
発売日: 2012年9月10日
ジャンル: ポップ・ロック、オルタナティブ、ヒップホップ・ポップ
概要
『#3』は、アイルランドのトリオThe Scriptが2012年にリリースした3作目のスタジオ・アルバムであり、バンドの“社会性”と“パーソナルな物語”がより先鋭化された意欲作である。
このタイトル『#3』は、彼らにとってのサードアルバムであることに加え、「3人のメンバー」「3つの要素(音楽、物語、希望)」「3つの立場(アーティスト、語り手、社会の一部)」といった象徴的な意味も込められている。
本作のリリース時、ボーカルのダニー・オドノヒューはテレビ番組『The Voice UK』で審査員としても人気を集めており、バンドとしてもより広い認知を得つつあったタイミングであった。
その中で生まれた『#3』は、前2作にあった恋愛中心の歌詞世界から一歩踏み込み、がん患者の闘病(「If You Could See Me Now」)や、自殺からの再生(「Six Degrees of Separation」)といった重いテーマにも挑戦。
同時に、ヒップホップ的な語り口やエレクトロ・ビートを積極的に導入するなど、音楽的にも新しいステップを踏み出しており、「ロック×語り×感情」というThe Script独自のフォーマットを深化させている。
全曲レビュー
1. Good Ol’ Days
疾走感のあるロック・トラックでアルバムはスタート。
過去の青春や“あの頃”へのノスタルジーが、現実とのギャップとして語られる。
ただ懐かしむだけでなく、「あの頃は、もう戻らない」と認める姿勢が潔い。
2. Six Degrees of Separation
失恋の6段階の感情変化を、ユーモアとリアリズムを交えて描いた秀逸な構成の楽曲。
“第一段階:信じない、第二段階:飲みすぎる…”と進んでいくリリックは共感度が高く、軽妙なトーンの中に深い痛みが滲む。
3. Hall of Fame (feat. will.i.am)
本作の最大のヒット曲。
Black Eyed Peasのwill.i.amとの共演により、モチベーショナルなアンセムとして世界的にヒット。
「君は何にだってなれる、英雄にも、偉人にも」というメッセージが、教育現場やスポーツ界でも多く用いられた。
4. If You Could See Me Now
バンドのメンバーが亡き両親に宛てて歌った非常に私的かつ感動的なバラード。
「今の自分を見たら、誇りに思ってくれるだろうか?」という問いが、魂を揺さぶる。
ラップ調の語りとサビの歌い上げが絶妙に交差する、彼らの表現力の頂点とも言える一曲。
5. Glowing
ラブソングではあるが、テーマは“愛によって救われる感覚”。
“君がいるだけで、世界が光って見える”というストレートなメッセージが、爽やかなメロディとともに響く。
6. Give the Love Around
ファンキーなベースラインが印象的な異色曲。
愛をシェアすることの大切さを、社会的視点からポジティブに描いている。
The Scriptの新たな一面が見えるナンバー。
7. Broken Arrow
失敗した愛や人生の選択を“折れた矢”に喩えた哀切なバラード。
再生を願う切ない願望が、美しいピアノと共に描かれる。
8. Kaleidoscope
「君という万華鏡の中で、自分が変化していく」という幻想的なイメージがテーマ。
過去作にはないサイケデリックな語彙や視点が印象的で、サウンド的にもドリーミー。
9. No Words
言葉では伝えきれない想いを描いたラブソング。
ボーカルのダニーの情熱的な歌声が、シンプルなアレンジの中で際立つ。
10. Millionaires
最終曲にふさわしい、軽やかで前向きなラストナンバー。
金がなくても、愛と友情があれば“百万長者のような気分になれる”というメッセージが、穏やかに心に残る。
総評
『#3』は、The Scriptが単なる“泣けるバラードバンド”を超え、社会性や自己肯定、再生といった幅広い主題に挑戦したアルバムである。
とりわけ「Hall of Fame」や「If You Could See Me Now」のような楽曲は、単なる恋愛の延長ではなく、“誰かの人生を背負って歌う”ようなスケール感を持っており、バンドとしての立ち位置に深みを与えている。
音楽的にも、よりヒップホップやエレクトロの要素を融合し、語りと歌の境界線を行き来するスタイルが進化。
その結果、The Scriptというバンドのフォーマットがより柔軟かつ多層的になっていることが伝わってくる。
“語ることで癒す”“歌うことで希望を与える”という信念が、確かにこのアルバムには宿っている。
『#3』は、The Scriptの物語が“個人の感情”から“社会との接点”へと拡張された、最初の本格的なステップなのだ。
おすすめアルバム(5枚)
- OneRepublic『Native』
社会的メッセージとポップの融合。『Hall of Fame』に近い希望の感触がある。 - Imagine Dragons『Night Visions』
パーソナルな痛みと集団的アンセム性のバランスが、The Scriptと共鳴する。 - Emeli Sandé『Our Version of Events』
社会・家族・信仰をテーマにしつつ、感情の強度を持つバラードが多く、近い空気を感じる。 - Coldplay『Mylo Xyloto』
ポップ化とメッセージ性の共存という意味で、『#3』との親和性が高い。 - Mikky Ekko『Time』
エモーショナルで洗練されたポップ・アルバム。The Scriptの語り口が好きな人に刺さる作品。
歌詞の深読みと文化的背景
『#3』のリリックには、“自己再生”と“社会的証明”という二つの軸が存在している。
「Hall of Fame」は、自分の力で夢を実現することの尊さを説きながらも、歌詞の中で「教師や兵士、チャンピオン」といった具体的な役割を挙げており、“社会の中で生きる個人”への応援歌になっている。
「If You Could See Me Now」は、亡き父や母に向けた私的な手紙であると同時に、「喪失を抱えながら生きるすべての人々」への普遍的な賛歌でもある。
特に「もし今の俺を見たら、誇りに思ってくれるかな?」という一節は、死者との対話という重い主題を、日常の言葉で静かに届ける力を持っている。
また、「Six Degrees of Separation」は、失恋を6段階の“プロセス”として描くことで、感情を“診断”するようなユニークなアプローチを試みており、リスナーにとって“自分の心を客観視する鏡”のような役割を果たしている。
『#3』は、The Scriptが「感情を歌うバンド」から「感情の意味を問い直すバンド」へと成長したことを示す一枚なのである。
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