
1. 歌詞の概要
「How Can I」は、タイ・チェンマイ出身のインディーポップ/ドリームポップバンドYonlapaが2020年にリリースした作品で、未練、喪失、そして自分を保てないほどの愛を、極めて静かに、けれど深い痛みとともに描いたラブソングである。
「How can I live without you?(どうしたらあなたなしで生きていけるの?)」というフレーズが繰り返されるこの曲は、別れの直後、もしくは関係の終わりを予感している瞬間の“感情の真空地帯”にある人間の心情を表現している。感情の爆発ではなく、“語ることすら疲れるほどの深い哀しみ”が、Yonlapa特有の儚いサウンドとボーカルでゆっくりとにじみ出していく。
2. 歌詞のバックグラウンド
「How Can I」は、YonlapaのデビューEP『First Trip』に収録された楽曲であり、同時期に発表された「Let Me Go」や「On My Own」などとともに、感情の揺らぎや喪失の余韻をテーマにしたバンドの初期スタイルを代表する楽曲でもある。
この時期のYonlapaは、恋愛における一瞬の高まりよりも、終わりゆく愛の過程に寄り添うようなリリックと音作りを得意としていた。「How Can I」もその流れの中に位置しており、誰かを失うことで、自分が空洞になってしまったような喪失感を、ノイ・ヨンラパの囁くようなボーカルが痛々しいほどに優しく描き出している。
サウンド面では、ドリームポップの典型ともいえる空間的ギター、ミニマルでスロウなリズム、そして曖昧なコード進行が、不安定な感情を絶妙に表現している。
3. 歌詞の抜粋と和訳
引用元:Genius Lyrics – Yonlapa “How Can I”
How can I live without you?
どうしたら、あなたなしで生きていけるの?
How can I breathe without you?
どうやって、あなたなしで呼吸すればいいの?
How can I smile again?
どうすれば、また笑えるようになるの?
このコーラス部分は、まるで感情の核だけを取り出したような極めてシンプルな構成でありながら、リスナーの心に直接的な痛みをもたらす。繰り返される「How can I」は、問いでありながら答えを求めていない。むしろ、答えがないことを確認するための問いかけのように響いてくる。
Since you’ve gone away / Everything turns to grey
あなたがいなくなってから/すべてが灰色に見える
この一節では、感情だけでなく世界の色彩までもが失われた感覚が描かれる。「灰色」は、Yonlapaの音楽にしばしば登場する色彩的なモチーフであり、ここでは人生そのものがモノクロになってしまったことを示している。
4. 歌詞の考察
「How Can I」は、別れの直後に訪れる**“実感のない痛み”**を、極限まで削ぎ落とされた言葉と、過剰さのないサウンドによって表現した曲である。この曲には、怒りも、取り乱す叫びもない。ただ、心の奥底にひたひたと満ちる「どうしていいかわからない」という静かな絶望がある。
特に印象的なのは、Yonlapaがこの問いをひとつの詩としてではなく、まるで息づかいのように繰り返すという点だ。人が本当に傷ついているとき、感情は叫びにはならない。むしろ、小さな声で何度も同じ言葉を反芻する。Yonlapaはその“心の静かな悲鳴”を、完璧なバランスで音楽化している。
また、「How Can I」は決して“過去を振り返る”曲ではない。むしろ、“どうしても前に進めない”状態そのものを描いている。これは恋愛の喪失というより、存在の重心を失った人間の静かな漂流であり、だからこそ聴き手の心に深く残る。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Sea of Love” by Cat Power
失われた愛への静かな呼びかけ。ミニマルで心の奥に染みるバラッド。 - “Cherry-coloured Funk” by Cocteau Twins
抽象的な言語と音のなかに、喪失と夢が共存するドリームポップの金字塔。 - “Don’t Know Why” by Norah Jones
理由も言葉も見つからないまま感情を抱え続ける女性像を描いた、スロウで穏やかな名曲。 - “Motion Picture Soundtrack” by Radiohead
死と再生、孤独と美しさが入り混じる、夢の終わりのような感情を映し出す楽曲。
6. “問いを繰り返すこと”でしか癒えない痛み──静かなる喪失の記録
「How Can I」は、恋愛の終焉を越えて、喪失によって壊れてしまった“自己”をそっと抱きしめるための楽曲である。Yonlapaはここで、“感情の出口”を用意していない。ただ、「どうしたら…」と問いを重ねることで、聴き手に癒えるまでの“余白”を与えてくれている。
この曲は、慰めでもなく、励ましでもない。だからこそ、傷ついた心に深く響く。何も解決しないまま、ただ寄り添ってくれる。それがYonlapaの持つ最大の優しさであり、音楽の力でもある。
「How Can I」は、答えのない痛みに静かに灯る、小さな光のようなラブソングである。
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