アルバムレビュー:10cc by 10cc

 

発売日: 1973年7月
ジャンル: アートロック、グラムロック、ポップロック


奇想天外なポップの職人技——10cc、デビュー作にして万華鏡的世界観の提示

『10cc』は、英国の異端ポップ職人集団10ccが1973年に発表したデビュー・アルバムであり、ユーモアと実験性が融合したアートポップの金字塔である。
エリック・スチュワート、グレアム・グールドマン、ケヴィン・ゴドレイ、ロル・クレームという4人のスタジオ職人たちは、それぞれがプロデューサー/作曲家/マルチプレイヤーという高い能力を備えており、本作ではその才能が早くも爆発している。

彼らはイギリスのロックにありがちな「深刻さ」から距離を置き、風刺とパロディ、そして徹底したポップへの愛を武器に、新しいロックのあり方を提示した。
この時代のUKポップはグラムロック全盛だが、10ccはそれを模倣するでも否定するでもなく、グラム的な派手さとアヴァンギャルドな構築性を絶妙なバランスで融合させている。


全曲レビュー

1. Johnny Don’t Do It

1950年代のティーン悲劇ソングのパロディ。
滑稽なまでに大仰なアレンジとドゥーワップ調のコーラスが、あえての「B級感」を演出しており、以後の10ccの路線を示唆する。

2. Sand In My Face

当時流行したボディビル文化への風刺が効いた一曲。
筋肉美を追い求める男性像をアイロニカルに描きつつ、ポップで軽快なアレンジがユーモアを強調する。

3. Donna

グラムポップ×ファルセットの異色ヒット。
ルイ・ルイ風のコード進行に、ケヴィン・ゴドレイの突き抜けるファルセットが乗る。痛快なまでにパスティーシュ的で、10ccの名を一躍有名にした。

4. The Dean and I

50年代ロックンロールとブロードウェイ的展開が交錯するロマンチック・サイケデリア
「結婚→離婚」までをシニカルに語る歌詞に、ポップでキャッチーな旋律が絡む。

5. Headline Hustler

メディアとスキャンダル報道を風刺。
ラジオ風のSEやニュース風の語り口が印象的で、サウンドと物語性が融合したミニ・ドラマのような作り。

6. Speed Kills

エリック・スチュワートのギターが冴える、ややシリアスなサイケ調トラック。
高速社会を暗示するタイトルながら、曲調は緩やかに浮遊するようなムードを湛える。

7. Rubber Bullets

本作最大のヒット曲。刑務所の暴動をテーマにしながらも、サウンドはロカビリー×グラムの祝祭感
「ラバーバレットで鎮圧せよ!」という痛烈なフレーズが、ポップに響くのは10ccならではの反転力である。

8. The Hospital Song

ゴドレイのダークでナンセンスな作風が光る実験的トラック。
病院での体験をブラックユーモアたっぷりに語る内容で、不協和音とメロディが交錯する。

9. Ships Don’t Disappear in the Night (Do They?)

よりドラマティックなポップロック。
ギターのオーバーダブや変拍子的構造など、のちのプログレ的展開の萌芽も見られる。

10. Fresh Air for My Mama

アルバムのクロージングにふさわしい、感傷的で穏やかなバラード。
親への愛と距離感をテーマにしつつ、音的には美しいハーモニーで包み込む。


総評

10ccのデビュー作は、既存のポップの構造を解体し、再構築するという前衛的な姿勢と、聴きやすいメロディとの見事な両立を果たした作品である。
この作品を通して彼らは、「音楽の“真剣さ”とは何か」を問いかけつつも、その問い自体を笑い飛ばすような軽やかさを持ち合わせていた。

パロディ、皮肉、演劇性、実験性、そしてポップの魔力。
その全てをたった一枚に詰め込んだ『10cc』は、ポップミュージックの可能性を広げる重要なマイルストーンである。

The Kinksの風刺性、Queenの演劇性、Frank Zappaの知的遊戯性——それらすべてがこのアルバムに予見されているのだ。
奇妙で笑えて、どこか切ない。そんな音楽を求めるリスナーには、ぜひ手に取ってほしい一枚である。


おすすめアルバム

  • Sparks『Kimono My House』
     変態的ポップセンスと高音ボーカルの融合。10cc好きには必聴。
  • Frank Zappa『Apostrophe (‘)』
     知的ユーモアと音楽的技巧の極致。
  • Queen『Sheer Heart Attack
     演劇的構成と多様なジャンル感覚を併せ持つ。
  • Roxy MusicFor Your Pleasure
     アートロックのもう一つの形。耽美さと実験性が共存。
  • Godley & Creme『Consequences』
     10cc脱退後の2人が作り上げた壮大なコンセプト作。10ccとの比較も興味深い。

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