イントロダクション
灰色の雲が低く垂れ込める英国北部、リーズ。
午後五時、パブ帰りの人波をかき分けるように、乾いたベースリフが歩道の隅で鳴り始める。
その上を転がるのは語りとも歌ともつかぬ早口のモノローグ。
Yard Act は、日常の瑣末なジョークと社会の不条理を同じ声量で読み上げ、聴き手の笑いと居心地の悪さを同時に誘う四人組である。
バンドの背景と歴史
2019年、リーズのDIYスペース〈Oporto〉で出会ったジェームズ・スミス（Vo）とライアン・ニーダム（Ba）が「家賃と政治を同時にディスるバンドを」と意気投合。
そこへギタリストのサム・シプストン、ドラマーのジェイ・ラッセルが加わり Yard Act が結成された。
パンデミック直前にデジタルシングル「The Trapper’s Pelts」を自主配信し、BBC 6Music のヘビープレイを獲得。
「夜勤明けのパブ駐車場でMVを撮る」というゲリラ感が口コミで広がり、2022 年 1 月、デビューアルバム『The Overload』をリリース。
全英チャート 2 位を記録し、マーキュリー賞にもノミネートされた。
2024 年にはセカンド『Where’s My Utopia?』を発表し、ヨーロッパ主要フェスのメインステージへと駆け上がる。
音楽スタイルと影響
核になっているのはミニマルなベースリフとニューウェーブの乾いたハイハット。
ギターはパーカッションのようにカッティングで隙間を刻み、曲が進むにつれノイズとディレイが増幅していく。
そこへジェームズの朗読めいたボーカルが乗り、広告コピー、ラジオの交通情報、近所のゴシップまでを一息で吐き出す。
影響源として彼らが挙げるのは The Fall の毒舌、Sleaford Mods の極端なミニマリズム、そして Pulp の階級ユーモア。
だがリリックは二一世紀のイギリスをリアリティショーのように切り取り、 Brexit 後の鬱屈とSNS 世代の自虐をスラップスティックに描写する。
代表曲の解説
The Overload
パンクでもファンクでもない 108BPM のヘコヘコビートに乗せ、ジェームズが〈過負荷が常態の世代〉を皮肉る。
サビでは観客が “Over, over, overload!” を合唱し、笑いと焦燥が同時に噴き出す。
Dead Horse
デビュー盤の中盤を飾る二分弱の急襲曲。
“死んだ馬を殴ってもまだ税金は増える” とまくし立て、最後はギターのハウリングで唐突に切断される。
Payday
パブリックアドレス風のリズムトラックの上で、給料日の一喜一憂をスケッチ。
ブラスセクションが加わり、薄給と高揚が異物感なく並置される。
We Make Hits
『Where’s My Utopia?』からのリード。
シンセベースがシカゴハウス風にうねり、自己パロディ的に “俺たちはヒット量産工場” と宣言。
自嘲と自信がせめぎ合うバンド像を映し出す。
アルバムごとの進化
| 年 | 作品 | 特徴 |
|---|---|---|
| 2022 | The Overload | シンプルなリフに毒舌モノローグを乗せ、現代UKを風刺 |
| 2024 | Where’s My Utopia? | シンセとブラスを導入し、ビートはダンスパンク寄りへ。刹那的な快楽と根底の虚無を強調 |
影響を受けたアーティストと音楽
- The Fall — パンキッシュな語りと反復リフ
- LCD Soundsystem — 皮肉とダンスビートの共存
- Pulp — 労働者階級目線のウィット
-
Talking Heads — ファンクネスを削ぎ落としたカッティングギター
影響を与えたアーティストと音楽
Yard Act の成功は「スポークンワード×ポストパンク」ブームに拍車を掛け、Imperial Wax から新人 English Teacher までがリリック重視の路線を強化。
また、彼らの DIY プロモーション手法（TikTok に30秒モノローグを投稿→翌週EP発売）はインディー界隈の新たなテンプレとなった。
オリジナル要素
- “路上リリック”企画
曲の歌詞をステンシルで舗道に吹きつけ、GPS座標をSNSで公開。ファンが“詩の宝探し”を行う。 -
変拍子クラップ・ゲーム
ライブ中に突然4/4から7/4へ切り替え、観客が手拍子で追随できるか競わせる恒例コーナー。 -
地元食材マーチ
“リーズ産蜂蜜入りホットソース”など、地元リスペクトを込めた食品系グッズを会場限定で販売。
まとめ
Yard Act は、英国の裏庭に転がるゴミ袋と社会風刺を同じ目線で見つめ、その雑多な風景をポストパンクのリフと機関銃のような語りで切り取る。
笑いと怒り、踊りと醒めた視線が渦巻く音像は、聴き手の日常にも静かな揺さぶりをかける。
次に彼らが投げつけるのは、どんな毒舌とどんなグルーヴだろうか。
アスファルトの隙間から芽吹く雑草のように、Yard Act の音はこれからもしたたかに広がっていく。
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