロマンティックな小品。
シンプルながら情景描写が秀逸で、アルバムに静かな水面のような余韻を与える。
9. Be Nice to Me
本作のハイライトのひとつであり、ラングレンの代表的バラードとして知られる。
“僕に優しくして”という直球の願いが、彼の傷つきやすさと誠実さを象徴する。
ピアノ、ストリングス、ヴォーカルが美しいバランスで絡む傑作。
10. Hope I’m Around
失われた関係を回想しながら、“いつかまた会えること”を願うバラード。
淡々とした進行の中に、じわじわと感情がにじむ。
11. Parole
ファンキーなベースラインと軽妙なリズムが光る、アルバム中では異色のナンバー。
“仮釈放”をテーマにした歌詞は、自由と制限を巡る自問自答でもある。
12. Remember Me
アルバムの締めくくりにふさわしい、儚さと温かさを併せ持ったバラード。
“僕のことを覚えていて”というメッセージが、素直すぎるほど真っ直ぐに胸を打つ。
総評
『Runt: The Ballad of Todd Rundgren』は、シンガーソングライターとしてのトッド・ラングレンの核心を捉えた作品であり、彼のキャリアにおいて最も“人間くさい”アルバムとも言えるだろう。
ここではサウンドの派手さや実験性よりも、“メロディと言葉”の力が圧倒的な存在感を放っており、ラングレンが本質的にはロマンティストであることが明白になる。
愛されたい、忘れられたくない、誰かと繋がっていたい――そうした切実な感情を、飾らずに、しかし美しく編んだ12曲は、時代を超えてリスナーの心に語りかけてくる。
これこそが、70年代シンガーソングライターの真骨頂であり、トッド・ラングレンという異能の優しき側面がもっとも濃く表れた瞬間でもある。
おすすめアルバム（5枚）
- Carole King – Tapestry (1971)
同時代のピアノ弾き語り系名作。親密さと普遍性の両立が本作と響き合う。 - Harry Nilsson – Aerial Ballet (1968)
繊細で捻くれたメロディと私的な歌詞。ラングレンと通じる“声”の作家性。 - James Taylor – Mud Slide Slim and the Blue Horizon (1971)
落ち着いた情感とフォーク・ポップの絶妙なバランス。内省的な語り口が共鳴。 - Emitt Rhodes – Mirror (1971)
宅録志向のポップ職人による一枚。『Ballad〜』の静けさと職人的気質を共有。 - Van Dyke Parks – Song Cycle (1968)
叙情と実験のはざまを漂うアートポップ。ラングレンの文学性と好対照をなす作品。
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