1. 歌詞の概要
New Model Armyの「51st State」は、1986年のアルバム『The Ghost of Cain』に収録された、彼らの代表的な抗議ソングである。タイトルの「51番目の州（51st State）」は、アメリカ合衆国を指す表現でありながら、イギリスをその“付属物”として皮肉的に描くメタファーである。この楽曲は、イギリスがアメリカの政治的・経済的・軍事的影響力のもとに置かれているという認識を痛烈に批判している。
全体を通して、歌詞は冷笑的かつ怒りに満ちており、ポップ・ミュージックの枠を越えて、国家間の従属関係や資本主義社会の欺瞞、自由と独立の名の下に売り渡される個人と国の尊厳に対する強烈な異議申し立てとなっている。そこには、サッチャー政権下で疲弊していた当時のイギリス社会に対する苛立ちと、帝国から衛星国家へと変貌していった祖国への失望感が色濃く表れている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「51st State」は、New Model Armyの政治的スタンスを最も明確に打ち出した楽曲のひとつである。作詞はバンドの詩人であり、マネージャー的存在だったAshley Cartwright（The Shakesのメンバー）によって書かれた。彼の怒りに満ちたリリックは、フロントマンであるジャスティン・サリヴァンの声を通して、生々しく社会に向けて放たれる。
リリース当時、この楽曲は非常に物議を醸し、BBCをはじめとする主要ラジオ局では放送禁止となった。また、アメリカでのレコード流通においても問題視されることとなり、アメリカのレコード会社はこれを回避すべく、アルバムから同曲を除外する選択肢を取ったケースもあった。つまり「51st State」は、単なる一曲に留まらず、1980年代後半のポストパンク／ポリティカル・ロックの象徴となったのである。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下は、最も有名なサビの部分である。
We are the 51st state of America
俺たちはアメリカの51番目の州だOur star-spangled Union Jack flutters so proud
星条旗とユニオンジャックが誇らしげに翻るOver the dung heap we call home
この堆肥の山のような故郷の上で
このラインは、イギリスの国家としての誇りが、実は“星条旗の影”に隠れていることを痛烈に皮肉っている。「dung heap（堆肥の山）」という表現は、国土そのものがすでに腐敗し、無価値なものに成り下がっているという自己否定的かつ極端な比喩である。
We don’t dance, we just pull up our pants
俺たちは踊らない、ただズボンを引き上げるだけ
この一節もまた、イギリス人の無気力さや従属的な態度を揶揄するもので、ユーモアと怒りが交錯するNew Model Armyらしいパンチラインとなっている。
（出典：Genius Lyrics）
4. 歌詞の考察
この曲の最大のテーマは「国家のアイデンティティの喪失」である。イギリスがアメリカの経済的・軍事的な意向に追従し、自国の文化的・政治的主権を明け渡している現状を、「51st State」というキャッチーで皮肉に満ちた表現で突きつけている。
また、サビで繰り返される「We are the 51st state of America」というラインは、ただの風刺ではなく、事実と受け止めざるを得ない現実への絶望でもある。特に1980年代、冷戦下でアメリカとソ連の二極構造が世界を覆っていた時代において、小国が生き残るためにはどちらかに“属する”ことが求められた。その中で、イギリスが選んだ道は“従属”であり、それがこの曲の怒りを生んだのである。
この歌詞の中にある皮肉や怒りは、単に国家に対する批判ではなく、そうした状況を「許してしまった」国民自身への問いかけでもある。つまり、「この現実を受け入れて生きている私たちこそが、真の問題なのではないか？」という、強烈な自己批判がこの曲の核心にある。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Ghost Town by The Specials
サッチャー政権下の社会崩壊と都市の荒廃を描いた、ポリティカル・ポップの金字塔。 - Tramp the Dirt Down by Elvis Costello
サッチャー首相への怒りを露骨に表現した、鋭利な政治風刺ソング。 - Shipbuilding by Robert Wyatt（またはElvis Costello）
フォーク・ジャズのスタイルで描かれる戦争経済への静かな異議。感情の深みと美しさが共存する名作。 - Career Opportunities by The Clash
若者に未来がない社会を痛烈に批判するパンク・ロックの名曲。政府批判の精神は「51st State」と通底している。
6. 音楽を通じたプロテストの象徴として
New Model Armyの「51st State」は、イギリスにおける政治的・文化的な自己喪失を主題にしながら、より広く「国家と個人」「支配と被支配」の構造をも射程に入れている。それは1980年代のみに通用する問題ではなく、現在のグローバリゼーションや国家間の不均衡、文化の均質化といった現代的テーマにもつながる、普遍的なメッセージを含んでいる。
そのメッセージがいかにラジカルであろうと、バンドは一貫して音楽を通じた“語る手段”を選び続けた。彼らの歌には決して迎合がなく、皮肉でもユーモアでも、怒りでも詩でも、すべてが“正直であること”に貫かれている。「51st State」はその代表格として、今なお多くのリスナーに“覚醒”の瞬間を与え続けている。
国家が自らの魂を手放すとき、それは静かに、しかし確実に始まる。「51st State」はその兆候にいち早く気づいた声であり、今もなおその叫びは色あせることなく響いている。国家に従属するとはどういうことか。自由とは何か。それを問い直すために、この楽曲は今こそ再び聴かれるべきなのかもしれない。
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