
発売日: 1981年**(※一部地域では1980年リリース)**
ジャンル: ソフト・ロック、アダルト・コンテンポラリー、ポップ
概要
『Your World and My World』は、英国出身のシンガーソングライターAlbert Hammondが1981年にリリースしたスタジオ・アルバムであり、彼のソロキャリアにおいて最も国際的な成功を収めた一枚として知られている。
本作の最大のハイライトは、世界的ヒットとなったシングル「Your World and My World」と、特にヨーロッパと日本で高い人気を博した「When I’m Gone」などのラブ・バラード群である。
1970年代には「It Never Rains in Southern California」のようなフォーク寄りのアプローチで知られたHammondだが、80年代初頭の本作では、洗練されたアダルト・コンテンポラリー路線に移行。
シンセやストリングスを積極的に導入し、よりエモーショナルかつスムースなスタイルで“愛”という普遍的テーマを描いている。
このアルバムはアメリカでは大きな商業的成功を収めなかったが、ドイツや日本、南アメリカ諸国では“バラードの名手”として高く評価されており、アルバート・ハモンドの“国境を越えるソングライティング力”を象徴する一作となった。
全曲レビュー
1. Your World and My World
アルバムタイトルにもなったミディアム・バラードで、ふたつの異なる世界を“愛”で繋ごうとする詩的なラブソング。
穏やかなメロディラインと優しいストリングスが印象的で、80年代的な洗練されたロマンスの象徴ともいえる。
2. Memories
ノスタルジアをテーマにしたメランコリックなポップス。
繰り返される「Memories, take me home…」というラインが、心に残る。
アレンジにはピアノとストリングスが主軸に使われ、シンプルな美しさが際立つ。
3. When I’m Gone
本作の中で最も人気の高い楽曲。特に日本ではFM放送を通じて多くのリスナーの心を捉えた。
去りゆく者の視点から描かれる静かな別れの歌で、**Hammondの最大の魅力=“静けさの中の情熱”**が表現されたバラードの傑作。
哀しさと温もりが絶妙に同居している。
4. I’m a Camera
カメラ=観察者という視点から、愛と孤独の両方を記録するというユニークな視座を持った楽曲。
テクスチャーのあるシンセと、透明感のあるコーラスが映像的な感触を生み出す。
5. Send My Heart Back
失った愛への祈りのようなバラード。
Hammondの高音域を活かした抒情的なメロディが、切なさを増幅させる。
伴奏のシンプルさがかえって歌の力を引き立てている。
6. For the Peace of All Mankind
もともとは1973年の楽曲を再録したバージョン。
戦争や対立を乗り越えようとする希望が込められた“祈りの歌”で、アルバムの中でも異質ながら力強い存在感を放つ。
メッセージ・ソングとしての深みを持つ。
7. Names, Tags, Numbers and Labels
個人性が番号やタグに還元されてしまう現代社会への違和感を描いた曲。
穏やかなメロディに乗せて、アイデンティティの危機を静かに問いかける。
8. These Are the Good Old Days
“今この瞬間”を愛すべき時間として肯定するポジティブなナンバー。
懐かしさではなく、“現在を祝福する”という視点が珍しく、Hammondの楽曲の中でも爽やかさが際立つ。
9. Oh, What a Time
シンセとリズムセクションがややファンキーに展開される軽快なポップス。
アルバムの中でも数少ない明るいトーンで、心地よいテンポがリスナーの耳をリフレッシュしてくれる。
10. Before You Change the World
アルバムの締めを飾るスロウ・ナンバーで、「世界を変える前に、まず自分の心を見つめて」という哲学的なテーマが掲げられている。
Hammondのソングライターとしての深い洞察力が最も発揮された楽曲のひとつ。
総評
『Your World and My World』は、Albert Hammondというメロディと感情の職人が、ソフトで包容力あるスタイルを極めたアルバムである。
過剰な演出や派手なギミックは一切ない。
だが、その代わりにここには**“人生の機微を静かに抱きしめるような歌”**が確かに存在している。
1980年代初頭という、シンセとテクノロジーがポップ音楽を一変させた時代において、Hammondはあえてシンプルなメロディと語りかけるような歌詞を中心に据え、音楽の“あたたかさ”を保ち続けた。
この作品は、日々の感情を丁寧にすくい取り、過去・現在・未来を優しくつなぐようなアルバムである。
決して声を張り上げることなく、でも心に深く残る。
**“静かなる名盤”**として、今なお多くのリスナーの人生に寄り添っている。
おすすめアルバム(5枚)
- 『Breakaway』 / Art Garfunkel(1975)
ソフトロックとセンチメンタルなバラードの融合が本作と重なる。 - 『Breezin’』 / George Benson(1976)
穏やかなグルーヴと甘やかなメロディが共通。上質な大人のポップス。 - 『No Time to Lose』 / Tarney Spencer Band(1979)
80年代初期のAOR〜ポップ文脈の中で、Albert Hammondに通じるサウンド。 - 『Rhymes & Reasons』 / Carole King(1972)
日常と人生へのまなざしという点で、作家的親和性が強い。 - 『One on One』 / Bob James & Earl Klugh(1979)
インストながら、Albert Hammondの歌世界と同じく“静けさと情感”を湛えた作品。
ビジュアルとアートワーク
ジャケットには、アルバート・ハモンドの柔らかな笑顔と、“世界と世界の間に立つ者”としての静かな決意が込められている。
赤・青・白といった原色のカラーリングは、**“世界の多様さと、そのなかで出会う個人のつながり”**を暗示しているかのようだ。
まさに、『Your World and My World』は、ふたつの心が交差する場所にそっと置かれた、音楽という橋なのである。
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