
発売日: 1976年3月
ジャンル: ロック、ハードロック、ライブ・アルバム
病んだ心に理屈は通じない——Joe Walshが“自由と狂気”を詰め込んだ濃密なライヴ記録
『You Can’t Argue with a Sick Mind』は、Joe Walshがイーグルスに加入する直前に発表した唯一の公式ライヴ・アルバムである。
1975年11月にロサンゼルスのロキシー・シアターで行われた一夜限りのステージを収録しており、
これまでのキャリアの総括であり、次なるステージ(イーグルス)への布石とも言える重要作となっている。
アルバムタイトルの「病んだ心には理屈が通じない」という一文には、
ウォルシュ特有の皮肉と哲学、ユーモアと自己批評が同居しており、
その精神が全編に漂うライブ・パフォーマンスに通底している。
また、最終曲にはすでにイーグルスのメンバー(ドン・ヘンリー、グレン・フライ、ドン・フェルダー)が参加しており、
このアルバムが“ソロからバンドへ”という移行期を記録した貴重なドキュメントでもある。
全曲レビュー
1. Walk Away
元James Gang時代の代表曲を、よりファットで鋭いアレンジで再現。
ウォルシュのギターが切れ味を増し、ヴォーカルにも余裕がある。
開幕から観客の熱気を引き込む名演。
2. Meadows
『The Smoker You Drink, the Player You Get』からの一曲。
ライブではよりロック色が濃く、ギターとベースの絡みがより野性的に響く。
空間的なサウンド処理より、ダイレクトな“熱”が前面に出ている。
3. Mother Says
『Barnstorm』収録の隠れた名曲。
アコースティックな導入から、エモーショナルな展開へと繋がる構成はライブでも健在。
バンドとの呼吸も素晴らしく、静と動のダイナミクスが際立つ。
4. Help Me Through the Night
前作『So What』で最も内省的だったこの曲は、ライブでも特別な輝きを放つ。
コーラスを支えるイーグルスの面々(ヘンリー、フライ)の存在が、曲に温もりと重層感を与えている。
まるで“次の章への導入曲”のようにも聴こえる。
5. Turn to Stone
Barnstorm期の代表曲をよりヘヴィにアレンジ。
ギターの音圧とグルーヴ感が増し、ウォルシュの“生の叫び”として新たな命を得ている。
ライブの真骨頂とも言える力強さ。
6. Time Out(スタジオ録音)
唯一のスタジオ・トラック。
ライブの熱狂を受け止めるような静かなトーンが印象的で、
“幕間”としての役割と、アルバムの締めくくりとしての余韻を同時に残す。
過去から未来へ、ソロからバンドへ、という流れを象徴する楽曲である。
総評
『You Can’t Argue with a Sick Mind』は、Joe Walshの“過去と未来が交錯する交差点”を捉えたライブ・アルバムである。
James GangからBarnstorm、ソロ作品を経て、
イーグルスという新天地へ向かう直前の、もっとも“剥き出し”なウォルシュの姿がここにある。
その演奏は技巧的でありながら感情的で、
そのユーモアはおどけているようで、どこか苦味がある。
そしてなにより、ロックとは“理屈ではない何か”であることを、このライブが証明している。
病んだ心には理屈は通じない——けれど音楽なら、届くかもしれない。
そんな信念と矛盾を抱えた男の、一夜の記録である。
おすすめアルバム
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Eagles – Hotel California
ウォルシュが正式加入し、そのギターが爆発した名盤。 -
James Gang – James Gang Rides Again
ウォルシュの原点。『Walk Away』の初出も含む必聴盤。 -
Joe Walsh – But Seriously, Folks…
イーグルス加入後にリリースされた、成熟と遊び心のバランスが光る傑作。 -
Neil Young – Live Rust
内省と爆発、アコースティックとエレクトリックの対比において近いライヴ記録。 -
Todd Rundgren – Back to the Bars
同時代のアーティストによるスタジオ感覚の強いライブ作。音の多面性を比較するのも一興。
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