発売日: 2024年2月23日
ジャンル: ポストパンク、ニューウェイブ、オルタナティブ・ロック、ドリームポップ
概要
『1 2 3 4』は、Modern Englishが2024年に発表した最新スタジオ・アルバムであり、
オリジナルメンバーによる円熟のポストパンク・サウンドが、過去と未来を同時に照射する“音楽的回帰と革新”の結晶である。
前作『Take Me to the Trees』(2017年)でバンドは明確な原点回帰を示し、
初期の鋭利なギターサウンドと詩的な情緒を取り戻した。
今作『1 2 3 4』では、さらにその美学を進化させながら、
パンキッシュなエネルギー、ドリーミーなレイヤー、そして人生への深い洞察を融合した
“今こそModern Englishである”という確信に満ちた作品に仕上がっている。
アルバムタイトルの「1 2 3 4」は、ライブのカウントインであり、音楽の最初の衝動そのものを表す記号。
それは、45年のキャリアを経たバンドが、最初の拍からすべてを再起動するという宣言でもある。
全曲レビュー
1. Long in the Tooth
“歳を重ねて歯が長くなった”──老いをユーモラスに語る言い回しをタイトルに掲げた、
自己言及的でパンキッシュなオープニングトラック。
ギターは鋭く、ビートはタイトで、衰えや懐古とは無縁の現在進行形ロックを提示する。
ロビー・グレイのヴォーカルは、若き日の激情を保ちつつ、
“生き残った者の声”として深みを増している。
2. Not Fake
“これは嘘じゃない”と繰り返されるフレーズが印象的なナンバー。
現代社会の虚構性やメディアへの疑念を、
パーソナルな言葉とソリッドなバンドサウンドで打ち返す楽曲。
サビでは一転して開けたメロディが広がり、硬さと柔らかさのバランス感覚が抜群。
80年代のModern Englishと、2020年代の社会的リアリズムが交差する。
3. Exploding
タイトルの通り、爆発的なエネルギーを封じ込めたポストパンク・チューン。
ギターの断続的なカッティングと緊迫したリズムが、内面の焦燥や怒りを研ぎ澄ます。
“爆発する”のは感情か、世界か、それとも音楽そのものか──
緊張と解放が交互に訪れる構成は、ライヴでも頂点を築くであろう楽曲。
4. Crazy Lovers
ミドルテンポで進行する、モダン・ラブソングの新しい解釈。
恋愛の甘さではなく、狂おしさ、不器用さ、逃れられなさを
ロマンティックでありながら冷静なトーンで描いている。
ドリームポップ的なギターの重なりが、感情の複雑なレイヤーを視覚化するかのように響く。
5. Genius
皮肉と賛美が交錯する、知的に尖った楽曲。
“君は天才だ。でも——”というような、複雑な感情の裏表を歌詞とサウンドが巧みに交錯させる。
ギターとベースのインタープレイがリズミカルで、
Postcardレーベル周辺のサウンドを現代風にアップデートしたような趣もある。
6. Plastic
現代的テーマの象徴とも言える“プラスチック”をモチーフにした楽曲。
人工性、偽り、消費、破壊といった要素が、
歌詞・音像・構成すべてに浸透している。
冒頭のインダストリアルな音使いから一転、
サビでは透明感あるコーラスが差し込む。構造的に非常に洗練された1曲。
7. Out to Lunch
突き放したようなユーモアとスカスカのリズムが、パンク的異化効果を生む短編的楽曲。
“今は留守です”と告げるような歌詞が、
現代人の心の遮断・分断をメタファーとして表現しているようでもある。
短く、鋭く、逃げるように終わるこの曲は、アルバムの“空白”として重要な役割を果たす。
8. Voices
コーラスの反復が印象的な、アルバム中もっとも美しく内省的な曲。
“声”というテーマは、記憶の中の声、過去の言葉、届かなかった叫びなどさまざまに読解可能で、
このバンドがずっと追い求めてきた“言葉と音の重なり”がここに極まる。
演奏はシンプルながら、余白の美学が際立つ名曲。
総評
『1 2 3 4』は、Modern Englishがキャリア45年目にして鳴らした“再起動のカウントイン”であり、
ポストパンクの精神と成熟の響きが見事に融合した現代的ロック・アルバムである。
過去をなぞるのではなく、
今を生きる者としての言葉と音を鳴らすことに真摯であり続けたこのアルバムは、
ノスタルジーにも媚びず、未来に急ぎもせず、
ただ、「ここにいる」という存在証明を、シンプルに、力強く語る。
「ワン、ツー、スリー、フォー」という原始的な掛け声の裏には、
無数のツアー、録音、解散、再結成、喪失、そして再会が込められている。
それを“音”として鳴らすことができる者は、ほんの一握りだ。
Modern Englishは、間違いなくその一握りの中にいる。
おすすめアルバム(5枚)
- Gang of Four – What Happens Next (2015)
ポストパンクの骨格を保ちながら現代性を取り入れた再始動作。 - Wire – Mind Hive (2020)
老練と斬新さが共存する、現在進行形のポストパンク。 - The Psychedelic Furs – Made of Rain (2020)
長年の沈黙を破った復活作。耽美とリアリズムの交錯。 - The Chameleons – Edge Sessions (2023)
空間系ギターと叙情の再構築。初期ポストパンクの神秘と継続。 - The Church – The Hypnogogue (2023)
ドリームポップとSF的世界観が結合した、熟練の叙情ロック。
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